【未体験ゾーン2024】5週目の感想文(『ザ・パイロット』)

《推定睡眠時間:15分》

今週の未体験も上映作は一本だけ。来週は三本なのでやっと平年通りの未体験といった感じでなんだか安心。一週七本のDEATHタイムスケジュールに続く一週一本×2とかいう今週の寒暖差みたいな異常番組編成がようやく終わる…そして来週以降は『神探大戦』などのく~お前未体験に来ちゃったのか~シネコンも狙えるポテンシャルなのにな~みたいな映画が何本かやる未体験2024後半戦ということでいよいよ盛り上がってまいりました! しかし来週以降に目を向ける前にまずは今週の未体験映画『ザ・パイロット』の感想を済ませておきましょう。

面白かったなこれは。2021年のロシア映画で独ソ戦下1941年の戦闘機パイロットを描いた戦争ものなんですけど、序盤にドイツ機との空戦があってそれで主人公撃墜されちゃうんですよね、真冬の西部戦線に。で一人だけドイツ兵の追撃から逃れて森の中に入るんですが、物資もないし連絡手段もないし出来ることは手持ちの地図を頼りに極寒の中モスクワ方向と思われる方へただ歩くだけ。雪を掘ってフキノトウみたいの食べたりしてなんとか飢えを凌ごうとはしますが限度がある、夜になると火を焚いていてもオオカミの群れがやってくるのでただでさえ寒くて眠れないのに満足に休息を取ることさえできない、やがて凍傷で足が腐り始め、もう限界というところで出くわすのは橋を警備しているドイツ兵ということで助けを求めたくても求められない、足の腐臭を嗅ぎつけたかオオカミの群れもしつこく追ってきて…これは『ゴールデンカムイ』の10倍は死ぬサバイバルですな。ヒグマのうろつく冬の北海道よりも厳しい環境があるのだから世界は広い。

ジャンル的には戦争映画ながら映画の大半を占めるのはそんな死にゲーをやらされる主人公の極寒サバイバル。これがかなり本格的で役者本人が雪をかきわけて中に埋まった魚にそのままかぶりついたりしていたのでさすがロシア人は根性があるというか無謀というか、まぁもしかしたら軍人さんに対する敬意の表れなのかもしれません。なんであれこのサバイバルのシークエンスが真に迫っていて良い。そして空戦の方もなかなか見事なもので、最初はドイツ機に撃墜された主人公が地獄の極寒サバイバルを経て再び無謀にも戦地に戻り今度は…というアツさ。そうした構成の巧さもさることながら戦闘描写そのものもケレン味のあるカメラワークと最低限の状況説明しかしないカッティングが効いて手に汗握るものとなっておりました。

しかし、面白いがために感じてしまうこの寂しさ。戦地の主人公が恋人(女性)の存在だけを心の支えに生き延びやがて再会するというメロドラマのプロット、男は兵士で女は慰問という役割分担、一度はドイツ軍に負けた主人公のリベンジ戦をクライマックスに置きつつ、そこから義足で戦場に出た実在のパイロットたちの表敬映像からへ繋げるラストなどから、この映画が少なくともシナリオ的には古色蒼然とした戦意高揚もの・愛国ものであることは明らかだ。

なぜ独ソ戦の映画が戦意高揚になるのかといえば、現ロシア大統領ウラジーミル・プーチンがウクライナ侵攻の大義名分として「ウクライナの非ナチ化」を主張していることからわかるように、2014年のウクライナ領クリミア半島武装占拠以降、ロシアは「悪の帝国ナチス・ドイツを倒した正義の国」というイメージで連邦国家の統一を図ると同時に、ウクライナ東部ドンバスなど周辺国への軍事介入を正当化しているフシがある。これはペレストロイカは失敗だったと考えるKGB出身のプーチンの懐古主義とも符合して、プーチン体制下のロシアのソ連回帰志向を示すものでもある。

あの素晴らしい日々をもう一度。経済的な発展材料の乏しいプーチン体制下のロシアの人々にとって、ソ連回帰は実態からはかけ離れていても「豊かなロシア」をイメージさせ希望を感じさせるものであり、そしてそれは「ナチスを倒した正義のロシア」という右翼のマチズモに基づくロマンティズムと分かちがたく結びついている。どうやらそのために独ソ戦の英雄伝説が今のロシアではたびたび映画化されているらしいことを俺が感じ取ったのはわりと最近のことなのだが、そう考えれば2019年に日本でもブームを巻き起こした独ソ戦映画『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』も少し違った風に見えてくることだろう。なにせ、『T-34』に製作で名を連ねる現代ロシア映画の名匠ニキータ・ミハルコフは忠実なプーチン支持者として知られる人物でもあるので(それも最近知ったのだが)。

『T-34』も『ザ・パイロット』も面白い理由はよく似ている。どちらもプロットは単純で無駄な台詞やドラマがなくひたすら迫力ある戦闘シーンが続き、キャラクターは少年漫画のように裏表のない正義漢、そして最後に待ち受けるのは宿敵ナチスとのロシア側勝利の約束された宿命の対決! …とまぁ要はハリウッドのB級映画なわけである。今やロシア映画などほとんど日本に入って来なくなってしまったので現地の実態は不明だが、西側の娯楽が入って来なくなったこともあり、思想性がない安全な娯楽ということもあり、現在のロシアではサーカス人気が復活しているというから、映画もこんな戦争ものの愛国B級映画ばかりなんじゃないだろうか。

とくに2022年のウクライナ侵攻以降に顕著だが、それ以前からプーチン体制下では言論統制が敷かれ、反愛国的なものやプーチン体制の思想に反するものは厳しく規制されてきた。最近ではウクライナ侵攻を否定するだけで警察のお縄を頂戴し人によっては実刑もあるというほどだから、『ザ・パイロット』は2021年の作とはいえ、その時期のロシアも自由な映画制作などとてもできる環境ではなかっただろう。下手に作家性やドラマ性を織り込んだりしたら反国家的と見られて活動停止に追い込まれるかもしれない。実際、現代ロシア映画界最大の巨匠といっていいアレクサンドル・ソクーロフの作品はウクライナ侵攻後上映禁止処分を受け、本人もついに昨年末活動禁止を言い渡されてしまったらしいが、そんな状況で映画業界にできることといえば、治安当局に深読みされない単純にして愛国的なB級映画を作り続けるぐらいしかない。

だからこの映画は、面白いけれども観ていてなんだか寂しくなってしまう。ロシアといえば数々の映画理論家と前衛映画の巨匠を生み出した映画芸術の一大震源地だったはずなのだ。そのロシアで今はハリウッド的なB級映画しか撮ることができない。これが芸術や文化の敗北と言わずしてなんだろう。プーチン体制にしたって永遠に続くわけではないのだし、プーチン後は有力な後継者もいないからたぶんロシアという国は再び瓦解してしまうだろう。そのときに核戦争で世界が終わらなければロシアの映画芸術は再び蘇るかもしれないが…どうもそれは今日明日の話ではかなり全然なさそうである。

まぁなんかそんな、いやそんなでもないんですが…ともかく俺はそんなことを考えてしまった映画だったなぁ、これは。

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