《推定睡眠時間：25分》
人が溶ける！ 雨で溶ける！ 人を溶かす雨でみんなドロドロといったらご存じ『魔鬼雨』であるが、長らく追随作の無かった（『新・死霊のえじき』のラストがちょっとだけそれっぽい）このニッチジャンルについに新作登場ということで『吐きだめの悪魔』『溶解人間』など人間ドロドロ映画に曰く言いがたい魅力を感じてしまう俺としてはこの『ACIDE／アシッド』、秘かに公開を心待ちにしていたのであった。
今度はいったいどんな人間ドロドロが待ち受けているのだろうか…2024年最新アップデート版の人間溶解とは！ しかし映画が始まるとなにやら労働者たちが会社に押しかけてデモをしている場面であれっ雨でドロドロになるんじゃないの？ と多少困惑。みんなが揉めているところに雨が降って阿鼻叫喚になるのだろうかとも思ったがそういうことにもならずこれは実は殺人ドロドロ雨とか全然関係ない主人公の背景説明のシーンであった。主人公はこのデモで警官をおもっくそぶん殴って前科が付いてそのために妻と離婚したという設定。ACIDEとEが付いているのはフランス映画だからだが、このへんなんとなくデモの国フランスらしい人物設定という感じである。
それから具体的にどれぐらい経ったのかはわからないがまぁ1年とかそれぐらいだろうか、環境破壊により南米では海が酸化し酸性雨で野生動物や溶け死んだりしているというニュースが流れ始め、その殺人ドロドロ酸性雨がついにフランスにも到来した。主人公は別れた妻と娘と共にどうにかこの殺人ドロドロ酸性雨から逃れようと車を走らせるのだったが、こんな異常事態でも団結できないのが人間だということはコロナ禍が証明した。どうやって殺人雨から逃げるかということだけを考えていればいいのに、物語はいつしか父娘＋αの確執ドラマへとスライドしていくのであった…。
立ち上がりが遅くドロドロ惨事が始まるまでがやや長く感じられるとはいえいざ殺人ドロドロ酸性雨が降り出してからのパニック描写はなかなか本格的、外で交通整理をしていた真面目な人が溶けながら主人公の車に乗り込もうとするのを主人公が蹴り飛ばして拒絶するあたりの阿鼻叫喚はまるでゾンビ映画みたいだった（溶けてもゾンビになるわけじゃないんだから普通に乗せてやれよと思うのだが）。しかしこの最初の殺人ドロドロ雨パニックが起こってからがどうも。なんだかロードムービーじみてくるのだが、そのせいで殺人ドロドロ雨の恐怖がだいぶ薄らいでしまった。
たとえば山奥の小屋に籠もって雨が降ってるから外には出られないがさりとて小屋の中にいると屋根が溶けてそのうちうぎゃあああああってなるからどうしよう！ という状況なら殺人雨のコワさと緊張感が持続するように思われるが、ドロドロ酸性雨で道路がびちゃびちゃなのにこの映画は普通に車でかなりの長距離移動をするのである。化学には明るくないからわからないがガラスは酸性雨で溶けないとしてもタイヤなんかはわりとすぐにドロっちゃうんじゃないの？ ドロドロホラーに野暮な疑問といえばそうかもしれないが、でもこれ車のボディが酸性雨で溶けて大変だという描写は何度もあるから、タイヤだけ全然平気というのはちょっとした興ざめ要因ではある。
しかしまぁそんなことは些末なことで、状況がどうだろうが科学的にどうだろうが、要は人間がドロドロになるホラー的な見せ場さえあれば、他の部分なんか少なくとも俺にとってはどうでもよい。問題はその、殺人ドロドロ酸性雨で人間がドロドロになる場面が、もう全然なかったということであった。なぜなのか！ 殺人ドロドロ酸性雨で人間ぎゃああああああなアイデアを思いついたら普通は（？）外にいた人たちがグッチャグチャになるシーンを撮りたくなるのが人情ってもんでしょうが！ それをやらずに主人公とその周辺人物の確執ドラマ（※会話）ばかりやっているとは何事か！ こっちはそんなものを観に来たんじゃないぞ！ お前ら溶けろよ！
雰囲気はいい。終末的な雰囲気は良く、溶けながら疾走する馬とか、酸性水道水を飲んで内部から溶けていく猫とか、そのへん直接的なグロ描写はほとんどなくてもこの世の終わりを感じさせていいのだが、やはり展開が人間ドラマに収斂していくのがつまらないし、人間がドロドロになる場面はもっとちゃんとあってほしかった。あえて言えばジャンル映画的見せ場のない『ナイトメア・シティ』という感じだろうか。最近のフランス映画では団地の外に出たら死ぬ『ザ・タワー』というのもあったから、シリアスな終末ものがちょっとしたブームなのかもしれない。これもドロドロ映画というよりはそっちの路線の映画として悪くはないが、ニッチジャンル待望の新作だけに期待しすぎてしまったかもしれない。