信ずる者は徒歩で歩く映画『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』感想文

《推定睡眠時間:0分》

外国映画の自国語リメイクはハリウッドの得意技とも悪しき慣習ともいえ最近でもスウェーデン映画『幸せなひとりぼっち』のハリウッドリメイク『オットーという男』やデンマークの胸糞ブラックユーモアホラー『胸騒ぎ』のハリウッドリメイクが製作されているのでこの『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』もその一つなのだろうと観るちょっと前まで思ってた。

というのも、かつての同僚が末期がんの状態にあるとの知らせを受けた90歳の爺がイングランド南端から同僚の待つスコットランド北端のホスピスに無駄に歩いて向かうというのがこの映画のクランキーあらすじだが、何年か前には『君を想い、バスに乗る』というイギリス映画があり、これは逆にスコットランド北端に住むやはり90ぐらいの爺が妻の死を契機にイングランド南端へとバスで向かうという内容だったのだ。

細かく見ていけば結構違いもあるとはいえ頑固爺の一人旅がいつの間にかネットでバズって的な展開も子供の死の記憶が爺の人生に影を落としている設定も似ているしどうも他人とは思えないこの2本、しかしどうやらリメイクとオリジナルの関係にあるわけではないらしく、『ハロルド・フライ』はハリウッド映画ではなく普通にイギリス映画であった。ふぅん偶然の類似もあるものだなぁ。『君を想い、バスに乗る』が2021年本国公開で『ハロルド・フライ』が2022年の本国公開なのでパクったとまでは言わないが『ハロルド・フライ』の製作陣は『君を想い』に影響を受けている気はかなりするのだが。

とはいえ受ける印象はわりと違ってリアル路線の枯れたロードムービーだった『君を想い』に対してこちら『ハロルド・フライ』は結構露骨な泣かせ演出、泣かせ展開を出してくる。『君を想い』は途中でちょいちょい交流もあるとはいえ基本的には一人黙々と旅をしていたが、『ハロルド・フライ』の爺は行く先々でご都合主義じゃないのかというほど人々と触れ合い助けられいつしか爺をヒーローと崇める何十人もの人々を引き連れてすわキリストかというダイナミックな旅っぷり、ハリウッド映画じゃないとわかっていてもハリウッドリメイクに見えてきたのでふしぎである。

そうした違いを生んでいる主たる要因はおそらく『ハロルド・フライ』には信仰のテーマが根っこにあるからだろう。『君を想い』はリアル路線でかつパーソナルな物語なのでそのようなところはないのだが、『ハロルド・フライ』は普通に飛行機とか電車とかで行けばいいのにコンビニ店員の一言で天啓を受けてしまった爺がその場で徒歩旅行を決断し、同僚の病気なおれ病気なおれと南無阿弥陀仏のように唱えながら歩き出す。そのうえ途中で何を思ったか余計なものは持ちたくないと財布を含めた手荷物一切を妻の待つ家に送りつけてご飯は喜捨、夜は野宿、身体は川とかで洗う古の巡礼者スタイルに変貌してしまうのであった。これには五体投地で2400キロ踏破する『ラサへの歩き方 〜祈りの2400km~』のチベット仏教徒たちもびっくりである。この人たちは当たり前だが沢山の荷物を荷台に載せて旅してたので。

そもそもの話としてこんなことを言えば身も蓋もないがアラキューの爺が徒歩でイギリス縦断とかまず不可能だろう。しかも替えの服どころか財布すらナシでというのは自殺行為というか自殺である。でもちゃんと爺はイギリス縦断を猿岩石みたいに実はヒッチハイク移動が無理っぽいところは飛行機で移動してましたということもなく達成してしまうのでこれはリアルな物語ではなく宗教寓話と考えるのがおそらくただしい。

信心の無い俺としては「いや死にかけてるんだから悠長に歩いてないでさっさと飛行機乗れや」と思うし大抵の人はそう思うんじゃないかと思うが、そういうことではないのだ。相手の無事を祈りながら足の痛みを堪えてあえて歩く! この自己犠牲の精神こそすなわち信仰でありキリスト教の真髄であり大事にすべきというわけである。よって最後にはささやかながら奇跡としか言いようがない超常現象もちゃんと発生する。アンビリバボーである。

イイ話といえばイイ話なのだが非クリスチャンの限界かそうと頭で理解はしていてもやはり俺には爺の徒歩旅がそんなによい行為とは見えない。これは爺というかキリスト教の問題のような気もするが、宗教的な正しさ=祈りと自己犠牲をもうすぐ死ぬからさっさと会いに行ってとりあえず顔だけでも見せてやるという世俗的な気遣いよりも優先する態度が、どうも傲慢に思えるのだ。だいたい爺が歩くのも本当のところは別の事情が絡む自罰的な行為であったことが途中で判明するので、そうとなればそれは本当に死にゆく同僚のための自己犠牲なのか? という疑問も出てくる。

ヒューマニスティックでちょっとスピリチュアルなストーリーはハリウッド的な意味で感動的かもしれないが、でも元ネタ(?)の『君を想い、バスに乗る』の方が地味だけれどもイギリス的な諧謔やワビサビがあって、なんというかパーソナルだけれども世界に開かれている気がして、俺は好きだけどねぇ。

※『ハロルド・フライ』が『君を想い』をパクったかのように書いてしまったが『ハロルド・フライ』の原作は10年ぐらい前に刊行されたベストセラー本らしいのでそうなると原作の方の『ハロルド・フライ』を『君を想い』がパクった疑惑が出てきてややこしい。

Subscribe
Notify of
guest

0 Comments
Inline Feedbacks
View all comments