座ってられるかよ映画『ペット・ショップ・ボーイズ・ドリームワールド』感想文

《推定睡眠時間:マイナス100分》

昭和ラスト世代の俺であるが初めて買ったCDはデヴィッド・リンチの鬼作『ロスト・ハイウェイ』に心酔してそのテーマ曲として使用された「アイム・ディレンジド」の収録されたデヴィッド・ボウイのこれまた鬼作アルバム『アウトサイド』なのでその後の音楽の好みはデヴィッド・ボウイと『アウトサイド』を中心にして形成されていった、というのが幸福でもあり不幸でもあった。なにせ好きなアーティストがどんどん死んでいくわけである。

一度はせめて一度は生でライブを観てみたいと思っていたボウイその人は2016年の実験的なラストアルバム『★』発表直後にまさしく★になるという劇的な最期を迎えてしまいこれは叶わず、『アウトサイド』期のボウイが接近したナイン・インチ・ネイルズは事実上活動休止状態にあり、トレント・レズナー本人は映画音楽を中心に旺盛に音楽活動をしているのだが、90年代のあのナイン・インチ・ネイルズを観ることは今後もできそうにない。スロッビング・グリッスルのジェネシス・P・オリッジもスーサイドのアラン・ベガも数年前に亡くなった。ザ・ザのマット・ジョンソンは現在も活動継続中で少し前にブルーノート東京とかに来たのだがオールシッティングのアコースティックライブと聞いて現役であることは嬉しいが…と微妙に切なくなってしまった。

これがビートルズとかならもうライブとかで直接浴びることのできないものとして変な期待もないのだが、『アウトサイド』から始まる俺の音楽マップは1970~90年代に好きの分布が偏っているので、そうなるとその世代のアーティストはまだ生きてはいるが全盛期のような活動はできておらずいつか日本に来てくれないかなぁとふわっとした期待を頭の片隅に置きつつなんとなく忘却していたら訃報でその存在を思い出す…みたいなことになるわけである。数少ない例外のひとつはデッド・カン・ダンスで、新譜発売に合わせた来日ライブ行きましたよ、当時渋谷のブックオフの最上階にあった小さいハコに。よかったねデッド・カン・ダンス。衰えないどころか深みが増していて、もともとこの人らの音楽は超時代的なものだし若さが加点になるものでもないから、しっとりと夢見心地にさせていただきました。

そしてもうひとつの例外はクラフトワーク。これは二回行った。一回は3Dを活用した7日間の単独公演のうちの一つ(俺は大好きなのだがなぜか人気も評価も低い『エレクトリック・カフェ』全曲演奏の回だった)、もう一回はサマーソニックの前夜祭オールナイト・ソニックマニアに来たとき。どうだうらやましいだろう。その後クラフトワークは初期メンバーのフローリアン・シュナイダーが脱退したことで活動休止に入ってしまったのでこれはリーダーのラルフ・ヒュッターの年齢を考えればおそらく生でライブを観れる最後の機会だったんじゃないだろうか。

と、一向に『ペット・ショップ・ボーイズ・ドリームワールド』の話に入っていかないのだが、つまりようするにペット・ショップ・ボーイズ以下PSBも俺にとっては超すごい生きてるうちにライブ行きてー! なアーティストというわけである。幸いにもPSBは1980年代のUKアーティストには珍しいバリバリ現役組で、2年に1回ぐらいのハイペースで新譜を送り出しているしこうして映画にもなっているようにツアーも積極的に行っており、映画を観る限り2時間ぶっ通しで歌い続けてもヴォーカルのニール・テナント御年69歳は顔色一つ変えていなかったから少なくともニールは健康状態良好、今年の4月にはまたまた新譜が出るというので夏フェスで来日してくれる可能性はわりとあるしもしかしたらもしかしたらワールドツアーの旅程に日本も入るか!? と胸躍らせてしまうところである。

しかし仮に日本に来なかったり来ても俺の金が無かったりしてPSBが生きているうちにライブに行けなかったとしてもこの映画を観たのだからまぁある程度は諦めがつくというものだろう。いやー、素晴らしい、実にたのしいライブでしたね。ライブ映画としてはとくに工夫もないので普通の出来だが、ステージそのものが高いレベルで完成されているのでむしろ余計な映画的工夫などステージの邪魔になるだけだろう。考えてみれば「ナイトライフ・ツアー」のDVDにはBGVをライブ映像に重ねることのできるモードが搭載されていたが、たぶんそのモードで観たのは一回だけだった。

ステージの幕が上がると街灯のような簡素なセットの横にPSBの2人が現れる。なんというかさすまたの柄の部分を切って先っぽの方を2つくっつけたような…なかなか説明しにくい形状の仮面をつけ、白衣と白ジャケットに身を包んだニール・テナントとクリス・ロウ。開幕曲は「サバービア」。シンプルで可愛らしいメロディラインが印象的だが歌詞の内容は郊外の暴動というPSBらしいポップでありつつ風刺の効いた一曲である。これを、まぁ作曲とキーボードのクリス・ロウが完全に無表情で棒立ちというのはPSBのお約束(余談だがテイ・トウワのサングラス&無表情パフォーマンスは絶対にクリスのオマージュだと思う)だからわかるのだが、ニールの方まで棒立ちで歌う。背後に流れるBGVもこれまでのPSBのライブBGVというと華美なものが多かった気がするのだが、波形のような線とか棒人間が歩くだけとかずいぶんシンプル。

これじゃあまるでクラフトワークではないか。クラフトワークも具体的にいつ頃からかは知らないが少なくとも21世紀に入ってからのライブではそれまでのライブで使っていた巨大な装置は放棄して等間隔で並んだラップトップPC付きデスクにメンバー棒立ち+背後の一画面にBGVっていうミニマル・スタイルに劇的ビフォーアフターしたんだよな。そうかPSBも諸々経由してクラフトワークの境地に辿り着いたのか。もう69歳だしそういうこともあるだろう。これまでのPSBはPVにも凝るしライブも演劇性の高いものだったが、今や派手な装置もビデオもコーラス隊なども必要ない。ただヒット曲を歌って聞かせる。それに特化したライブとは…うーむ、寂しいといえば寂しいが、なにやら感動的ですなぁ。

と思って何曲か聴いていたらニール(だけ)仮面を脱ぎ捨ててコペンハーゲン! と元気に挨拶、相変わらずクリスは無言で棒立ちだがニールの方はときにBGVと同調しながらステージ左右を行ったり来たり。なるほど、今までの棒立ちPSBは落語でいうところのマクラであったか! 落語においてはマクラから演目に移行する際に演者が羽織りを脱ぐが、PSBもまた羽織りを仮面に置き換えて同様の仕草を行っていたわけである。この静かな立ち上がりから徐々に盛り上げていくドラマ性、BGVと演者の挙動の同調、ミニマルにはなったがやはりPSBのステージは演劇的であり、こういうのを洗練と言うのだろうと唸らされる。

やがてBGVの棒人間と歩調を合わせて(これ地味に難しくない?)PSB一旦退場。照明が暗くなり工事現場のノイズがニールの美声に変わって場内を満たすと同時に建設作業員に扮した黒子たちがなにやら舞台装置を動かしたりなんかする。と、これまでBGVが投影されていた幕が上がり、その背後にピラミッドの頂上みたいな(ということは「ゴー・ウェスト」のPVに描かれたあれみたいな)感じの第二ステージ、そしてPSBの2人に加えて全員サングラス着用の3人のバンドメンバーが現れたではないか! なにー!!! こ、ここからがライブの本題だったのか!!!!!

なんというニクい演出…開幕直後はクラフトワークと思わせておいてのペット・ショップ・ボーイズである…いやまぁペット・ショップ・ボーイズのライブだからペット・ショップ・ボーイズなのは当たり前なのだが、その見せ方のドラマティックなこと! ちなみにこの再登場の際にPSBの2人は衣装を替えているのだが、その後もニールは2回ぐらい衣装替えを行っていたので、仮面捨ても含めれば2時間のライブ中に4回も衣装替えを挟んでいることになる。はたしてこんな69歳アーティストが他にいるだろうか? アルフィーの高見沢さんとかぐらいじゃないのか?

「ここはドリームワールド。ウエストエンドの少女たち(West End Girls)はニューヨークの少年(Newyork City Boy)と出会い、退屈(Being Boring)を紛らわすためにドミノで踊る(Domino Dancing)」みたいな感じの曲目紹介も兼ねたニールのダジャレ口上が終わるとそこからはもう爆発的にノリノリ、The Greatest Hitsと銘打っているだけあってシングルカットされたヒット曲、それもダンサブルなヒット曲ばかりのセットリストになっていたので、こんなもんシネコンのふかふか座席に座ってなど観ていられるか踊らせろ! てなもんであった。

今回のライブは客を踊らせるコンセプトだったんだろうな、クリスと内間くれあのキーボード×2に加えてパーカッションがアフリカ・グリーン(サイバーパンク味があってかっこいい)とシモン・テリエの2人というバンド編成はビートが前面に出、このシモン・テリエという人がまた踊るような、というか踊りながらドラムを叩くすごい人であったのでレイヴ感ありありである。内間くれあとニールのデュエットでは二人を乗せた例の街灯セットを黒子現場作業員が動かしながらという演劇ギミックもあり、バンドメンバーひとりひとりにもしっかり見せ場を用意してこれがまた盛り上がる。さすがPSB、大御所の立場に甘んじることなく若手の顔もちゃんと立てる。この謙虚さが今も一線級で活動できている所以であろう。なんだかんだ芸道において大事なのは気配りであると言葉に出さず客に悟らせるPSBはえらい。

個人的にはPSBのあんまり踊れない感じの暗くて物憂げな曲とかそれこそ冒頭の「サバービア」みたいな風刺曲が好きだし最近のアルバム(といっても既に8年前ですが)ではもっともポップにして良い意味でチープな『スーパー』とかコンセプトアルバム調の『ファンダメンタル』みたいなのも好きなので2003年のベスト盤『ポップアート』ほとんどそのままで近年の曲がほぼ入っていないセットリストには物足りなさを感じたりはしたし、PSBといえばリミックスが面白いアーティストでもあるが今回のライブでは「みんな知ってる例の曲」ってな具合に各曲のアレンジが控えめな点も、もっと遊んでもいいのになぁと思ったりはした。

ただこれはコンセプトの話で、2016年のライブアルバム『インナー・サンクタム』はこのライブと比べるとだいぶアグレッシヴだったから、今回はあくまでもThe Greatest Hitsなので、ということでありましょう。シンフォニックで演劇的なステージ構成、歌舞伎的なケレン味のある舞台装置、音を出すだけではなく演奏そのものを魅せるバンドのパフォーマンス、ずっと変わらぬニールの甘い歌声、最後までサングラスと無表情の地蔵スタイルを貫くかと思ったらライブ終わり間際にちょっと笑った! なクリス、PSBのThe Greatest Hitsとしてあらゆる面で非常に高い完成度を誇るライブで、『ペット・ショップ・ボーイズ・ドリームワールド THE GREATEST HITS LIVE AT THE ROYAL ARENA COPENHAGEN』、正式タイトルが長すぎると思うがサイコーのライブ映画でした!

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さるこ
さるこ
2024年2月6日 8:21 AM

うわあ!ええなぁ!