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日本おいては入卒シーズンであることからか3月4月という時期はなにかと邦画恋愛映画の舞台になりやすく桜並木の通学シーンなどはキラキラ映画の定番であるし『弥生、三月』とか『4月の星、スピカ』なんてタイトルの映画などもある。『四月の雪』…はペ・ヨンジュンの韓国映画か。それは別として基本的に3月4月を恋愛映画に使うという発想は邦画においてはぶっちゃけ安易かつ陳腐である。しかも映画が始まってすぐに映し出されるのはボリビアのウユニ塩湖。そこを世界中のフォトジェニックな景勝地などをフィルムカメラ片手に一人で巡っているらしい謎の写真好きヤングウーマンが訪れるという場面で、またもや安易かつ陳腐! 『ラストラブ』、『マチネの後に』、『雪の華』、『世界から猫が消えたなら』など、邦画の恋愛映画は少し多めに予算をもらえるとやたら海外ロケをしたがる(恋愛映画だけではないが)ので、これもまたその手のお金はあるが精神は貧困な映画だろうと思わずにはいられない導入部である。
しかし! 面白い…なんだこれは面白いじゃないか…いや面白いというか…なんかちゃんとした映画ではないか! たしかに海外の景勝地をカメラ片手に巡る女という出だしは安易にして陳腐だが実はこれは主人公ではなく主人公の恋人でもなく主人公の学生時代の元カノ、その後展開される物語は主人公の佐藤健とその現在の恋人である長澤まさみを巡るものだったが、ここもまた予想を裏切り結婚を間近に控えた二人がどうのこうのするわけではなく長澤まさみが突如失踪、事前に長期休暇を職場に申し出ていたことから事件性はなさそうだが、その行方を佐藤健が追うというものであった。
予想外の二連続。そこにもう一予想外が加わる。冒頭シーンからすれば『雪の華』なんか顕著だがストーリーとか演出がとかそんなことはどうでもよくとにかく海外のフォトジェニックな風景を撮ってさえいればいいというような映画と思わせつつ、実はこれは意外や風景よりも役者の芝居をしっかりと撮るタイプの映画であり、佐藤健×長澤まさみの芸達者二人を主役に据えていることもあってかなりのところ役者陣の芝居の良さ面白さで見せる映画だったのだ。いかにも映画女優然とした長澤まさみの劇の芝居に現代日本人の自然体に近いリアリズムの芝居で応じる佐藤健。その噛み合わなさには二人の価値観や世界観の相違がそのまま表れているようでもあり、なぜ長澤まさみは佐藤健の前から消えたのかという問いの答えは二人の芝居の中に織り込まれている。
助演陣も手抜かりなく仲野太賀、中島歩(この人は大学の写真サークルの部長役なのだが、俺の発見した謎法則によると邦画恋愛映画に出てくる大学のサークルの部長は演技巧者が多い)、河合優実と若手実力派がほとんどワンポイント起用で作品世界に奥行きを与えつつ、ともさかりえ、竹野内豊といったベテランがそれまであまり見せたことのない演技派の顔を抑制された芝居で見せて華を添える。こんなまるで大映の文芸映画みたいな作りのメジャー邦画なんて近年ほとんどなかったんじゃないだろうか。監督の山田智和はMV畑の人というが、役者の芝居を軸に据えるその作風は古典的といっていいほどで、芝居の演出もMV畑の監督らしからぬといったら他のMV畑監督に失礼かもしれないがほらでもMV畑の監督ってそういうとこあるじゃんアイデア先行とか画作り先行みたいなさという丁寧さ。
俺は悔しかった。いつもの浅はかで下らない邦画のメジャー恋愛映画だと思って観に行ったら(なぜそんなものをわざわざ観るのか)思いがけず真面目な映画だったので素直に面白く観てしまい、ほー今時こんな邦画を作る志ある人もいるんですなぁと感心しながらエンドロールを見えていたら原作と共同脚本のクレジットが川村元気だったからだ。川村元気といえば『映画ドラえもん のび太の宝島』の脚本を映画プロデューサーの分際で執筆しそのドラえもん性の違いにより俺を激怒させた不倶戴天の敵である。これは認めたくない。認めたくないが、川村元気はあくまでも原作者であり、脚本にも参加しているといっても山田智和と木戸雄一郎との連名であるから、この映画の良さのどの程度が川村元気に依るものかおおいに怪しいものだというやっかみ的逃げ道はないでもないとしても、一定の功績はやはり認めざるを得ないだろう。でも近しい人が失踪して探す展開は『億男』だし写真と海外の景勝地の組み合わせは『世界から猫が消えたなら』でもやってたので小説家としてそんなに引き出しの多い人ではないと抵抗しておきたい(どっちも川村元気原作の映画である)
この映画で描かれるのは一言で言うならやらなかったことの後悔であった。人間は臆病な生き物だから違う世界に飛び込むのはいつだって怖い。それは足場の不安定な子供だからで大人になればそうではないだろうなんてことはなく、大人になっても、むしろ大人になってある程度安定した生活を手に入れてしまえばこそ、人はその安定した生活から飛び出すことが怖くなってしまう。その怖れが招いた後悔をわかりやすい台詞やドラマティックな演出に頼らず、様々な立場にある役者たちの芝居のニュアンスから浮かび上がらせるこの映画、いやはや存外大人の恋愛映画であったよ!
>邦画恋愛映画に出てくる大学のサークルの部長は演技巧者が多い
ここで笑っちゃったんですが、観るつもりなかったのに見たくなっちゃっいました
キラキラ映画を含め邦画恋愛映画は主役とかよりも脇役とか後ろの方でなんかやってるエキストラとかが面白かったりするんですよ笑
あんまり期待しないで観ればまぁまぁ楽しく観られると思うので、よろしければっ