《推定睡眠時間:40分》
考えてみれば俺が面白いと感じるマーベル映画は世間的にはイマイチなマーベル映画で、逆に俺がイマイチと感じるマーベル映画は世間的には超おもしろいというものばかり。この『マダム・ウェブ』が俺にとっておもしろい映画であろうことは本国アメリカであんまりヒットしなかったし評論家ウケもなんか芳しくなかったという事実によって観る前から予知されていたことであった。まったく困ったものだ。よほどアメリカの観客も評論家も頭が悪いかセンスが悪いかあるいはその両方が悪いのだろう。ちなみに俺のマーベル映画ベストは『エターナルズ』です。
2003年のニューヨークを舞台とするこの映画『マダム・ウェブ』は一応ソニーのスパイダーマン・ユニバースに連なるものではあるが、その時代設定が示すように他のユニバース作と物語上の直接の繋がりはない(らしい)。主人公は仕事中の水難事故により自身と関係する人の死の未来がさながら蜘蛛の巣のように見えるようになってしまった救命士。それだけなら便利なような不便なようなでもやっぱり生活に支障が出るのでまぁまぁ不便な使えない能力というだけでしかないが、同僚の葬儀のために乗った電車内でたまたま乗り合わせた三人の少女がオッサンに殺される未来を見てしまったからさぁ大変、救命士ウェブさんはとりあえず三人の少女を電車から降ろして死の運命を回避させるのだが、そのことによって少女を狙うオッサンに目を付けられてしまった。このオッサンの正体はその特殊能力を私利私欲のために用いる悪くて黒いスパイダーマン。実はこの黒スパ、どちらも気付いていなかったのだが、ウェブさんとは浅からぬ因縁のある人物であった…!
日本の宣伝文句を見るとマーベル映画初のサスペンス・ミステリーとのことでなんだろう特殊能力持ちのヒーローたちが山荘で殺し合ってフーダニットでもやるかなと思ったがそうではなく(それはそれでコミックにはありそう)、ミステリーというかこれはスーパーナチュラル要素がちょっとあるサスペンスといった方が適切だろう。なにせウェブさんの能力は死の未来を予知することでしかない。その能力によって黒スパの少女襲撃を再三回避するとはいえ、ウルヴァリンみたいに能動的かつ戦闘的な能力ではないので基本的にその能力を使ってできることは逃げることだけ。
おそらく終盤には黒スパと戦闘能力に覚醒したウェブさんのバトルも描かれたことだろう。しかし、そのへんはもう全部丸っと寝ていた。完璧に寝ていた。そのためこの映画は俺にとってマーベル初のバトルシーンが一切ない異色のサスペンス映画となってしまったのだが…まぁそこだろうね本国評価の低さというのは。アメリカのバカな観客はどんなジャンルでも主人公の能動的な行動を好み受動的な行動を嫌う。でもサスペンスというジャンルはヒックコック的な巻き込まれ物語なんか典型的だが主人公の受動性もしくは無力によって緊張感を作り出すジャンルなわけだから、サスペンス・ジャンルの映画として『マダム・ウェブ』を観るならばこの受動性は正解としか言いようがない。主人公の能動性によって観客を興奮状態に誘導するスーパーヒーロー映画としてこれを観るなら、まぁう~んイマイチだなぁと感じるのは当たり前だろう。そして俺は受動性が下地を成すヨーロッパ・アジア的な映画の方がアメリカ的な能動性の映画よりも基本的には好きなのであった。
2003年の時代設定は今後作られる可能性がないでもない後続作に向けたものではあろうが、その大人の事情的な制約を逆に活かした画作りというのもこの映画の(俺にとっては)おもしろいところだった。具体的にいえば手持ちカメラの機動性による高速パンやそんなところ(地面に直置きなど)にカメラ置くのというハッタリの効いたダイナミックなカメラポジションやアングルなのだが、こう言ってもピンと来ない人も多かろうがこれはデジタルビデオカメラなどの小型手持ちカメラが映画やドラマ撮影の場でも普及し始めた1990年代後半~2000年代前半の作品で、物珍しさから若手監督によってよく使われた手法なのであった。たとえばイギリスならダニー・ボイルの『トレイン・スポッティング』、日本なら『ケイゾク』など堤幸彦作品のあのカメラワークを想像してもらえればあーそういうことねと思ってもらえるんじゃないだろうか。
未来予知のできる主人公が他人の死の未来を回避しようとするシナリオも原作コミック準拠とはいえ2002年版『スパイダーマン』とか『パニック・ルーム』の脚本を書いたデヴィッド・コープあたりがいかにも2000年代前半に書いていそうなもので、要するに『マダム・ウェブ』という映画はストーリーも映像も実に2003年ぐらいの「あの頃」感満載なのであった。最近平成レトロなる言葉も聞かれるようになったわけだが、この劇中時代設定に合わせた懐古志向にはついにゼロ年代もレトロ愛で対象に! とちょっと動揺させられないこともないが、それはそれとしてへーちゃんと考えて作ってるなと感心させられるし、だいたい単純に面白いのでこういうのはイイ。もとよりソニーのマーベル映画はシナリオ的にも映像的にも最先端を志向する本家マーベルのMUC映画とは一線を画して、サム・ライミがやっていたような一昔前のアメコミ映画の作りを意識的に模倣しているが、そうした試みが今のところもっとも上手くいったのはこの映画じゃあないかと俺は思う。
ウェブさんが未来予知をするシーンの何が現実だかわからない感じも面白かったね。現実からシームレスに未来の映像に入ってしまうから今見ている映像が現実なのか未来予知なのか映画を観ているこっちにはわからず混乱させられる。そのへんもまた1990年代後半から映画やドラマで用いられるようになったノンリニア編集(編集ソフトを使ったデジタル編集)の特性を面白がった当時の若手監督がいかにもやりそうな感じっていうか…いや、編集ソフトを使った編集と書いても今じゃ当たり前すぎてハァって感じかもしれないですけど、1990年代はまだフィルムを編集台で直接切ったり貼ったりとか、ビデオデッキ二台繋げて片方のビデオテープをもう片方のビデオテープに部分ダビングするっていう原始的な編集やってたのよ。そういう時代でもできないことはなかったけどやるには面倒くさすぎるっていう編集手法がノンリニア化によって簡単にできるようになって…え、ビデオテープ知らない? ついに時代はそこまで来たか!!!!!
※あと主人公に救われる女子三人の最初は他人同士だから当然なのですがベタベタしてない関係性っていうのもなんかリアルな青春感でよかった。
いつも楽しく拝見しています
「あの頃」の映画感すごくわかります!いいなあこの雰囲気とか思いながら見てたんですけど世間の評判は悪くていつものようにMCUオタクたちが駄作wと騒いでますねまあ今時オシャレでちょっと小粋なジョークとオタクたちへの目配せに戦闘シーンはド派手にかまさないとウケないですから仕方ないですけど
あとスパイダー3人娘は優等生やんちゃ気弱とパワーパフガールズぽくて彼女らのチームアップも映画で見たいなあと思わせてくれました
細かいことは気にしないあたりが実にゼロ年代アメリカ映画っぽいというか、ダイナーに車で突っ込んでそのまま去るところとか豪快でホントよかったと思うんですけどねぇ笑
スパイダーガールズ(?)はやるのかな…最近アメコミ映画全体が思ったほどの興行成績を上げてないみたいですし、とくにソニーのスパイダーマンユニバースは『ヴェノム』以降ヒット作がないですから、もしかしたら放置かもしれません。でも別に大予算かけなくても町の地味な事件をガールズがちまちま解決していくスケールも予算規模も小さい映画とかでいいと思うんですけどね。
いつも読ませていただいております。私も「問題は多いけど、駄作呼ばわりして騒ぐほどじゃないよなぁ」と思っております。
ちなみにクライマックスでも戦闘能力が上がったりはせず、三人娘を助けるのに軽く分身したくらい。「未来予知」と「回避」だけで戦う専守防衛ヒーローというのは新鮮でした。
え、それイイじゃないですか! マーベル映画も『エンドゲーム』でもうパワーインフレがドラゴンボールの魔人ブウ編ぐらいになっててその後はどんな戦いを見せたもんかと迷ってる感じだったので、ちゃんと能力を生かして地味に戦うというのはエライ! …と個人的には思いますが、これがウケなかったということは派手なアメコミ映画に慣れたアメリカの観客には刺激が足りなかったんですかねぇ…。