【TVer】『イシナガキクエを探しています』感想文(たぶんネタバレあり)

《推定ながら見時間:5分》

なんでもこの1エピソード30分×3回のミニシリーズはネットで話題を呼んだテレ東深夜のフェイクドキュメンタリー特番『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』のスタッフとYouTubeの人気フェイクドキュメンタリー番組『フェイクドキュメンタリーQ』のスタッフのコラボ作だそうで、『このテープ』の方はネットでの高評価に反してぜんぜん怖くないしフェイクドキュメンタリーとしても作りが甘くて(テレビ向けの意図的なマイルド湯加減なのかもしれないが)大して面白いとは思えなかった俺なので『イシナガキクエを探しています』にも期待はしていなかったのだが、『フェイクドキュメンタリーQ』のスタッフが入った影響か今回はしっかり怖かった。どれくらいの怖さかといえば視聴から数日経った今も布団に入って電気を消した室内とかお風呂入ってる時にシャワーカーテンの向こうにキクエが立ってるんじゃないかとか想像してしまってゾゾーってなってしまうくらいの怖さである。ガッツリ怖がってるじゃねぇか。

といっても誤解なきよう書いておくが『イシナガキクエ』は怖いオバケがジャンプスケアなんかで登場する作品では別にない。そのへんは『フェイクドキュメンタリーQ』や『このテープ』から続く一連のテレ東フェイクドキュを観ている人には言わずもがなだろうが、昨今流行のネット発フェイクドキュというのはあくまでも「わからないこと・不可解なもの」の怖さを追求した作品であって、オバケが出てきてドーンみたいなやつでは全然ない。けれども、だからこそ尾を引く怖さがある。想像してしまう怖さがある。繰り返し言っておくが『イシナガキクエ』にはほんのちょっとだけ怪奇現象?のようなものが映る箇所はあるが(第三話の最後らへんにぼやっとした青い光が映り込む)オバケなんか出てこないのである。出てこないのだが、キクエのオバケの存在を巧妙に仄めかすことで、観た後にはこちらで勝手にキクエのオバケを想像して怖くなってしまう…これはそんなようなドラマであった。

ところでキクエのオバケ、と書いているということはこの「イシナガキクエ」なる人物は少なくとも通常の人間の肉体を持った存在ではないということになる。平成初期に流行ったいかがわしく不謹慎な公開捜査番組(海外の霊能者とか呼んで実在の行方不明者の霊視をさせるみたいなの)を模したこの作品、第一話はあくまでもどっかの変なおじいさんが探してるイシナガキクエという謎の人物の情報を全国のみなさんから募集しますという体でお話が進むのでネタバレのようだが、このおじいさんがこれがキクエの写真ですといって見せてくれるやつはどういうわけかキクエの姿がボケボケにボケていてかつところどころ透けているように見える大層不気味なシロモノであるから、番組開始10分ぐらいで登場するこいつを見れば大抵の人はキクエがこの世のものではないと察するだろう。

では何か? というと、俺はオバケと書いたがこれは明確な答えがないし、ここは単に俺が『イシナガキクエ』を観て思ったことを書くだけの感想コーナーなので、別に考察めいたこともしない。第二話に出てくる自称霊能者からの情報提供を聞けばキクエのさしずめ本体は既に死んでいること、そして同じ回の最後に登場するフッテージ映像に映り込む人型のような物体がおそらくはキクエの死体であろうことは想像できるが、そこまではいいとしてそこから先は考察班の腕の見せ所という感じである。でもこのスタッフの他のフェイクドキュに比べれば今回はわりとわかりやすくて筋の通ったストーリーを組み立てられる作りにはなっていたような気がするな。

俺が想像したのはですね、あのおじいさんはキクエの死になんらかの形で関与してて、それでキクエの霊みたいなのに取り憑かれてしまったのだな。それでこの霊が出るたびにおじいさんは第三話に出てくる霊媒師の人にお祓いをお願いしててお祓い(なのか、焼いたりするのか知らんが)すると一旦はキクエから解放されるんです。けれどもしばらくするとまた違うキクエが出てくる。何度お祓いしてもキクエは別の場所に別の姿で現れる。それでおじいさんは頭がおかしくなってしまいそうなので逆にキクエを自分から探すようになったんです。

おそらくキクエの死に関与した人はおじいさんだけではなく他にもいて、第一話の最後に流れる映像からすれば、それはもしかするとカルト宗教団体のようなものなのかもしれないし、第二話の最後に出てくる奇怪な死体(?)からすれば、キクエの死は儀式殺人のようなものだったのかもしれない。そのへんは第三話でのおじいさんの「代理人」発言から察せられ…などと書けば考察はしないと言いつつ結局考察になってしまっている気もするが、まぁともかく作り手が視聴者をそこに導こうとするキクエ事件の真相というのはこんなもんではあるまいか、と想像すれば、いやはやこわいこわい。何十年間も繰り返し繰り返しキクエの霊を「処理」してきたおじいさんの狂気も怖ければ、おじいさんに見えていたキクエの霊も怖い。第一話に出てくるボケた写真をAI補正したという設定のキクエの生気の無いあの顔が、何をするでもなく遠くからじーっとこちらを見つめている…そんな光景を想像するとお風呂に入るのも怖くなっちゃうね。

平成のキラーコンテンツだった公開捜査番組あるある(無駄に多い電話受付担当者、役に立たない一般論しか言わない元警視庁捜査一課という肩書きの人、霊能者による居場所透視など)にはちょっと笑わされたりもするが、30分×3回の中で立ち現れてくる以上の物語はまったく異常なので、キャッチーな見た目に反して今の日本のテレビドラマとしてはかなりハードコアな『イシナガキクエ』である。これはフェイクドキュというよりも黒沢清や高橋洋の描くあのゼロ体温の世界に近い。黒沢清なら『降霊』、高橋洋なら『リング』を作り手は参照しているんじゃないだろうか。他の映画でいえば、殺しても殺しても現れる女の人と、それを探し求める男の狂気というモチーフは伊藤潤二の『富江』から借りている気がする。考えてみればキクエというのはトミエを思わせるネーミングである。

ひとつ興味深かったのは、オバケ系のフェイクドキュというジャンルはやはり『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の商業的大成功によって興ったと考えられるが、『イシナガキクエ』の全体的な構成や雰囲気、人間の狂気を抉るシナリオは、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』よりもその前年に製作された(そのため『ブレア・ウィッチ』の製作者にパクられた説がある)『ジャージー・デビル・プロジェクト』を彷彿とさせたところで、オバケ系フェイクドキュのジャンルも擦り擦られているうちに何周かして『ブレア・ウィッチ』以前に回帰したのか、と思うとなにやら感慨深いものがある。

思えば元祖フェイクドキュホラーということに面倒臭いからしておきたい『食人族』にしても、邦画初かもしれないフェイクドキュホラーの『邪願霊』にしても、粗くて不明瞭な映像や断片的な情報がもたらす「わからなさ」が怖かったわけだが、同時にそこに見え隠れする人間の悪意や狂気が怖いという映画でもあった。『ブレア・ウィッチ』以降のフェイクドキュホラーは各種ビデオオリジナルの心霊ものや『パラノーマル・アクティビティ』のようにオカルトの要素を強めたが、『イシナガキクエ』や昨年の『劇場版 ほんとにあった!呪いのビデオ100』『白石晃士の決して送ってこないで下さい』などを観ると、ここへきて再び人間の怖さがフェイクドキュホラーの核心要素となりつつあるように感じられる。

とまぁそんなようなことを考えさせられたりする案外骨太な『イシナガキクエを探しています』である。Qのチームとテレ東フェイクのチームのコラボドラマはこれ一本だけではないらしい気配なので、今後もこのシリーズにはちょっと期待。あと『ジャージー・デビル・プロジェクト』、昔ビデオで出たきり日本では展開がないが今のフェイクドキュホラーの真の元祖的な作品なので配信とかBlu-rayとかでちゃんと出してほしい…。

2024/4/23追記:
いやぁ後味が悪くて良いエンディングだったなぁと思ったら4/24に真の最終回的なものがテレビ放送はなくTVer配信されるとの情報が飛び込んできてエッとなってしまった。そういうことは先に言って欲しい。せっかくだから最終回の予想をチラ書き。おじいさんがかつてキクエの殺人に関与してであろうことはおそらく間違いないが、キクエとおじいさんの関係は謎に包まれていた。最終回ではこれが主に明かされるんじゃないだろうか。

俺が考えたのは、第一話でおじいさんはキクエを「家族のようなもの」と語っていたこと、そして第一話ラストのフッテージ映像で複数人がおそらくキクエ情報を求めておじいさんの家を捜索していたこと(その情報提供者は「女性が入って行った」と語るが映像には女性とはっきり判別できる人物が映っていない。もしかするとそれはその人たちに憑いたキクエなのかもしれない)、第二話の池の映像からキクエの死体の在処を知っている者がおじいさんの他に少なくとも二人はいたことなどを照らし合わせて、おじいさんはかつてカルト的な宗教団体なのか、それとももっと小さなグループなのか、それはわからないが、ともかく宗教的な集まりにキクエと共に属していて、その中でキクエをメンバーと共に殺害した、というストーリー。とすれば第三話に出てきた霊能力者のおばさんというのはその宗教的な集まりの主導的な立場にある人だったのかもしれない。はたして真相やいかに。

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2 Comments
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匿名さん
匿名さん
2024年5月22日 10:00 PM

金曜もっかい放送があるみたいですね
蛇足的な説明にならないか心配だけどここの制作陣なら割と期待できそう