不眠症ホラーにハズレなし映画『ナイトメア/夢魔の棲む家』感想文

《推定睡眠時間:15分》

英語では悪夢そのものを意味するナイトメア(NIGHTMARE)はもともと民間伝承に伝わる悪夢を見せる邪悪な妖精のことだそうで、メアは馬の意なのでこれは馬の姿で描かれることもあるらしい。昔の人は夢関係のものをなんでも悪魔的なものせいにしたので悪夢を見ればナイトメアのせいだし淫夢を見るとか夢精をすればこれはサキュバスやインキュバスの仕業だとかまったく都合のいいものである。ちなみに俺は今週映画館で観た5本の映画のうち4本で寝ているので、これは子供に砂をふりかけて眠らせるというドイツ民話のザントマンの仕業ではないかと思う。

寝ながら観ているので当然話の筋は寸断され今観ているのは何? が頻発するわけだが、図らずもこれがこの映画を観るにあたってはよき混乱となった。というのも悪夢による不眠と夢遊病に悩まされる主人公の現実と夢の境が次第に溶けていき今見ているものがはたして夢か現実かわからない、というのがこの映画の怖いところだったからである。

ボロボロの安アパートに引っ越してきた主人公は夫からの「そろそろ子どもが欲しいんだけど…どうかな?」要望にやんわり嫌気が差しつつもそう悪いわけではない夫婦生活を送っている。しかし安アパートで過ごすうちに主人公ノイローゼ気味に。部屋を自主改修しているうちにどうもそのアパートは曰くつきのように見えてくるし、隣の部屋の夫婦がしょっちゅう赤ん坊を巡って夫婦喧嘩をしているのもストレス、安アパートのため赤ん坊の泣き声は丸聞こえだし上の階の足音も日がな一日聞こえてきて安らげる時間がない。やがて主人公は頻繁に悪夢を見るようになる。そしてその悪夢を見ている間、どうも夢遊病状態にあるらしいことを夫から聞かされ、例の隣の部屋の母親の勧めで夢遊病治療を受けることにするのだが…。

個人的な好みもあるが不眠症/夢遊病テーマのホラーは秀作多しで、クトゥルー神話のテイストで不眠症を描いた『Come True/カム・トゥルー 戦慄の催眠実験』、ハーマン・ヤウ×アンソニー・ウォンの『八仙飯店之人肉饅頭』コンビによる『失眠/ザ・スリープ・カース』、クリスチャン・ベールの激ヤセ役作りが話題を呼んだ『マシニスト』、POV的な趣向を取り入れた北欧ホラー『スリープウォーカー』などがパッと頭に浮かぶものだが、どれも映像的にもシナリオ的にもよくできていて、救いのない暗い世界観が魅力的であった。古くは映画史上の名作『カリガリ博士』もそのルーツ的な作品といえるかもしれない。

こうした不眠症/夢遊病テーマの映画の多くが精神分析的な傾向を強く有しているのは興味深いところで、この『ナイトメア/夢魔の棲む家』もそうなのだが、主人公は単に不眠という病気に悩まされているわけではなく、不眠の原因となる別のことに本当は悩まされており、不眠というのはその一つの表現にすぎない。それは夫婦関係であったり社会状況であったりはたまた民族の歴史であったりするのだが、そうしたものに精神が圧迫されることで生じた怒りや不満、恐怖や罪悪感が、うまく解消されずに抑圧されるときに、抑圧された感情は不眠という形をとって表われるというわけ。

この映画の場合主人公の不眠の原因となっているのは出産/育児のプレッシャーなので、不眠症/夢遊病ホラーであると同時に『ローズマリーの赤ちゃん』『ババドック ~暗闇の魔物~』、アリ・アッバシの『マザーズ』といったマタニティ・ホラーの系譜に連なる作品でもある。その接ぎ木の仕方は上手いもので、これは不眠症/夢遊病ホラーのジャンルとしても、マタニティ・ホラーのジャンルとしても、派手な見せ場こそないがイヤ~な後味を残す佳作だったんじゃないだろうか。

なにせ見せ方がイイ。だんだん剝がれてくる壁紙、血の滲むベビーベッド、消えない蠅の羽音や上の階の住民(?)の乱暴な足音…血がぶしゃあとか悪魔がドーンとかベタで具体的なやつがない代わりに恐怖や暴力や悪意の痕跡が画面と音のあちこちにある。ニオイで見せるホラーとでも言おうか。ハイライトは飛び降り自殺のシーンである。ここは素晴らしい、あまりにも突然に、呆気なく、画面の奥の方でパッと人が飛び降り自殺してしまう。あたかも日常の一部ででもあるかのように死を捉えるのが恐ろしいし、シーンの大胆な省略によってその後のたとえば葬式がどうとか警察がどうとかがほとんど描かれないのがまた冷たい印象を増幅させていて、なんともゾッとさせられた。

終盤になると突如マニアックな精神科医が「待っていろ! いま助けに行くぞ!」と主人公の悪夢世界にダイブするとかいう『ザ・セル』みたいなパワー展開になったりもしてちょっと可笑しいのだが、まぁそれも、不眠の悪化で夢と現実の区別がつかなくなってきていることを表現した意図的な素っ頓狂演出であろうから、よくできている。オチを明かすわけには当然いかないがそのオチは一見唐突と見えてよくよく考えれば最初から決まっていた必然の結末。物語の中でバラバラに提示された様々な謎もここで一気に解明され、とても見事にオチていたので座布団を山田に持ってこさせたいところだが、まぁそんなめでたいものではないからやっぱり座布団は山田に持って帰らせよう。

いや~、夢遊病/不眠症ホラーって、やっぱ面白いですね! 『ナイトメア/夢魔の棲む家』はその最新の佳作であると、寝ながら混乱した頭で観た俺は思う。内容的に起きて観た人間が言うよりもこれは説得力があるのではないだろうか…!

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