人生こんなもん青春こんなもん映画『青春』(2023) 感想文

《推定睡眠時間:よくわからないがたぶん2時間くらい分》

寝ている間にすっかり忘れていたがそういえば冒頭に字幕で「春」と出ていたので春夏秋冬にパートを分けてそれで上映時間3時間半なのかなと思ったらこれは中国資本の入っていない映画なので国際的な原題は“YOUTH (SPRING)”、これ単体で中国ヤング出稼ぎ労働者の春夏秋冬を描くものではなくどうもまだ続けて別の作品で(といってもやることは同じだと思うのだが)夏なり冬なりをやるっぽかった。さすが8時間ぐらいの映画を当然のように映画館に持ってくるワン・ビン。構想が長江のように雄大である。

構想は雄大だが被写体は慎ましいことこの上なく舞台はなんか中国のわりと端っこの方とかにある気配な小汚い縫製工場街、というか地帯なのか。縫製工場といってもでけぇもんではなく団地みたいのがたくさん並んでてそこに部屋単位で小さな工場がたくさん入ってるらしい。でその団地工場は出稼ぎ労働者の寮も兼ねてて労働者は朝起きて同じ建物の工場行って仕事終わったら近くで団子とか買って食ってまた寮戻ってスマホ見ながら寝るみたいな生活を送ってるらしいということでこれはワン・ビンの何作か前の映画『苦い銭』と題材はほとんど同じ、違うのは『苦い銭』の労働者はオッサンオバサンだったがこちらは中卒高卒の地方出身ヤング出稼ぎ労働者に登場人物を絞ってるところだろう。

それが面白いかどうかはともかく世の中には人の数だけドラマがある。やってることはほとんど同じなのに登場人物の年齢が違うだけで『苦い銭』とこちら『青春』では受ける印象が結構違い、『苦い銭』にはある程度人生を諦めた中年労働者たちの哀愁からユーモアが生まれていたり、一仕事終えた後の妙な達成感をカメラが捉えて「これも一つの人生さ」とそこはかとなく肯定的な調子があったような気がするのだが、『青春』にはそのようなものは基本的にない。別に登場するヤング出稼ぎ労働者たちが悲愴感を抱えているわけではないのだが、あえて言えばだからこそウッとさせられるものがあるのだ。

マジで狭くて汚ぇそして何もねぇ縫製工場で毎日代わり映えのしない仕事に精を出して半年で日本円にして十数万とかの大薄給。工場には一応ラジオがあるが寮の方には個室もなければテレビもなくお湯も下の階からわざわざ汲んでこないといけなかったりというこれはもう吉幾三もびっくりの貧乏環境。ヤング出稼ぎ労働者たちはみんなスマホを持っているが逆に言えばスマホしか持っていないとも言え、その境遇は前に観たインドの底辺繊維工場ドキュメンタリー『人間機械』を思わせたが、自分たちの置かれた環境がとくに悪いものだとは(まぁそりゃ欲しいものを言い出したらキリがないだろうけどな)思っていない風なのが、この映画の帯びる哀しさ切なさの所以である。

とはいえそこはワン・ビンの映画だってんであぁ可哀相ですね憐れですねとヤング出稼ぎ労働者たちを上から目線で見下すわけじゃない。ヤング出稼ぎ労働者のそれぞれにそれぞれの生活がある。生活の中の喜びであるとか楽しみであるとはあるいは時には失望であるとか、そしてまたそこからの再生だってある。後半に出てくる27歳の工場経営者はもしかすると元出稼ぎ労働者だったのかもしれず、そうとすれば俺みたいな都会在住者の目からすれば一見なにも無いように見えてしまうこんな仕事にもそれなりにチャンスというものがあるのかもしれない。それに労働者たちは何も経営者から言われたことに唯々諾々と従ってるわけでもない。隙を見ては賃上げ交渉を展開し仕事に愛着など決して持たず遊びに行きたければ抜け出して遊びに行く太い神経と意志がある。要するに、ともかくそこではヤング出稼ぎ労働者の一人一人が、たとえどんな環境だろうがそんなもんはお構いなく自分の人生を生きようとしているのであった。

悲惨は悲惨なのだが同時に明るく前向きでさえあって、けれども希望はまったくといっていいほど感じられないというこのパラドキシカルな印象をどう解釈したらいいのだろうか? …などと頭を悩ませる人はよほど恵まれた人生を送っている人だろう。大抵の人の人生は大なり小なりたぶんこんな風にネガティブとポジティブがネガティブ寄りで入り混じったもので、そして若いということは、どんな国や人種であっても、希望と一緒に失望を、愉しみと同時に虚無感を、それを眺める者に感じさせるものなんじゃないだろうか。

『青春』とかいうSEOを完全無視した剛速球タイトルは検索するときにかなりとても不便だが、観終わってみれば確かにこれは『青春』のタイトルしかないという気もしてくる。これは中国の貧乏な地方の今を切り取った映画ではあるが、そこから見えてくるのは現代中国の姿ではなく、もっと普遍的なものだったと俺は思う。ただ3時間半中の2時間は寝てた(映画館を満たすミシンのガタガタいう規則的なノイズが睡魔を召喚しまくったため)

※中国の貧乏工場のドキュメンタリーといえば『世界でいちばんゴッホを描いた男』という映画も面白かったし『青春』とも通じるものがあった。ただしこちらは中国資本が入っているためか結末は(現代中国に)希望を感じさせるものとなっている。

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