ジェネリックノーラン映画『ドミノ』(2023)感想文

《推定睡眠時間:20分》

「銀行強盗のタレコミがあった。5分で銀行へ!」などというまったく都合のいいアメリカン指令を受けた主人公の刑事ベン・アフレックは映画開始おそらく5分も経たずに精神分析医のヒーリングオフィスを抜け出し何かを踏みつけグシャ、「コックローチを踏みつけちまった」「へっ! この街はどこでもコックローチだらけさ!」と大したことはまったく言っていないが自分が小粋なアメリカンユーモアを放っているとつゆほども疑わずに言ってのけるバディと共に現場へ急行、するとそこに現れたのは銀行強盗ではなく気持ち雰囲気がダリオ・アルジェントっぽい謎の男であった。

この男がたったいま会ったばかりと思われる女に今日は暑いですねと他愛のない言葉をかけると女の目つきがどうも変だ、それからふらふらと歩き出す女を見て現場監視中のベンアフ刑事は直感する。「暗号会話だ!」しかし実はこれこそ原題『HYPNOTIC』が表すもの、すなわち催眠であった。いかなる原理によるものかアルジェント風の男が警備員に声をかけると警備員もまた豹変、彼は催眠状態となり男の意のまま銃を手に銀行へ突撃する。女の方は暑い…汗ばむわぁ…と寝言のように口走りながら車道に出て一枚一枚服を脱いでいく。催眠銀行強盗、妙齢の女性の路上ストリップもどき、それを避けるために急ハンドルを切った車が衝突事故を起こして異様な出来事の連続に現場は騒然!

そのころベンアフ刑事は銀行内で犯人が残したと思われる謎のメッセージを受け取ると同時に催眠強盗とのミニ銃撃戦に突入しているわけだが、この混乱したシークエンスをテンポ良くさばいて熱に浮かされたようなムードを作り出す小気味よいカッティングは監督ロバート・ロドリゲスさすがの職人芸、活劇とはこれのことだと言わんばかりの面白さで、その後なんか『インセプション』で見たことのあるシーンと『テネット』で見たことのあるシーンが出てくる謎にクリストファー・ノーランに傾倒した映画だったが、この銀行強盗シークエンスは最小限の予算で『ダークナイト』の冒頭を縮小再現したものと言えないこともないだろう。ノーランがやってることなんて俺は向こうの10分の1の予算でCGも使わず撮れるけどな、そんなロドリゲスのニヤリ笑いがスクリーンの向こうに見えるようである。

ネタ的にはロドリゲスの映画だし大したことはなく日本の宣伝がその路線で売りたいらしいミステリー的な面白さはいささか歯切れの良すぎるロドリゲス・タッチのせいでそこまででもないのだが、とにかく歯切れがいいのでストレスフリーな気分で最初から最後までスルッと見られるというのがこの映画の良いところだろう。つまりは俺言うところの新橋系映画。ジェネリックノーランとでも言われればその通りなので何も言い返せないがジェネリックとは本来ポジティブな文脈で使われる言葉のはずである。観客的にはノーランの映画もこの映画も同じ金を払って観るわけだからお得感はあまりにも感じにくいが、明らかにノーラン映画の10分の1ぐらいの予算でノーラン映画みたいな面白いやつを、しかもノーラン映画みたいに無駄に深刻ぶらず簡潔明瞭に上映時間100分とかで語りきっているのだから、ストレートに良い意味でこれはジェネリックノーラン映画なのである。

実に風呂上がりにビール片手に観てみたい、楽しく良く出来たB級SFアクションミステリーの良作だ。ところで邦題になってるドミノは劇中にもちゃんと出てくるが深い意味は全然なかったです。

【ママー!これ買ってー!】


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ロドリゲスの今や語り草の長編デビュー作。このチャカチャカ感が『ドミノ』にもちゃんとあってなんか嬉しかったです。

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さるこ
さるこ
2023年11月14日 12:45 PM

こんにちは。
午前十時の映画祭『暗殺の森』の上映前に一本観られないかなぁ、と選択したのがコレでした(おかげでテンション高いまま…)
『オペレーション・フォーチューン』もそうだったんですが、このテの映画を『朝一サクッと観る系』とわたくし的には呼んでいます。

さるこ
さるこ
Reply to  さわだ
2023年11月15日 8:13 AM

件の『暗殺の森』は熟年層中心に20人位はいたと思うんですが、同じスクリーンで先に上映した『ドミノ』は私含め二人しかいませんでした。
一人きりより二人きりの方が、ちょっと怖い…です