旅行するって楽しいね映画『FLY!/フライ!』感想文

《推定睡眠時間:0分》

ディズニー映画みたいに本編前にミニオンズの短編が付くのが俺が今もっとも信頼しているアニメスタジオ、イルミネーションの流儀だが、今回のミニオンズ短編は往年のカートゥーンアニメを思わせるスラップスティック編。というかこれは『ルーニー・テューンズ』の中のコヨーテ&ロードランナー回わりとそのまんまである。たぶん『怪盗グルーの月泥棒』に出てきた悪役(ミニオンズ大好き人間を自称しながらミニオンズシリーズの第一作目『怪盗グルーの月泥棒』を観ていないのだ!)がミニオンと一緒に月に吹っ飛ばされて地球へ帰るためにあれこれするもその全てが裏目に出て大失敗、というプロットというかキャラクターはロードランナー捕獲作戦が必ず失敗して手ひどいしっぺ返しを食らうワイリー・コヨーテなのであった。

前座がカートゥーン路線なので本編であるところの『FLY!/フライ!』もまた、いやまぁイルミネーションアニメなんか基本的には毎回カートゥーンなのだが、とはいえそんなイルミネーションアニメの中でもとりわけカートゥーンを意識した映画となっていたように思う。主人公はニューイングランドの森に住むカモの一家なのだが、この一家すっかり鳥の本能を忘れ餌場の湖から離れようとしない。それというのも一家の父親カモが極度に臆病な性格だからであった。湖は安全だが少しでもそこを離れると狂った殺鳥生物とかがいて子供のカモを切り刻んでしまうのだ…! みたいな紙芝居を日夜二匹の子供カモに読み聞かせて子供カモが間違っても空を飛んでどっか行こうとか思わないように父親カモは仕向けている。映画はこの愉快な紙芝居から始まり、それはあたかもカートゥーン宣言の如しである。

そんな一家もひょんなことから近所の飲んだくれおじさんカモを連れて遠く離れたジャマイカへと旅立つことになる。そこには自分の殻に閉じこもってばかりじゃあつまらないよ、怖いかもしれないけれどもちょっとだけ勇気を出して外の世界に出てみたらどうだろう? 的な教育的メッセージがあるわけだが、ディズニー映画やドリームワークスのアニメならそのメッセージに説得力を持たせるためにキャラクター心理をじっくりと描き込んで濃密でエモーショナルな人間ドラマ(鳥だが)を展開するところ、この映画はほとんどやらない。だから観てもとくに感動するとかそんなこともなく、あー楽しかった、とその一言で終わり、書を捨てよ町へ出よう的なメッセージもとくに脳みそに刻まれることはないだろう。ついでに映画の内容も一週間ぐらいでだいたい忘れる。

結構結構、大いに結構。やっぱりイルミネーションアニメだね、そういうところが俺は好きだよ。イルミネーションのアニメはいつだって芸術ぶったりしないし教科書ぶったりもしない。観ているあいだ楽しければそれで結構、なーんも心に残らなくたっていいんだよ、しょせん子供向けの映画なんだしさ、とでもシンデレラ城をチラチラ見ながらのたまうかのようなその制作姿勢は誠に立派、その軽薄さの裏側にチラ見えする職人イズムや反骨精神には惚れ惚れしてしまう。上映時間なんとこのご時世に83分というのもなんだか娯楽映画の長尺化が世界的に進行していることに対するアンチテーゼのように見えてきてしまうね。ええ? なんでハリウッドさんは3時間も必要なんですか? ウチらなんて83分もありゃ充分なのに(ニヤニヤ)。勝手にイルミネーションを性格悪く擬人化するな。

そんなわけでカモ一家はじめての渡り旅は行く先々でドタバタはあるものの深刻になることは決してなくすごいアクションがあるわけでも別になく、父親カモの近所のおじさんカモに対する当たりの強さなんかは笑えるものの(「ほっとけ! あいつを食わせてる間に逃げるぞ!」の台詞には声を上げて笑った)大笑いできるところもとくにない。けれどもその代わり適度なアクション、適度な笑い、適度な美風景、そして色とりどり姿形さまざまな鳥たちが83分の間途切れなく画面を彩り続ける。もちろん主人公のカモ一家の末っ子なんかは泣けるほどふわふわで激カワ。娯楽映画の楽しいところだけをパッチワークしたようなその作りは節操がないとも言えるが、ニセモノのオリジナリティや手垢の付いた道徳説教でその身を飾り立てて我こそ健全にして立派な映画でございとのたまうような芸術的不誠実を恥とも思わないハリウッドの娯楽大作なんかと比べたら、ぬけぬけと節操のないほうがかえって誠実というものだろう。

カモはどうか知らないが渡り鳥にとって旅というのは単なる日常であってほんらい大したことではまったくない。だからこの映画でも一家の渡りは冒険というよりも旅行という感じである。インド行ったら人生変わったというような人も二十年ぐらい前ならわりといたかもしれないが、今の時代にちょっと海外旅行に行ったぐらいで価値観や世界観が変わる人はそういないだろう。同じようにカモ一家もジャマイカ旅行に出かけたからといってなにか劇的な変化を遂げるわけじゃない。けれども旅行の中で色んな鳥と出会い色んな経験をした後には最初あんなに外の世界に出ることを恐れていた父親カモもなぁんだ旅行もあんがい楽しいじゃないかなんて考えるようになるし、なんだか二人の子供カモもちょっとだけ成長したように見える(母親カモは最初っから肝が据わってるのであんま変化はない)。

旅行というのは人の場合も鳥の場合もそんなものなんじゃないだろうか。小さな感動や小さなハプニングや小さな冒険の連続にドキドキワクワクしてあー楽しかったで終わった後には自分で気付かなくても少しだけ視野が広がっていたり今まで怖かったものが怖くなくなっていたりする。この83分の映画小旅行もまた然り。あー楽しかったで別にいいのだ。イルミネーションのこの『FLY!』はカートゥーン的で旅行的なあー楽しかったの体験が持つ可能性と、あー楽しかったの体験から子供たちが何かを受け取る可能性を信じる、一見なんてことないノンポリお気楽娯楽作のようでいて、そのじつとても誠実な映画なのだ!

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りゅぬぁってゃ
りゅぬぁってゃ
2024年3月23日 8:52 PM

監督の過去作「くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ 」と比べたら、かなり作風が変わったなと思いました。

ユーロアニメとアメリカアニメの環境の違いかもしれませんが。

りゅぬぁってゃ
りゅぬぁってゃ
Reply to  さわだ
2024年3月24日 9:45 AM

イルミネーションのwiki見たら「フランスに子会社がある」と書いてたので、そのツテかな?と思いました。(子会社がメインで作った作品も多い云々)
アート路線全フリのアーネスト (高畑勲の晩年の作品の塗りを模したと公表)から、フルCGのドタバタギャグに路線変更は、商業監督化故なんでしょうが。

匿名さん
匿名さん
2024年3月23日 9:47 PM

別にアニメで重厚なテーマ染みたものを描くのはいいんだけど、今のディズニーは大袈裟すぎ&これ見よがしすぎ&説教臭すぎ
今の時代、アニメ映画の選択肢にイルミネーションが存在することが本当にありがたい