《推定睡眠時間:10分》
何年前のネタなんだと思うがTHIS MANというのはいろんな人の夢の中に現れると言われている怪人でアメリカだかどこだか知らないが夢の中でこのやたら眉の濃いキモめの男を見たことある人ーと似顔絵を出してネットとかで聞いてみたらあるあるそれワイも見たことあるわ! という報告が主に女の人から殺到したのだという。はたしてこのキモめの男の正体は…まぁつまらない都市伝説ですよね。そのつまらない都市伝説が2024年の今になって日本で映画化。近年『きさらぎ駅』や『真・鮫島事件』など都市伝説ネタの映画が相次いで製作されている邦画最低予算ホラー業界だが、今更THIS MANを映画化だなんてそこまでネタがないんだろうか。ネタというかカネがないのか。スカイフィッシュの映画とか作るとスカイフィッシュ作らないといけないからな…スカイフィッシュよりはTHIS MANの方が安上がりだろう。単なるオッサンだから。
だがその単なるオッサンがたいへんなことをする。津田寛治と若手刑事は謎の怪死事件を追っていた。それは若い女の人が相次いで凄惨な死を遂げるというものなのだが、明らかに殺人とわかるものもあれば自殺かもしれないというものもある、しかし自殺にしては手口がヒドすぎるし、殺人の場合もどうやって殺したか不明だったり現行犯逮捕した人も犯行時の記憶がないと語ったりとどうも掴み所がない。被害者の共通点はひとつ、みなTHIS MANの夢に怯えて精神科に通院していたということであった。はたしてこのTHIS MANがいかにして事件に関係しているのだろうか。そしてTHIS MANとは何者なのだろうか…。
都市伝説の方のTHIS MANは色々とバリエーションもあるようだがオリジナルは単にみんな同じ顔の男を夢に見ているというだけで(それも思い込みだろうが)なんかキモいね、で終わりの話。しかしこの映画のTHIS MANは『エルム街の悪夢』のドリーム殺人鬼フレディさながら、こいつを夢に見た人は夢に見たのと同じような感じのシチュエーションで死を遂げるのであった。そのせいかオリジナルのTHIS MANはなんかニヤついたバカっぽい顔なのだがこの映画では指名手配書に載ってそうな凶悪犯面に改変されていたりする。THIS MANはあのバカ顔だから気持ち悪くてイイのになぁ…とも思うが、でもたぶん顔が違ういちばんの理由はオリジナルの似顔絵を使ったら誰だか知らない著作権者に怒られる可能性があるからだろう。夢に関する映画なのに夢とそしてカネがないことこの上ない話である(※真偽は定かではありません)
顔も違えば正体も違い、というかオリジナルのTHIS MANは正体不明というのがオチなきオチなのだが、こちらにはしっかりと正体が出てくる。序盤でユング心理学の集合的無意識がどうたらという刑事二人のやりとりがあったので意外性はないが手堅い解釈、さてそれをどう発展させていくか…と野次馬感覚のオカルト趣味者としてあんがい興味深く眺めていたらなんか途中で全然違う方向に話が逸れてTHIS MANの意外な正体あっさり判明、拍子抜けである。しかしここで渡部哲の演じる密教の破戒僧みたいのが出てくる。呪術を操り時には呪殺の依頼を受けることもあるというこの男にTHIS MANに友達が次々殺されて次は自分かもしれない夫婦が助けを求める。渡辺哲 VS THIS MAN、勝つのはどっちだ! …あれ、津田寛治の刑事どこいったの?
先にも書いたがこれは最低予算映画である。はたして200万も予算があったか大いに怪しく、撮影なんか2日で済ませているぐらいな気配だ。津田寛治や渡辺哲といった知名度のある役者はきっと一日拘束で撮ってるだろう。映画はお金をかければいいというものではなく俺は『マッドマックス』シリーズなんかハリウッド超大作化してからつまんなくなったと思っているが、といってもお金をかけなければいいというものではないし、必要最低限のお金がなければ作ることすらできないのが映画である。『THIS MAN』はその必要最低限の予算しか組まれなかったに違いない映画であるとこの映画を観る人にも観ない人にもそもそも存在を知らない人にもまずは理解していただきたい。
その上で、これは最低予算映画としてかなり健闘しているんじゃないかと俺は思った。なにしろちゃんと人が死ぬ! しかもたくさん死ぬ! ホラーは人が死ねばいいというものではないが(以下略)とにかくその意気や良し、立派である。俺としてはユング心理学の方向で進んで欲しかったとはいえそうしなかったことで展開には捻りが生まれ、ミステリーかと思ったら後半は呪殺バトルになったりと飽きさせないのも良かった。出てきた意味は(ストーリー的に)あったのかと言えばおそらくなかったが、津田寛治のベテラン刑事は山田辰夫や竹中直人を思わせる渋いハードボイルド芝居をしていてカッコイイし、渡辺哲の怪演というべき妖しい破戒僧も魅力的だ。この手の最低予算ホラーで役者の芝居を見せ場にしようとする映画は少ない。この映画はそのへんもちゃんとしていてえらいとおもう。決してやっつけ仕事ではなくしっかりと「映画」を作ろうとする作り手の真摯な姿勢がそこからは見えるのだ。映像もキレイだし。
なんといってもこれは最低予算のホラーであるからこの感想では基本的に良いことしか書いてないが、実際に観た人は「安いな~」が第一印象に違いない。たぶん第二印象も「安いな~」だろう。いや、わかりますよ! わかりますがですね…俺これやっぱ頑張ってたと思うなぁ。怖いか怖くないかでいったらそんなの怖いわけないですけど最低予算ホラーに怖さを求める人がいるとしたらそれはその人がダメですよ! そういうことじゃねぇからこれ! 作り手の熱意! アイデア! 創意工夫! 妥協! 失敗! 後悔! そして映画作りの楽しさ! そういうのを観るジャンルだから最低予算ホラーは!
えー、皆様におかれましてもぜひですね、この映画はそういうものだと思って観ていただきたいと思います。そう観れば結構、思ったよりは、予想以上に、ちょっとグッとくる映画のはずです!