ベトナム残酷物語映画『Kfc』感想文

《推定睡眠時間:0分》

今アジアンホラーがアツイ! 昨今の欧米ホラーのメインストリームからはごっそり抜け落ちたエグみと暗みを湿度高めにブチ上げて鑑賞者の心に傷を残すアジアンホラーこそ往年のホラーファンが待望するものということなのか、現在公開中の新作アジアンホラーは台湾の『呪葬』、タイの『フンパヨン』、韓国の『怪談晩餐』と実に3本にも上る! そしてそこにもう1本加わったのが今夏のアジアンホラー影の最注目作としてインターネットのホラー廃人たちがひひひ…ふへへ…と不気味な声を発しヨダレを垂らしおしっこを漏らしながら話題にしていたこのベトナム初のゴア映画を謳う『Kfc』! この謳い文句で堂々の映倫裁定R18なのだから表には出せないタイプのホラーファンが注目するのも当然だろう! タイトルも直球で某ケンタッキーに喧嘩売っててすごいしな! というわけである!

しかし! まぁハッキリ言って実際観たら戸惑った! たしかにゴア映画ではある! ゴア映画ではあるがそれ以上にこれは…たぶん結構真面目な社会風刺の意図がある映画なんじゃないかな! なにせ映画の冒頭にしつこく出るのは「この映画はフィクションです」の文言! しつこいのでそれでは終わらず「実際の事件を基にしたものでもなければ過去を描いたものでもなくこの国の未来を表現したものでもありません」ぐらいテロップが出る! そこまで言われたら逆に社会風刺の狙いがあると考えるは当たり前だろう!

実はベトナムは映画の検閲制度がある社会主義国! そのため数年前に公開されたものすごい熱気の傑作ベトナム映画『走れロム』も国が推し進めるスラムの再開発に多少批判的とも取れるシーンが含まれていたことから、そのシーンのカットが余儀なくされたのだった! 思うにだから『Kfc』の冒頭には「この映画はフィクションです実際の事件を基にしたものでもなければ過去を描いたものでもなくこの国の未来を表現したものでもありません」のテロップが出るんじゃないだろうか! 内容はとても非倫理的なのでこれを現在のベトナムを描いたものとか言ってしまったら検閲当局から怒られるに決まっているからだ!

さてじゃあその『Kfc』がどんな内容かというと映画の始まりは暗い部屋で巨乳の半裸デブ男が「俺は昔からコカコーラとペプシコーラを混ぜて飲むと美味いと言っているが誰も信じてくれないんだ」とカメラに映らぬ誰かに向かって陰気に話している姿! なんなんだ! なんかよくわからん! その後半裸のデブは捻り切ったペプシの缶で話を聞かされていた誰かを刺し殺し路上に出たらワゴンに轢かれてはらわたをブチまけて死んだのでぜんぜんなんかよくわからないのだが、コカコーラとペプシコーラを混ぜるという台詞にはまぁこういうタイトルの映画だし何かしらの風刺的意図があるんじゃないだろうか! コーラとペプシとケンタッキー! 社会主義など形ばかりで市井の人々は欧米大資本にすっかり呑み込まれている…とでも言わんばかり!

その後の展開も検閲回避の狙いもあるのか混沌を極めあらすじを記述することは困難だが、まぁ大まかな流れとしてはケンタッキー店舗が幼い頃からの遊び場だったこの底辺デブの少年時代と成人後の現在を軸に、ベトナムのゴアとバイオレンスにまみれた荒みストリートのリアルを点描するという感じらしい! なぜケンタッキーなのか! よくわからないがもしかすると資本主義あるいはベトナムの現状の暗喩なのかもしれないな! 貧困が蔓延し食うか食われるかの生活に追いやられている(かもしれない!)現代ベトナムの底辺人にとってケンタッキーの鶏肉も道で拾った人肉も大差なし! ということでケンタッキーフライドチキンを食ってた子供たちが別のシーンでは人間肉棒を食してゲロ吐いてそのゲロをピージャクの『バッドテイスト』みたいに食ったりするわけである! こんな内容なのにちゃんとケンタッキー店員が出てきてケンタッキー店内で撮影をしているがきっと明らかに無許可のゲリラ撮影だろう!

食って食われて食われて食って! 出口の見えない貧困生活の中で文字通りお互いを貪り合うベトナム貧民たちの姿にはカタルシスなどまるでなし! 謎にアクション映画風のCG演出なども一部出てくるが基本的には陰惨なゴア映画であり、あまり娯楽ゴア映画という感じはしない! 似ている作品を挙げれば長年日本では悪趣味映画の人としてのみ知られていたが実は有名な現代美術家だったクリストフ・シュリンゲンズィーフの『ドイツチェーンソー大量虐殺』とかだろうか! シュリンゲンズィーフ映画のような狂った陽気さはここには見られないが、過激なゴアを用いてブラックユーモア的に社会風刺を行うという手法は同じだ!

また『オールナイトロング』など1990年代のジャパニーズ・ゴアともその陰惨な雰囲気が似ている気がした! 実際『オールナイトロング』シリーズの監督・松村克弥はドキュメンタリー畑の人で、後には『乙女たちの沖縄戦~白梅学徒の記録~』など数々の硬派な社会派作品を手掛けていることから、『オールナイトロング』でもバイオレンスとゴアを通して1990年代前半の時代の空気であるとか、その時代の少年たちの鬱屈した心情を捉えようとしていたように思えるのだ!

というわけでノリノリのゴア映画を期待すると台詞も劇判もほとんどないし展開もよくわかんないし長回しが多くて画が単調だしあと照明が暗いしであんまり面白くないんじゃないかと思われる『Kfc』だが、ベトナムの現状を露悪的に戯画化した社会風刺の映画であると念頭に置き、なんだかよくわからん展開を頑張って頭の中で整理しながら見れば、次第に形を成していく食人と報復の救いの無い連鎖に、そしてそこに漂うポエジーに、イイ感じに暗い気分にさせられるんじゃないだろうか! 鍋から出てくる幼児の丸煮や少年が無邪気に差し出す切断男根、人を食った妙に明るいエンディング曲など、ダークなユーモアがひっそり仕込まれている点も見逃せない! 万人向けではまったくないが、個人的にはとても気に入った異食作であったね!

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