《推定睡眠時間:35分》
昨年の『グリーンランド -地球最後の2日間-』では建築現場監督、今年の『カンダハル 突破せよ』ではMI5出向の中東CIA工作員と、ここ数年現場労働者の役が続く胸板役者ジェラルド・バトラーの最新作『ロスト・フライト』での役柄は格安航空便の機長ということでまたしても現場のお仕事、加えて上司からの無責任な無茶振り発注をどうにかこなそうとしたら大災難に巻き込まれてしまうという安定の受難っぷりで、いよいよ勤め人の代弁者かつ守護神としての風格が漂ってきた。
今回もジェラルド・バトラーは全世界の勤め人に大切なことを教えてくれる。この映画『ロスト・フライト』、ポスターを一瞥して俺はてっきり墜落ものかなと思っていた。乱気流か何かに巻き込まれ航空機が墜落した先がゲリラの支配下にある東南アジアのどこかの島に墜落する、その絶望状況をジェラルド・バトラーが持ち前の胸板でどうにかする…こんなようなサバイバル映画を思い描いて劇場に入ったのだが、なんとこの映画、航空機が墜落しないのである。
アメリカ映画に出てくる航空機なんて墜落するためにあるのにそんなことがあり得るのだろうか。あり得るのである。なにせジェラルド・バトラーだからなと言いたくなるところだがジェラルド・バトラーだから墜落しなかったわけではない。嵐の上空に針路を切り落雷によって全電源喪失とかいうどう考えても終わっただろというシチュエーションにも関わらず機長ジェラルド・バトラーは諦めない。「着水させるぞ。いいか、一つ一つ着実にだ」。まずバッテリーの残電量を推測、現在の状況では残り10分が残電量で機体を操作できる限界だろう。副機長、ストップウォッチを。時間を10分に設定してくれ。よしスタートだ。
ここから機長ジェラルド・バトラーは着水のために必要な操作を冷静に一つ一つ行っていく。なにも超人パワーとか超人的なテクニックを披露するわけではない。誰でもできることを決して諦めず決してパニックにもならず一つ一つ丁寧にこなしていくだけだ。その姿には『新幹線大爆破』の新幹線運転手・千葉真一も重なる。思えば千葉真一もジェラルド・バトラー同様アクションスタア、そのパブリック・イメージを覆す新幹線運転手という役柄は、だからこそ説得力のあるものとなったのではあるまいか。『新幹線大爆破』において千葉真一は決して特別なことをするわけではない。決して諦めず決してパニックにもならず、運転手として必要なことを一つ一つこなしていくだけだ。
突き詰めればプロの現場仕事とは武道と通じるものなのかもしれない。たとえどれほどのパワーを持つ武道家でも力任せに突進しただけでは相手に勝つことはできないだろう。格闘漫画などで度々教えられるのは武道においては冷静な思考力を失った方が負けるということである。かの輪島功一は類例がないほどの奇抜なファイトスタイルで知られ、相手の注意を逸らすための「よそ見」などは技というかなんというか、とにかくなんとも形容のしようのない輪島の得意技であるが、こんなことをされてはまさかそんな行為が試合中に飛び出すとは考えもしない対戦相手としてはペースを著しく乱され、冷静な思考ができなくなってしまうだろう。こうなれば輪島の思うツボである。相手の拳が迷っている間に主導権を握ることができる。
こうして決められた手順を冷静に一つ一つ行った結果バトラー機長は見事着水も逃れ陸地に機体を軟着陸させることに成功するのだが、ところで急に映画と関係ない輪島功一のことを書き出したあたりで察しの良い人は気付いていると思われますが、機体がゲリラ島に不時着していよいよこれからゲリラとの交戦が始まる…! というところで寝た。起きたらゲリラいなくなってて救助隊来てた。どうやら俺の睡眠は軟着陸できず機体の頭から地面に突っ込んで大破してしまったようである。ぜんぜんたとえが上手くいってない。
これにはさすがに凹んだなー。ゲリラが出てくる前に寝るならともかく一度バトラー機長と護送中の殺人犯がタッグを組んでゲリラの偵察部隊と一戦交えた直後に寝ちゃったからなー。俺そのとき「お、いよいよ面白くなってきたな!」って思ってたのに…。まぁでもそこに至るまでがそこそこ長かったからね。ほらこの手の映画って墜落までは10分ぐらいでそっからのサバイバルが本題だったりするじゃないですか。でもこの映画は前述のバトラー機長がどう絶体絶命状況の機体を軟着陸させるかっていうその過程、それから着陸した後もそれではいオッケーとしないで一つ一つ不時着時の手順っていうのを省略しないできっちり見せていくんですよね。本社の方の動きとかも交えて。そっちにはそっちのプロがたくさんいてみんな冷静に一つ一つ自分の仕事をこなしていったりするわけですよ。
その意味でこれはサバイバル映画っていうよりもお仕事映画という感じで、まぁ、そこが観られたからいいか。陽の当たらない現場労働者が自分の仕事をきっちりこなす映画というのは個人的にはとてもこうなんというかグッとくる。途中で死んだ人も正規の手順を踏まないで勝手な行動を取ったことにより死んでたので、これは現場役者ジェラルド・バトラーからどんな時も冷静に小さなことからコツコツと、と教えられる、そんな勤め人のための映画です。それは西川きよしだが。
※キャビンアテンダントの人のメイクの感じとか親しみやすくかつ頼れそうな感じかとなんかかなり好きだった。