今年の未体験ゾーンも残すところあと3週、本数にして6本ということでいやー早いもんですなぁ月日というのはー。今年は1月に大きな出来事が集中し過ぎてやたらと1月が長く感じられたものだから2月の方はガザ南部で数十万人規模の大規模飢餓の危機(イスラエル軍が支援物資の搬入を極端に制限しているのに加えてそのために南部が無法地帯化し支援ができていないため)という人類史上絶対に回避しなければならない緊急事態が現在生じているなど世界各地では大きな出来事もあるわけですが日本ではそうしたものがなく、能登半島地震の復興支援もまだまだ必要とはいえまぁともかく1月に比べればなんとなくぼんやりあっさり過ぎてしまった。
そんなことはどうでもいいな。よしじゃあ今週の未体験ゾーン3本の感想行ってみよう!
『ホビッツベイ』
《推定睡眠時間:20分》
タイトルの語感がなにやらファンタジー映画っぽくもあるがそんな要素はとくになくオーソドックスな怪奇映画。海辺の屋敷を謎相続したペットショップ経営ファミリーが長年放置されていた屋敷に越してきてアメリカ人らしくDIYで劇的ビフォーアフターしようとするのだがどうもこの屋敷は変だ、夜中になると何かが蠢くような音が聞こえるし奇怪な鳴き声のようなものも聞こえるし…というやつ。
怪異の正体は幽霊ではないのだがこいつがとにかくなかなか姿を現さず気配だけを電気が通らず夜はロウソクで明かりを採っている屋敷内に漂わせているものだからイギリスの古典的幽霊屋敷小説っぽいムードあり。いくらなんでも展開がまったりし過ぎだし怪物が出てきてからも大したことは起きないのでおもしろい映画では決してないのだが、屋敷の美術や怪物造型などビジュアル面は結構本格的なので、そういう空気感が好きなら小さく心にヒットする可能性あり。
『K-9 L.A.大捜査線』
《推定睡眠時間:0分》
K-9というのはロス市警の警察犬課のことらしいのだがかつて『K-9/友情に輝く星』という警察ワンちゃん大活躍の映画もあったことからてっきりワンワンバウワウかわいく愉快な映画と想像して観に行ったら劇判はほとんどなくゴアやバイオレンスも見せつけるという感じではないのだが容赦なく描かれたりするかなり渋めの警察ミステリーでワンちゃんは3匹死ぬししかもその内の1匹はスナイパーに狙撃されて腸をぶちまけながら死ぬ。犬は全然無事じゃないです。
しかしその表現はワンちゃんを愛するこころの裏返し(たぶん)。ワンちゃんをペットではなくあくまでも一緒に働く同僚であり一緒に生きる仲間として、人間と対等な存在と捉えているからこそ、「犬は無事です」とはならないのだ。狼の街LAでは警官も犯罪者もあっちこっちでやりあって死んでいる。そんな中でワンちゃんだけ怪我一つせず無事というのは心情的にはそうあってほしいが現実的には嘘だろう。その現実を本物の愛犬家であればこそ見届けよ。これはワンちゃん、いや、ワンさんリスペクトの映画なのである。
相棒の犬にしか心を許さずしょっちゅう部長クラスから定番のお叱りを受けている一匹狼警官を胸板厚く演じるのはアーロン・エッカート。相棒ワンさんが謎の犯罪組織に殺害されたエッカートが復讐をその厚い胸板に刻みつけて超法規的独自捜査に乗り出す展開はロバート・B・パーカーのハードボイルド小説のようでエッカートの渋演もあり否応なしに燃えてしまうが、犯罪組織の正体っていうか動機っていうか手口がここでは書きませんがなんか結構バカっぽかったので、本格ハードボイルドのムードとのギャップで消化不良気味。しかし、ワンさんの熱演はたくさん見られるし、ワンさんにアクションカムをつけて撮影したこれがホントのワンショットも面白く、想像とはまったく違ったがこれはこれでやはりワンさん大活躍映画で悪くなかったです。
『神探大戦』
《推定睡眠時間:60分》
一般的には共同監督のジョニー・トーの作品として記憶されているであろう『MAD探偵』(原題は『神探』)の続編で、こちらはトーが抜けてワイ・カーファイの単独監督作。前作が犯人とメンタルを同調させる異常捜査を行う刑事(ラウ・チンワン)と七重人格の犯人の対決というかなりトリッキーなノワールだったのでその続編で「大戦」とは? と思ったが、大戦だった。なんかすごいずっと銃撃戦してみんな叫んで走り回ってた。登場人物もたくさん。
おそらく全編リーチ状態なので派手派手しく楽しい映画だとは思うがぶっちゃけ個人的にはかなり冷めてしまって、これ同じことを先週の未体験映画『ザ・パイロット』の感想でも書きましたけど、こういうのって作り手のセンスがどうとかじゃなくて今もうこういうのしか作れないってことだと思った。『ザ・パイロット』はロシア映画で『神探大戦』は香港/中国映画なのだが、どちらにも共通しているのは自由に映画を作ると治安当局から怒られて最悪収監されるということ。喉元過ぎればなんとやらでまぁコロナ禍もあったしウクライナ戦争もあったし今度はガザ虐殺だということで忘れて当然かもしれないが、香港は数年前に自治権を事実上剥奪され中国本土に併合されたのであった。
したがって香港映画もまた(それまでも実質的にそうだったかもしれないが)自治権を失い、体制批判っぽい表現をすると上映させてもらえないとか脚本検閲を通らないとか、ちゃんとした民主主義国では当たり前に保証されている表現の自由が制限されている。中国やロシアは映画大国なのでふだんそう感じることはあまりないかもしれないが、それは当局によって作ってオッケーの許可が下りれば映画を作ることはいくらでもできるということであって、映画を好きに作っていい創作環境があるということでは決してない。
こうした認可制の映画制作においては当然ながら題材や表現の幅が非認可制の映画制作よりも狭くなり、なんだかどの映画もやってることが同じような感じになってくる。『神探大戦』は最初っからそして最後までクライマックスで面白いのは確かなのだが、観ていて感じたのは面白さよりも既視感であった。『レイジング・ファイア』もこんなだったし、ラウ・チンワンが出ているという共通点もあり『バーニング・ダウン 爆発都市』もなんかこんなだった、タイトルを忘れてしまったが去年あたりの未体験でやった香港ノワールもこんな感じの作りじゃなかっただろうか。その没個性は前作『MAD探偵』がジョニー・トーらしい奇怪な代物だっただけに、この映画ではとりわけ強く感じられる。
ラウ・チンワンのキャラもなんか前作と変わってたし(こんな熱血漢じゃなくてもっと危ない人だった)、あくまでもこれ単体でということなら血流沸騰の面白さかもしれないが、『MAD探偵』のあの変さ、変な中の渋さ、奇妙に漂う詩情と非情、等々がトー映画の中でも結構好きな方に入っている俺としては、今や、香港の映画職人はあんな奔放で創意溢れる映画を作ることは許されず、善人と悪人がずっと撃ち合ってるだけの空虚な娯楽作を作ることしかできないのだと思うと、どうしてもこれを素朴に面白いと感じることはできないんである。よって寝た。