変なもん観たなぁ映画『SINGULA』感想文

《推定睡眠時間:15分》

堤幸彦映画の前作『ゲネプロ★7』と前々作『truth ~姦しき弔いの果て~』はいずれも観客が3人ぐらいだったので出演者が1人で1人15役の密室ディベート劇と聞いた時にはまぁ今回も3人だろうと予想せざるを得なかったがチケット予約画面を開いて驚くまさかのほぼ満席。ははぁ、これはきっと主演のspi(スピ)という人の推し活ファン的なものだろう。そういう人たちは推し役者の出ている映画ならどんなにカスでもとりあえず初日だけは客席を埋めてくれるものだ。その日は結局チケットが取れなかったので翌日今度こそ客席3人のはずのチケット予約画面を開いたところまたしてもビックリ、こっちもほぼ満席じゃないか!

いったい何が起こっているというのだろうか。2015年の『天空の蜂』以降すべての堤幸彦映画を劇場鑑賞している俺だが、あくまでも1上映あたりの客数ということであればこれは『天空の蜂』以降の堤幸彦映画の中でもっとも多かったんじゃないだろうか。堤幸彦の人気が来年70歳(!)を迎える今になって急に爆上がりするわけないのでspiという人は全然知らないがよほど人気があるのかなぁとか思いながら場内に入って客席をざっと見渡すがいかにも推し活然とした人はパッと見た感じでは見当たらず(いるにはいるんだろうが)、男役者の推し活であればヤングな女性客がやはり多いと思われたが客席の男女比は目視で半々、ということはspi見たさに人がこんなにも集まっているわけでもなさそうである。汚いオッサンとかもまぁまぁいたし。

単館(新宿バルト9)での1日1回上映だったからたまたま興味を持ってくれた人がそこに集中したのかもしれない。そうだとすればこれはとても希望のある話である。AIたちがディベートするという設定の1人15役の舞台劇みたいな映画をこんなに多くの人が…いや、俺は面白そうだなと思ったしそもそも堤幸彦の映画は全部面白い(『真田十勇士』以外)と思っているが、『ゲネプロ★7』と『truth ~姦しき弔いの果て~』は客3人だったからさ…でもたしかに、なんかどこらへんが面白いのかポスターとか予告編からはよくわからない上2作なんかと比べると、1人15役の映画というのは興味をそそられるものではあるかもしれない。

ディベート劇と謳っていることからもわかるようにこれは『ゲネプロ★7』、『truth ~姦しき弔いの果て~』、『十二人の死にたい子どもたち』といった近年の堤幸彦が取り組んでいる舞台劇的な映画の極北といえるような作品であり、「先生」と呼ばれる人物によって作られたのか集められたのかともかく廃墟のような密室空間に同じ格好をした人間の姿のAIが15人いて、こいつらは先生からディベートのお題が出されるのを待っているが、先生は一向にやってこないのでそのうちAI同士であーだこーだ語り合ったり喧嘩したり歌ったりするようになる…という筋立ては誰もが名前しか知らないことでお馴染みの不条理劇の金字塔『ゴドーを待ちながら』を下敷きにしているが、不在の人物を巡る対話と混乱は『ゲネプロ★7』、『truth ~姦しき弔いの果て~』、『十二人の死にたい子どもたち』でも見られた構図。これらの作品で試みた映画実験をもうこれ以上はというところまで推し進めたのがこの『SINGULA』といって差し支えたぶんないだろう。1人15役のディベート劇ときたら、それ以上捻ろうと思えばもう0人0役の無言ディベートぐらいしか思いつかない。

何が面白いかといえばやはりその奇抜な設定の部分(これは堤幸彦のオリジナルではなく舞台劇が原案になっている)なのだが、昨今話題のシンギュラリティをタイトルに持ってきてAI同士のディベートと言っているわりにはSF的な面白味や論理性はあまり見られず、どうやらこのAIたちはそれぞれ別の人間の人格が組み込まれているらしいので、対話を行う中でそれぞれが自分という存在に疑問や悩みを抱いたりするその姿は、あたかも死後の世界の人々の会話劇のようである。じゃあ出演者が1人で1人15役の映画にする意味はあったんだろうかと思うが堤幸彦の映画だしあんまり深いことは考えていないのかもしれない。『トリック』『20世紀少年』によって一時はメジャー邦画の中心的な監督にまでなっていた堤幸彦だが、本来は即興的な演出や珍奇な発想を多用する前衛映像作家であり、この『SINGULA』や『ゲネプロ★7』、『truth ~姦しき弔いの果て~』などを観れば最近はメジャー以前の堤幸彦におそらく意識的に回帰していることがわかる。

衣装などその典型。15人のspiは全員リーゼント(先っちょに番号を表示する電子板が付いてる)に学ランみたいな服というなぜかクラシカルな不良漫画を思わせるスタイルで、なぜAIなのに不良スタイルなのかは説明されないのでまったくわからない。まったくわからないが、でもなんか変で面白い。これが堤幸彦の持ち味であった。まぁ密室で1人の人がいろんな性格を演じ分けてあーだこーだ話してるだけなのでストーリーは面白くないが、とにかくいろんなところが変。エンドロールに流れる15人のspiによるAIダンスなんか変でキモくてちょっとクセになってしまいそうである。

メジャーな堤幸彦映画も『天空の蜂』などは傑作だし別に悪くはないが、やはり堤幸彦映画の本質的な面白さはこういうところにあるなということが再確認できる『SINGULA』。俺としては多くの人に観てもらいたいが、まぁ、たぶん新宿バルト9でも1週間で上映終わると思うので、あんまり観る機会がなさそうなのが残念といえば残念に感じなくもない。

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