現場のツラさは万国共通映画『カンダハル 突破せよ』感想文

《推定睡眠時間:10分》

主人公のCIA工作員ジェラルド・バトラーが銃を手にした革命防衛隊の兵隊に囲まれながらイランの砂漠にある地下配線トンネルで何かしらの工作を行っている緊迫した場面から映画は始まる。バトラーの任務はどうやら地下核施設に繋がるインターネットケーブルに傍受装置を仕掛けてCIAに核施設の内部情報を与えることのようであった。周知の通りイランとアメリカは核保有を巡って鋭く対立、というのは口実のようなものでイラン革命後のイランとアメリカは歴史的イデオロギー的な対立が根深くあるが、ともかく建前としては核保有を目指すイランと核拡散を防止したいアメリカ、そしてアメリカの同盟国であるイスラエルは対立しており、イスラエルはイランの核施設に幾度も越境攻撃を仕掛けたとされていることがBBCNHKなどの主要メディアでも報じられている。

そうした現実の「影の戦争」に材を取ったこの映画である。まぁ核兵器をたくさん持ってるアメリカ(とイスラエル)がこれから核を持とうとする国を締め上げるのもフェアではないような気もするが、とはいえ核兵器を持つことはよいことではないからね…と主人公のやってることだしというのもありCIA工作員ジェラルド・バトラーの秘密工作をとりあえず肯定気味に眺めていたところアメリカ本国のCIA偉い人が地下核施設の映像をモニター越しに見ながら非情な決断。「よし、メルトダウンさせろ」。ちゅど~ん。その爆破風景を隠れ家から黄昏れた表情で眺める工作員バトラー。もちろん彼は爆破命令を知っていて通信傍受装置というかハッキング装置を仕掛けたのであった。

うむ、これはアメリカが悪。核開発を止めるための名目であっても他国の核施設を勝手に爆破したらそれはもう残虐テロというか布告なしの戦争行為であろう。最近の調査によれば若い世代の意識は変わってきているらしいとはいえアメリカは依然として反アラブの国である。そのことは目下のところ解決の糸口が見えないイスラエルーハマス戦争においてバイデン政権が口だけのお見舞いなどではなくイスラエルに積極的な軍事支援を行っていることからも明白であるし、狭義の政治分野だけではなくあれだけ多様性多様性言ってるマーベル映画みたいなハリウッド超大作が絶対にイスラム教徒やイスラムの理屈は多様性にカウントしない(おもしろ脇役みたいな感じなら出演可)ことから文化的にもアメリカの反アラブ感情は非常に強いことがわかる。

だがしかし、この映画はたとえば『トップガン』みたいにアメリカの反アラブ感情を利用してナショナリズムの高揚を図る野蛮なアメリカ映画ではない。監督は『エンド・オブ・ステイツ』で合衆国の欺瞞を暴き『グリーンランド ―地球最後の2日間―』で合衆国に見捨てられた人々のサバイバルを描いた骨太監督リック・ローマン・ウォーってなわけで今回も合衆国の悪行を痛烈批判、それが冒頭の核施設爆破シーンだったのである。リック・ローマン・ウォーが描くのは今のところいつも合衆国の偉い人の尻拭いをさせられる現場の仕事人であり、合衆国の無策もしくは冷酷の犠牲となった仕事人が決死の逃避行を繰り広げるというプロットは『エンド・オブ・ステイツ』も『グリーンランド』も、そしてこの『カンダハル』も変わらない。

その手駒として…いやいやパートナーとしてアメリカの泥を被るのは前二作に続いてまたもやジェラルド・バトラーであった。他ならぬCIAの内部告発によってアメリカによる核施設爆破という蛮行がリークされ一夜にしてアラブ世界の賞金首と化したバトラーがイラン革命防衛隊、アフガニスタンのタリバン、更にはアメリカとの共同作戦でタリバンを設立・育成したまさにタリバンの親玉であるパキスタンの情報機関ISIのエージェントにまで追われながらアフガンの市街を、山岳地帯を、砂漠を走る走る走る、そしてタジク人部隊やISIS残党(?)も巻き込んで行く先々で爆破爆破爆破! リック・ローマン・ウォーといえば爆破にも定評のある監督であり、今回も十八番の連鎖爆破がアフガン各地で炸裂していた。実に信頼のできる映画監督である。

ドラマティックな展開やド派手なアクションはともかく登場する勢力や作戦の内容などの道具立てはリアルに即しているので、リアリティを保つためか色んな勢力が出てくるからとバトルロイヤルみたいな感じには案外ならず、そのへんちょっと物足りなく感じるところでもあるのだが、この手のアクション映画としては多少テンポを緩めにしてでも各キャラクターをしっかり描いている点は個人的には大いに良し。追われる側のバトラーとその協力者として(騙されて)同行するハメになった亡命アフガン人の人だけじゃあない、追う側であるイラン革命防衛隊の現場指揮官もタリバンの分隊長もISIのエージェントもしっかりとキャラが立って、その背景にはドラマがある。

とくに悲しげな表情が印象的なイラン革命防衛隊の現場指揮官と(パキスタンと敵対している)インド映画の向こうを張ってという感じで無駄にスタイリッシュでカッコよすぎるISIエージェントが惚れてしまうナイスキャラなのだが、アメリカ映画にあってイランとパキスタンの黒い仕事従事者がこんな風に描かれたことなんかかつてなかったんじゃないかというぐらいにこれは珍しい例だし、タリバンの戦闘員にしても単なる殺され要員もしくはテロリストではなくこの映画ではちゃんと生きた人間なんである。たぶんこれはリック・ローマン・ウォーの世界観なんでしょうね。

結局のところどこの国でも政治権力を握る偉い人は非情で非道で舌は何枚あるかわからない。そいつらが何かやらかした時に泥を被るのはいつも現場の人間だ。それでも誰かがやらなければならない仕事だからと汚れ仕事を背負う仕事人たちには、たとえ宗教やイデオロギー上の立場が違ったとしてもリスペクトを表したい。バトラー追跡劇には絡まないが物語上は重要なポジションにある、イラン社会の強烈な女性差別と体制による迫害に屈せず活動している女性ジャーナリストというのも、やはり現場で戦う人々の一人だろう。

「帰って何のために戦うのか確認しろ」と、物語の最後にある人物は言う。信頼できないが金はくれる国のためか、それとも自分なりの正義のためか、あるいは守りたい家族のためか。バトラー地獄の逃避行はそれを探すための旅でもあったかもしれないし、その問いはタリバンの少年兵も含めてバトラーを命がけで追った人々も否応なしに直面させられたことだろう。帰った者と帰れなかった者を平等に映し出すラストのカットバックには言外の反戦メッセージが強烈に刻まれている。うーむこれはなかなか、アツいアクション映画というだけでなく芯の太い体制批判精神の滲む、実にマジな感じの映画でしたね~。好き!

【ママー!これ買ってー!】


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ストーリーは何度ビデオで観たかわからないような感じだが政府から見捨てられた人々の描写に力がこもっている点で同業他作とは一線を画す終末映画でした。

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