《推定睡眠時間:20分》
夫がある日突然夢遊病になってしまってさぁ大変というホラー映画なのだがそういえばウチの父親も夢遊病でトイレに行こうとして俺の部屋でションベン垂れそうになったりどんな夢を見ていたか知らないが横で寝ていた俺の首を両手で軽く締めたりしていたので懐かしいなぁとそんな呑気な感想の出る映画ではないはずだが妙に身近に感じられてしまった。遺伝ということもないだろうが俺自身も稀に軽度の夢遊行動を起こすらしく自分で何かをした形跡はあるのだがその記憶は明瞭な形では残っていない、もしくは行動の記憶はあるがなぜそれをしようと思ったのか覚えていない、とかまぁそんなわけで、劇中の医者がはははと笑いながらまぁ誰にもでも起こりうることですからねと言うとおりに、こういうのは案外めずらしい症状ではないのだろう。いくらなんでもそれがこの映画みたいにあれをあーするとかこれをこーするとか犯罪レベルまで悪化することはまずないだろうが、自分の意志とは無関係に何かをやってしまう…というのはやはりこわいことであるから、これもまたこわい映画である。
韓国映画には珍しく出産を控えた主人公の夫は売れない役者。収入はアレだが夫婦仲は韓国映画には珍しく良いので幸せな日々を送っていたが、ある日の夜中、主人公がふと目覚めると隣で寝ていたはずの夫が起きてベッドに座っていることに気付く。「誰か入ってきた」。夫はそう呟くと再び寝てしまったので最初は主人公も気にしなかったが、それからというもの夫は睡眠中に自傷行為をしたり冷蔵庫の物を食ったりとまったく意識がないまま異常行動を取るようになり、医師の言うとおりに薬を飲んだり安全対策をするも、その甲斐無く症状は日増しに悪化していく。はたして夫婦の運命は…まぁそれは俺も眠ってしまったからわからないのだが、エンドロールにはオープニングと同じように平和そうな夫のいびきの音が響いていた、とこれだけはそこでやっと起きたので言える。平和そうだからハッピーエンドなのだろうか。それとも夫は眠ったまま妻と胎児をぶっ殺したとかそういうエンドだろうか…どっちかわからず、変に不気味な余韻が残ってしまった。
『スリープウォーカー』やつい最近の『ナイトメア/夢魔の棲む家』など夢遊病ホラーとかいうニッチすぎるジャンルにハズレなしが俺の持論なのだが『スリープ』はその持論が間違いではないことを改めて俺に確信させてくれる映画であった。様々ある夢遊病ホラーの中でもこの映画は最初から劇的な夢遊行動というのではなく頬を強く掻きむしって血が出るとかリアルなところから始まるのが良い(俺もアトピーなので寝ているうちに掻いて血まみれになったりしてたから親近感だ)。その後の対応もリアルで「いやさっさと病院行けや!」と言いたくなることもしばしばな夢遊病ホラーなのだがこの映画はさっさと病院に行って睡眠障害の診断をキッチリもらい投薬に加えて夢遊行動を防ぐための手段いろいろをちゃんと守る。
そのディテールの細かさゆえに最近の韓国映画にしてはテンポが遅いと感じられるかもしれないが、やはり恐怖というのはいきなり生じるもんではなく徐々に生じるもんであろうと俺は思っているので、これはむしろ好都合というもの。医者のアドバイスをちゃーんと守って病気回復のためにこんなに努力してますよを辛抱強く見せるからこそその努力が無駄だった、という展開に絶望的な恐怖が漂う。夫が俺が起きていた範囲では最初から最後まで覚醒中はずっと良い人というのもまた絶望感に拍車を掛ける。悪い人が他の人を殴ったり殺したりなんかしてもそんなもん別に怖かぁないんである。良い人のはずなのに殴ってきたり殺しにかかってくる…こんな状況の方がよっぽど怖いし、ショックの度合いも大きいはずだ。
近所の気味の悪いガキ。近頃のホラーにしては珍しく可哀相な目に遭う犬。ジャンプスケアに頼らない正攻法のホラー演出…妥協無くしっかりと怖いものを作ろうとしている良いホラーだと思うのだが、どうしてこれがまっっったくといっていいほど話題になっていないのだろうか。やはりかねてよりグチグチと怨念をこねているように今の日本世間一般は本当に怖い映画は観たくないのだろうか? 怖い映画よりも優しい映画、戦慄よりも共感を…それをラブストーリーとかヒューマンドラマとか別のジャンルに求めるならともかく、ホラーにまで求めているのだとしたら、その状況はホラー好きにとって凡百名ホラー映画よりもよほど恐怖を感じさせるものではないだろうか…いや! さすがにそんなことは無いだろうさ! 気にしない気にしない! ささ、寝るとするか! 寝不足だから嫌なことを考えるんだ! 寝よう寝よう! 寝て気分回復だッ!(翌朝、目を覚ました俺の手には赤く染まった包丁が…)