《推定睡眠時間(一回目):65分》
《推定睡眠時間(二回目):0分》
どこから火が付いたのかこの手の単館系地味サスペンスにしては妙に客入りがよく何気なく席の埋まり具合を見たら前日深夜の時点で土曜の初回が満席になりかけており慌ててチケットを買ったがいいがその初回の上映開始はあくまでも俺にとっての早朝に相当する12時30分である。ということは起床するのは移動時間を考え遅くとも1時間前の11時30分である必要があるだろう。これは俺にとっては一般人の深夜4時ぐらいに相当すると考えていただきたい。こんな早起きをして映画を観に行ったところでカッと目を見開いて画面を観ていられるわけがなかった。
普通の映画ならそれでもまぁ別にいいがこの映画はサスペンスである。物語の導入部に当たる序盤20分ぐらいは起きて観ていたが明らかに凶事が待っているオランダの田舎の家に主人公一家が到着したその時点で脳の電源が落ちてしまいハッキリと目覚めたのは映画が終わる10分前。したがってデンマーク在住の主人公一家が何気なくオランダ小旅行に出てしまったばっかりに遭遇するあんなことの顛末はわかっているがいやそこだけ観てもな…というのが正直なところだ。というわけでやや時間を置いてなんと同日2度目の鑑賞にチャレンジである。こんな『ハイキュー!!』とか『ゲゲ謎』界隈のファンみたいなことをするのは初めてではないだろうが人生で何度目だろうかという珍し体験であった。
さてさて2度観たことで映画の内容はクッキリハッキリ、とあるデンマークの平凡家族がイタリア旅行かなんかに行ったところ現地でなんとなく感じがよくて話の面白いオランダから来たという旅行者家族と意気投合、連絡先を教えていたので旅行からしばらく経って今度ウチに遊びに来ませんかという手紙が届き、よく知らん人だけどまぁいいか遊びに行ってみようと車を走らせ一家オランダへ(デンマークからオランダへは車で8時間ぐらいらしい。これは東京から金沢への深夜バス移動時間とほとんど同じなので結構狭いヨーロッパである)。これはサスペンスなので行った先で一家は当然のごとく惨事に見舞われるのであった。
ジャンル的にはツーリスト・トラップものの一種といっていいだろう。ツーリスト・トラップものというのは『ヒルズ・ハブ・アイズ』とか『クライモリ』とか『ホステル』みたいな旅行者が旅行先で旅行者狙いの犯罪者の餌食となってだいたいの場合死ぬホラーもしくはサスペンス映画のサブジャンルを指す。その中でもこの映画が近いのは何年か前に約30年の時を経てようやく日本初公開となったオランダ映画『ザ・バニシング 消失』だろう…などと書いてしまえば半分くらいネタバレになってしまうが、まぁでも冒頭から不穏なBGMが鳴りまくりだし『ザ・バニシング 消失』の国でありポール・ヴァーホーベンという怪獣を映画界に放ったオランダのよく知らない家族からの誘いが平和なものであるわけがないので構わないだろう。
その不穏なBGMの多用にほほぅこれはコケおどしですなぁと最初は多少冷めていたのだが、その後イタリアのホテルでのこんなシーンがあって考え変える。これはアメリカ映画ではないので主人公は言いたいことを人前ではわりと言えない人なのであるが、その人が家族とともに夜の野外コンサートみたいのを観ていると後ろの席に座ってる別の観光客がフラッシュを焚いてカシャカシャとスマホでステージの写真を撮りまくり。雰囲気がぶち壊しだしフラッシュ焚いたら演者の人たちも迷惑するだろうがッ! こんな厚顔無恥な振る舞いをするのはアメリカ人観光客に違いない…と主人公が思ったかどうかは定かではないが、この人、あのすいませんそういうのやめてもらえませんかと言いたくても言えずに薄らと(そして決して後ろを見ずに)苦笑いを浮かべるのみ。
わ、わかる…これはわかるぞ…! 俺は比較的「すいませんがそういうのはちょっと…」と言える方だとは思うが、とはいっても見て見ぬフリをしてやり過ごすことも少なくない、というかむしろそっちの方がメインである。こういうあるある感のある日常の中の厭さをこの映画は積み上げていく。うわぁ厭だなぁ。厭だがホテルで遭遇するあれこれの厭など序の口でこれがオランダ一家の家となるとベジタリアンだっつってんのに地元で獲れたイノシシかなんかの肉をオランダ一家の夫が「ほら! 食ってみって!」と半ば強引に食わせるなどハラスメント感マシの厭さに進化、オランダ一家と一緒に行った飲み屋で「いやぁ、思ったより高くなっちゃったなぁ」とかオランダ一家が会計時に言うもんだから主人公が「ちょっと出すよ、悪いから」なんて助け船を出すと「悪いな、おごってもらって」と想定外の返答にエエッ!? ドン引きの主人公であったがまぁでもちょっとと条件は付けたはずだが払うと言ったのは自分だしこっちは招待されてオランダ一家の家に泊まってる身だし…ということでそりゃないだろとは言えず結局払ってしまったりするのであった。
いきなり殴ってくるとかならすぐにでもその場から逃げ出すだろうがそういうわけでもなく悪気があるのかどうかわかんない微妙な厭行為なので厭なのだがぶっちゃかかなり厭なのだが思い切って「アッ! そうだ忘れてた! 大事な予定があるんだった! 予定より早いけど帰ります!」と言い出せない。その塩梅が絶妙でブラックユーモアを漂わせていたのでうわ~と思いながら笑ってしまった。結末はともかくこんな厭経験みんなわりと日常的にしてるでしょうこれ、会社の飲み会とか取引先との打ち合わせとかで。普段映画の登場人物に感情移入などしないがこの映画に関しては思わず感情移入してしまったので、もし応援上映で観てたら「もう帰りたい!」「早く帰れよ!」「ウソも方便だろ!」とか叫びまくってたね。
その微妙にしてリアルな厭が積み重なった末に…というラストは心地よく後味悪く『蜘蛛の瞳』を思わせるシーンも登場するとあって90年代の黒沢清映画を連想してしまった。日常の中の微妙な厭さの演出はやはり黒沢清の『クリーピー 偽りの隣人』を思わせたので、最近の黒沢清映画以上に90年代の黒沢清映画っぽい感じがあったかもしれない。あの厭さを、しかし黒沢清映画のようなシュールな舞台や劇的な展開ではなくあるある感満載のリアリズムでお届け。あるある感満載なので煮え切らない主人公の行動にイラッとさせられたりもするがそこがまた救いがなくていーんである。あぁ、応援上映で観たい…みんなで叫びたいよね、「はよ帰れや!」って!
※ちなみにこの映画は2022年の作らしいが早くもジェームズ・マカヴォイ主演でハリウッドリメイクされており、こっちが先に公開されちゃったらリメイク版の日本公開はどうなるんであろうか。余談ですがこのオリジナル版は登場人物の歯がみんなちょっと自然に黄ばんでるのもリアルさマシに貢献してて良かったと思います。英米の役者はスターから端役まで全員ホワイトニングして歯がピカピカだからこういう内容の映画だと作り物感が出ちゃって萎えるんだよ。
「胸騒ぎ」見ました。良い胸糞映画でした!あのオランダ夫婦、オランダ語と英語しか話せないように見えたけど、実はデンマーク語も理解できてた上に世界各国の言語も理解してたんじゃないか?(今までの獲物の数を考えると)と思ってゾッとしましたね。
そう考えると、オランダ夫婦が突如デンマーク語を流暢に話す展開とかもしあったら余計ゾッとすると思います。
余白の多い映画だからいろんな想像ができていいですよね。個人的には、そんなに頭は良くないんじゃないかと思ってます。ああいうことは後先考えないバカな人しか逆にできないので笑