《推定睡眠時間:15分》
『恐解釈』シリーズの前作『恐解釈 花咲か爺さん』同様こちら『桃太郎』も紙芝居アニメで昔話の概要を説明するシーンで幕を開けるのだが、その紙芝居を見ながらよく考えたら桃太郎ってよくできた話だよな…とか今更どころではない今更に感心してしまった。まず川上から流れてきたでけぇ桃を拾って割ってみたら赤ん坊が出てきたというファンタジックな導入部が面白いし、それから夫婦がどう桃太郎を育てたかなどというダレ場は容赦なくオミットしてしまい、すぐさま勇者桃太郎が鬼退治に出かける展開のスピード感がたまらない、その道中でイヌ、サル、キジとどんどん仲間が増えていく展開のRPG感は、間違いなく日本RPGの代表作『ドラゴンクエストⅡ』に多大なる影響を与えていることだろう。のちにゲームクリエイターのさくまあきらが『桃太郎電鉄』の前身となったRPG『桃太郎伝説』を発表したのも頷けるところだ。
その後鬼退治と鬼の財宝強奪というあきらかに物語成立の背後に何かしらダークな昔の出来事があるだろと思わざるを得ない展開を迎えるわけだが、しかしそこは桃太郎の面白さの本質ではないだろう。やはりイヌ、サル、キジを集めていざ鬼の住む鬼ヶ島へ…というこの徐々にラスボス戦に向けて盛り上がっていく感じ、これが桃太郎は面白い。ひのきのぼうすら持たずやくそうの機能があるかどうかわからないきびだんごしか装備していない状態で鬼退治に駆り出される絶望状況の桃太郎が飢えた敵として現れたイヌ、サル、キジを次々と懐柔しパーティを作り上げていく…イヌとかサルはわかるがキジは戦力になるのかと一瞬思ってしまう仲間チョイスだが本気を出したキジが目玉を狙って襲ってきたらめっちゃ恐いので、このへんのツイストも実に巧いものだ。
さて『恐解釈 桃太郎』なのだが底予算映画ということで舞台は『花咲か爺さん』と同様にほぼ民家のハウススタジオひとつだけという桃太郎の旅立ちと重なる絶望状況で、もはやこの時点で「いや民家ひとつで桃太郎は無理だろ!」と動揺せずにはいられないのだが、必要は発明の母、作り手の人は知恵を絞って民家で死んで地縛霊みたいになった夫婦のところに新しい入居者がやってきてその人が殺人鬼だったという『ビートルジュース』みたいな展開にすることで民家でしか撮れない問題を無事解決したのであった…いや桃太郎じゃないだろそれはもはや!?
しかし殺人「鬼」というぐらいだし鬼は鬼だ、この鬼を退治するのが家出して行方知れずの夫婦の娘、現在は占い師として生計を立てているこの娘は霊能力があったので、イヌではないしサルではないしキジでもないが、色んな霊界仲間を呼んで鬼に立ち向かうのであった。ツイッターのごく一部界隈をどよめかせた惹句「令和の桃太郎は魔法少女が事故物件で鬼退治」というのはこういうことだったんですね。なるほどいろいろ考えてはる。
家一軒で撮ってるわりにはコメディであったりファンタジーであったりヒューマンドラマだったり(仁科貴演じる桃子の父親の芝居はちょっと泣かせるものであった…泣かなかったが…)あとホラーであったりと色んな側面と要素があって、鬼退治仲間になる指だけこっくりさん(影絵のあれ)が『アダムス・ファミリー』っぽくて可愛いとか、震えながら牛乳を飲んでゴボゴボこぼしてしまう殺人鬼の異常性描写がキモいとか、他の部屋は血糊で汚せないので水で流して掃除の出来る風呂場だけだがバラバラ死体が浴槽に山盛りとかゴア描写も出来る範囲でちゃんとあり、思ったより楽しい映画だったのだが、ただ鬼退治直前で寝てしまったので最後どうなったのかわかんなかった。
たしかにいろいろ盛り沢山で面白いことは間違いがないのだが、童話・桃太郎最大の強みであったあのラスボス戦に向けてどんどん盛り上がっていく感じがこの映画にはなかったのだよな。だから楽しいのだけれどもテンションが上がらない。最近は観た映画のほぼすべてで寝ているのでそれが原因とは言い切れないが、とはいえこの起伏のないストーリーテリングが多少なりとも睡眠を誘発するところはあったかもしれない。
でも上映時間80分とかそれぐらいの映画だからな。普通の人はそれぐらいの映画なら寝たりしないので素直に楽しい映画であろう。『恐解釈』というわりには恐くないのが玉に瑕な気もするが、こんなタイトルの映画に本気の恐さを求める人はいないだろうし、いたとしたらそんなものはその人が悪いので問題なし。『恐解釈』の読みが「きょうかいしゃく」なのか「こわかいしゃく」なのかわからないので受付でチケットを買う人が「桃太郎一枚」と言っていたのも微笑ましくてよかったので、『恐解釈 桃太郎』、よい映画だと思います。ちなみに俺は「こわかいしゃく」派です。