《推定睡眠時間:0分》
『悪魔のいけにえ』然り『ホステル』然り英語話者のカネに余裕のある白人若者が旅先で浮かれているとだいたい殺されるのがホラー映画なのであるから、オペラハウスの前を航行する船室がクラブになっててデッキではあっちこっちで昼間っから盛りのついた男女がペッティングしているというパリピ船にワーキングホリデーでオーストラリア旅行中のカナダ学生2人(主人公は白人でもう一人はアジア系ハーフっぽい)が乗船して浮かれているという冒頭の時点でもうこいつらの殺されは確定であり、その後カードが限度額行っちゃったのでしゃあねぇ新しいバイト見つけるかっつって仲介者に紹介されるのが舞台となるロイヤルホテル、とは名ばかりのクッソ田舎の荒野にポツンと佇むこの世の終わりのような底辺バーなのだが、二人は仕事内容や条件もよく確かめずに「そこってカンガルー見れたりします?」「見れると思いますよ」「じゃそこで!」とあまりにも軽々に決断、これで殺されなかったらもはや映画が信用できなくなるぞというほどの殺されフラグ立てであった、のだが。
その後の展開まさかの『バグダッド・カフェ』ミーツ『荒野の千鳥足』。オーストラリアには荒野の愛国殺人鬼ミック・テイラー(『ウルフクリーク』シリーズ)もいるしオーストラリアの田舎町には『キラー・カーズ パリを食べた車』のように法も秩序もねぇはずなのだが、このロイヤルホテルはそれらと比べあまりにも平和、人殺しも暴走族も一匹もおらず連夜ほかにやることがないからロイヤルホテルに集まる吐き溜めの酒カスどもときたら店の看板猫ちゃんはちゃんと可愛がって乱暴したりしないし店主に出て行けと言われたら素直に言うことを聞いて出て行くし日本版の予告編でセクハラだのパワハラだのがどうのと言っていたからそういう感じの客層なんだろうと思ったら店で働くことになった主人公とその友人のオッパイどころか腰とかケツを触る程度のセクハラもしない、と飲んだくれの田舎貧乏カスなだけで根は良いヤツらばっかじゃねぇか!
根は良いヤツらばっかなのだが主人公はカナダの都会のカネに余裕のある(学生の分際でカード持って海外のパリピ船に乗ってるヤツがカネに困ってるわけがない)家庭の学生ということで低学歴低収入低知能と三拍子揃ったロイヤルホテルの底辺カスどもと話が合うわけもなく、底辺カスどもはただいつもの感じでどんちゃんやってるだけなのだが、主人公の目にはそれがラブクラフトのホラー小説とかに出てくる地下で暮らしてるうちに退行した地底原始人のように見えてしまい、その一挙手一投足が恐怖の対象。まぁ人と人とが距離を取る都会に比べて田舎は人と人が距離を取らないので、都会もんには田舎もんが自分のテリトリーの土足で踏み込んでくるバケモンに見えてしまうってのは東京生まれ東京育ちの俺にもよぉくわかりますがね。
恐怖と差別は表裏一体。店にライターがなかったから客のオッサンにライター貸してと頼んだらこのオッサンひょいと貸してくれたが主人公ときたらそのライターにオッパイ丸出しウーマンの画が入っていたことからすげー軽蔑の表情を浮かべたりして田舎者への敵愾心を隠そうともしない。仮に嫌な気分になったとしても店員の立場で客に火ぃ貸してと頼んだのはそっちなんだからせめて表情には出すなよお前どんだけ失礼なんだよと思うが、この主人公にとって日夜ロイヤルホテルに集まってくるのは男女問わず全員性犯罪者か猟奇殺人鬼なので、自分で選んでこの店に来て自分で選んでこの店に残ってる上にとくに何かされたわけでもないのに自分は今にも殺されそうな被害者だと思い込んで疑わないのであった。
普通に過ごしてただけなのに都会から来たバカで田舎者に対する差別心満載の学生連中によって殺人鬼と誤認される呑気な田舎二人組の受難を描いた『タッカーとデイル 史上最悪にツイてないヤツら』というホラーコメディがあるが、『ロイヤルホテル』は言うならばその学生目線版と言っても差し支えないだろう。そのへんの演出の匙加減はなかなか上手く、主人公にとっては毎日が恐怖と嫌悪の連続なのでテイストはサスペンスかホラーなのだが、有象無象の底辺カスどものディテールを案外彫り込んで生活感を強く出しているため、主人公に見えている恐怖の世界と現実の世界にズレが生じていることが「ちゃんと映画を観ていれば」わかる。なぜ「ちゃんと映画を観ていれば」とよくわからない一文をカギカッコで強調して挟んだのかと言えばそれができていない観客と映画売文屋があまりにも多いと感じられたためだが、まぁその話は別のところでしたのでここで繰り返す必要はないだろう。
ともかく、その認識のズレがこの映画のキモであり、これ見よがしに笑わせようとするシーンは全然ないのだが、笑ってしまうところ多々。個人的に吹き出してしまったのは飲んだくれのバーのマスターが二日酔い状態で「ったく…お前らが愛想悪ぃから今日は閑古鳥だよ…あー暇だ暇だ!」と八つ当たりの愚痴を主人公にこぼしたところで店に電話がかかってきてマスター受話器を秒で取ると「今忙しいんだ!」と一言も話を聞かず秒で電話を切るシーン。こんなの下町系ギャグマンガの定番ネタすぎるし、この映画が視点を変えれば『バグダッド・カフェ』っぽいという所以である(あとバーの女将のキャラも『バグダッド・カフェ』感満載である。この女将が実によいのだ)。
最後もスカッとする感じでキレイにオチてよかったね。あの酒カス底辺ババァの適当な一言最高! それに、これは映画では描かれていないことだが、いろいろあったことで多少は改心して「よし、今日から酒をやめて真面目に働くぞ!」とかもしかしたら思ったかもしれないオーナーがバーに戻ってきてあの光景を見たらと考えたら、ちょっと可哀相だがやはり下町ギャグマンガのようで笑ってしまうのだ。まぁ最終的に平和だし、オーストラリアクソ田舎ののどか風景が醸し出すバカンス気分もあれば、旅先での仕事先はちゃんと選べという教訓もあるし、都会もんは田舎もんを差別するのも大概にしろという読み取れる人には読み取れる人権教育成分もあるから、コワイ映画と思わせておいてなぁんだこんなもんかとその点では肩透かしだが、一種のパロディホラーとして楽しくタメになる映画ではあろうと思う。ただ日本の配給の宣伝方針がそれとは真逆なので、まぁおそらくそう観ることのできる人は日本全国に8人ぐらいじゃないすかね。もったいないね、そう観れば面白いのに!
予告を見たときは(絶対嫌な気持ちになるやつだ…)と敬遠していたんですが、
さわださんの記事を読んでどうやら違うらしい、と気になって見てきました。
何故あんな予告にしてしまったんでしょうね…いや、セクハラはありますけど、田舎のパブならこんなもんだろっていう範疇ですし。
主人公の分断っぷりと被害者意識が強すぎてそっちのがホラーですし、予告しかり感想しかり分断を分断と全く思っていない人の多さがホラーですよね。
お給料出てるのにあのラスト…自分が正しくて被害者だと信じてやまない都会もん怖い…
あのラストは「そこまでするのはヒドくない!?」っていうツッコミが出てしまって面白かったので俺は良いラストだなって思いました笑
都会の人は田舎の人を理解しようとしてあげていいと思いますし、田舎の人も郷に入っては郷に従えと偉ぶらないで都会から来てくれた人には親切にしましょうという…そういう教訓映画かなぁと。たしか『ジャッジ・ドレッド』かなんかでも価値観の違う地上に住む人と地下に住む人に対して「お互いに理解することが大事ね」って登場人物が最後に言ってた!