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こんな映画というのもなんだがこんな映画でも都内一等地の大手シネコン新宿ピカデリーで上映されていたので(TOHOシネマズさんには無視されました)やはりコロナ禍に続く昨年のハリウッドストの影響というのは大きいのだろうと思ったが新宿ピカデリーさんはストとは関係なく去年『プー あくまのくまさん』も上映していたのでフィルマークスで平均2点台のC級映画に理解のあるTOHOシネマズさんと違って良心的なシネコンということなのかもしれない。
新宿ピカデリーさんは良心的なシネコンだがこの映画『キラー・ナマケモノ』はあまり良心的とは言えないというか愉しむためには多少の訓練を要する映画であった。アメリカの大学の女子寮にやってきたナマケモノちゃんが女子学生たちを血に染める…と聞けばあまりにもイージーにおもしろい映画な気がしてしまうが映画が始まって約15秒でその期待は打ち砕かれることになる。ふざけている…この映画、ふざけているぞ! こんなタイトルの映画が真面目なわけがないことはもちろん重々承知しているのだが、ナマケモノが女子学生を殺すシーンがポンポンとダイジェスト形式で流されてしまい人死にの具体的な描写なんかほとんどないというインテリジェントな脱力っぷり、真面目に殺る気なんかもうゼロだ。血とか小腸とかが出ればウホウホ喜ぶわれわれ(誰だ)ホラーゴリラの目からすればこれはいささか高踏な映画であった。
やはり大学の女子寮が舞台なだけあって作っている人も学力が高いのであろうか。この頭の良い人たちの悪ふざけには見覚えがある。かつては「帝国」の名を冠した米国随一のアートハウス系配給会社、そうだな今でいったらA24に近いかもしれない、フルムーン・ピクチャーズの映画たちである。フルムーンの『ジンジャー・デッドマン』とか『パペットマスター』とかちっちゃい悪いのがふざけた手法で人をたくさん殺す高学歴バカ映画と同じニオイがする『キラー・ナマケモノ』は。だいたいナマケモノの英語名Slothと虐殺(の場)を意味するSlaughterhouseと引っかけたダジャレ原題の“Slotherhouse”からしてかなりフルムーンと同水準の知的ユーモアセンスだ。
フルムーン一流の知的ユーモアが俺は大好きでね…『ジンジャー・デッドマン』の2作目だったと思うがフルムーンの撮影スタジオ内に殺人クッキーが紛れ込みあくまでもスタジオ内でのみ惨劇が起こるのでカメラは一切外に出ないというクリストファー・ノーランぐらい頭を使っているが予算はノーラン映画の100分の1以下しか使っていない超高度なセルフパロディ的メタフィクションであるこの作品はフルムーン映画の大ファンという設定の白血病の青年をボランティアの学生が死ぬ前の思い出作りとしてフルムーンのスタジオに連れてくるという『タイタニック』もかくやの感動的なストーリーなのだが、その青年がスタジオ内で撮影中の映画監督を見て叫ぶ。「デヴィッド・デコトー監督だ! 大ファンです!」。あまりにも高度なギャグすぎて学力の低いみなさんは何が面白いのかわからないであろうが、俺は国際信州学院大学経済哲学政治文学医学部卒のスーパーインテリなので大爆笑である。
つまりこれはそのような映画であった。CG全盛のこのご時世に手作りの温かみあるぬいぐるみパペットで作られたナマケモノちゃんが叩かれても斬られても撃たれても何の説明もなく全然死なねぇ『ターミネーター』ばりの強さを発揮しパソコンにスマホにインスタまでも使いこなして物理的にどうやって可能なのかはわからないが車を運転して被害者の待つ目的地まで行くが交通ルールも何の説明もなく完全に理解しているので赤信号ではちゃんと停車するとかまぁだいたいそんな感じのね、そんな感じの映画だよ!
大学の女子寮に入ってる主人公はショッピングモールで出会った密猟業者からナマケモノちゃんを買ったというか盗んだのだがその時に密猟業者と知らずセルフィーを撮ってインスタにアップしちゃったので密猟業者に恨みを抱くナマケモノちゃんは主人公に隠れてパソコンを操作しインスタを見てそのセルフィーを見つけてしまいクソ~あの女に騙された~許すまじ~! ということでなぜかその怒りの矛先は主人公ではなく他の寮生に向かい殺しを重ねているうちにナマケモノちゃんにも承認欲求が芽生えていいね数を稼ぐために殺しのセルフィーをインスタにアップしバズるために人を殺すようになるのだった。ならないかもしれないが、これはインテリの映画だからそうなるんだ。グレッグ・イーガンのSF小説だってなんでそうなるのか理屈を説明されても難しくてよくわかんないけどなんか奇抜なことが起こるだろ!
単純に笑えておもしろいだけではなくアメリカの大学のフラタニティ(いわゆる友愛会)カルチャーといいねの数で全てが決まるSNSセレブリティの病理をナマケモノの爪の如く鋭く風刺し最後には確実に心にもない自然保護のメッセージを訴えるこの激安インテリジェンスは紛れもなくフルムーンの作風。ドラマ部分にすごい無意味なシーンが多いところもフルムーンだ。フルムーンの芸術映画につきもののエロとグロは現代風にアップデートされているためか出てこないが、それ以外のすべての面でこれはフルムーンの名を冠していないフルムーン作品といえるだろう。頭が良すぎて凡百な人々には理解されないのでビデオスルーが普通のフルムーン作品が都内一等地のシネコンで一日何回も上映される…そう考えるとこれはちょっと感動してしまうな! フルムーン作品じゃないのだが!
あとキラーナマケモノちゃんの声はお前音声素材パクってねぇだろうなってぐらい『グレムリン』のギズモでした! 最後は『E.T.』みたいにもなるぞッ!!!
※主演の人が女装した大地康雄に見えて仕方がなかったのもグッドポイントでした。