民主主義はこうして終わる映画『ありふれた教室』感想文

《推定睡眠時間:30分》

予告編を真に受ける歳でもないのだが予告編では実話に基づく衝撃作みたいな感じのことをたしか言っていたと思うし邦題はフェイク・ドキュメンタリーの傑作『ありふれた事件』を彷彿とさせるのでなにかなドイツの映画だしなんかだいぶエグいことになってるのかなと思ったがちょっと拍子抜けというか、悪い映画では全然ないのだが邦題通り「ありふれた」ようなお話で、まぁこんな理不尽な目に遭ってる先生もそこらじゅうにいるのだろうと思えばその現実はたしかにエグいが、映画としてはやはり弱かったんじゃないだろうか。

ただし上の俺評価には重大な前提がつく。通常の居眠りであれば映画の中頃から始まるのだが、この映画を観た日は体調が悪く映画開始10分ぐらいで睡眠が始まってしまった。なにやら主人公の先生のクラスで給食費かなんかの盗難事件があったらしいというところまではわかる。しかしである。その盗難事件に際して主人公の先生がどんな行動を取ったのか、これは寝ていたのでよくわからない。俺が目を覚ましたときには主人公の先生すでに窮地であった。おそらくは善意や正義に基づいて行った行動がすべて裏目に出たらしく、教師たちからも生徒たちからも親たちからも憎まれたり非難されたり軽蔑されたりでほとんど孤立無援状態。いったいあんた何をやらかしたんじゃい…それはわからないので、自然と俺の目は主人公の先生よりもその周囲の人々に向いた。

その感想としては、頭は悪いのに無駄に意識だけ高く、自分の考えが間違っているかもしれないとはつゆほども疑わない人たちはどうしようもない、というものになる。舞台は中学みたいなところなのだがドイツではこれが一般的なのか生徒自治の気風があり、制度的にも先生たちの会議に生徒代表も出席して積極的に意見を述べたりだとかかなり進歩的。ただし制度が整っていることとそれに伴った知識や責任をその当事者が持っているかは別の話。これは制度だけは整っているが、その制度の中で権利を行使する人たちが要するにバカだった、という身も蓋もない現実についての映画であったように思う。

考えるにこの映画の作り手は英米を中心とした現代の西洋民主主義社会の堕落っぷりを学校という社会の縮図を通して描こうとしたんじゃないだろうか。主権が国民にあるということは民主主義というのは本来的に国民にとても厳しい制度のはずである。国民一人一人が難しい問題について学んで理解し判断を下さなければいけないのが民主主義で、それなくしては衆愚政治に陥るのは避けられない。けれども実際問題、日々政治判断の求められる膨大な物事について、そんな民主主義の理想的市民を演じられている人がどれだけいるだろうか? といえば、そんな人はぜんぜんいないし、これは意志とかモラルの問題ではなく、ますます複雑化の度合いを強める現代にあっては、もはや物理的に不可能なのだ。だから人はなんとなくの先入観とか思いつきとかその日の気分とかでかなり重大な政治問題についてはい/いいえの判断を下してしまう。

『ありふれた教室』という映画は俺の目にはそのなんとなくの政治判断が事態をどんどん悪化させていく映画に見えた。タチが悪いのはなんとなくの判断ならせめてなんとなくの判断でしかないという自覚ぐらいは持つべきなのに、どいつもこいつも自分の判断や自分の行動は「正しいこと」なのだと信じているらしいということだ。正しいことだと思い込んでいるから自分の判断について考えるということがない。それが正しいことなのか間違ったことなのか誰一人熟考しようとしない。この騒々しい映画のラストに主人公の先生とその生徒が黙って教室の中に座っている静かなシーンが置かれているのは印象的だ。そのシーンで生徒も主人公も何も言わないが、二人を含めてこの学校に(そして社会に)必要だったのは政治的な問いかけに「はい」とも「いいえ」とも答えない、そんな沈思黙考の時間だったんじゃないだろうか。

エンドロールにはジャン・ヴィゴの『新学期 操行ゼロ』のパロディだろうと思われる映像が流れる。ヴィゴのアナキズムには少なくとも生産的な熱情があるが、この映画の形骸化した民主主義に覆われた無政府状態にそんなものはない。誰も深く考えず誰も自分で責任を取らず誰も他者に歩み寄ろうとしない。かくて民主主義社会は内部崩壊したとでも言わんばかり。しかし、それは是枝裕和の『怪物』にも同じような話があったように、べつだん珍しい話でもないんである。なんといってもこれは『ありふれた教室』なのだし…とまぁそんなようなメッセージ性がおそらくあるのだろうとは察するが、ただなんというかそのテーマありきの映画という感じで人物造型はわりと雑く展開も意外性なしで、あんまり面白い映画ではなかった気がする(気がする)

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