そんなでもない映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』感想文

《推定睡眠時間:20分》

現代アメリカで内戦勃発の映画と聞けばいろいろと楽しみにするところはあったのだが最序盤に「カリフォルニアとアリゾナの2州から成る西部連合とフロリダが…」と状況が説明された時点であそんなに本気でやるつもりはねぇのかなとか思って実際まぁそんな感じの映画だったのだがそれというのもアメリカのイデオロギー分布はかなりわかりやすく西海岸と東海岸の両海岸は伝統的にリベラルで大統領選だと民主党の勝ちが確定しているところ、アリゾナは前回の大統領選では民主党のバイデン大統領が勝ったが共和党のトランプとの票差はわずか0.4ポイントで、俺の頼りないにもほどがある記憶では大統領選の選挙予測では毎回どっちに転ぶかわからないグレーの州である。フロリダは圧倒的というほどでもないが基本的には共和党が勝つ赤い州。

現代(かちょっと先の未来)アメリカを舞台に内戦勃発といったらその主要因は散々叫ばれ尽くしているリベラル=民主党と保守=共和党の政治分断が第一にも第二にも来るだろうが、両海岸が圧倒的にリベラルで内陸部と南部が圧倒的に保守というアメリカの現実の政治分断地図が、この映画には意図的にか(あんまり露骨にやるとネットで怒られたりするので)反映されていない。フロリダはともかくカリフォルニアとアリゾナのイデオロギーの一致しない2州が結託しワシントンに反旗を翻して独立勢力となるというのはちょっとかなり説得力がなかろうよ。だいたいミリタリー方面には詳しくないから知らないがカリフォルニアとかアリゾナとか軍事力あんの? あくまでも未来の寓話ですと言われればそうかもしれないがとはいえ、とはいえ…なんである。真面目なSFなのにそういう細かいところがちゃんとしてない映画には厳しい俺なのだ。

そんなわけだからなんというか内容的にはしっかりしたSFじゃあなく雰囲気系っぽい(そのへんが雰囲気系映画界の大物A24によって配給された所以かもしれない)。主人公の戦場カメラマンは偶然であった戦場カメラマン志望のヤングウーマンを一行に加えて陥落間近と伝えられるワシントンD.C.に向かうのだが、当然その道程にはさまざまな殺人的アクシデントが待ち構えており…あらすじを書けばたったそれだけの映画である。まぁゾンビの出てこない『ゾンビ』とか『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』みたいな感じだと思ってもらえればよろしい。なに観たことがないから『ゾンビ』とか『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』みたいな感じが頭に浮かばない? そりゃおめぇ『シビル・ウォー』なんか観てる場合じゃねぇよ今すぐにそっちを観ろそっちを!

『ゾンビ』のタイトルを出したのは俺の人生ベスト映画が『ゾンビ』だからではなく(それもあるのは否定できない)監督・脚本のアレックス・ガーランドが脚本家としての出世作『28日後…』で『ゾンビ』および『ゾンビ』に続くロメロのリビングデッド・トリロジー最終作『死霊のえじき』をどうもリファレンスとしている説が濃厚だからである。『28日後…』の終盤の軍人屋敷のシークエンスとかあれはわりと丸ごと『死霊のえじき』だもんな。そういうことを過去にやっていた人がゾンビの出てこない『ゾンビ』みたいな映画を撮っているわけだから比較したくなるのはしょうがない。そして『ゾンビ』と比較すると『シビル・ウォー』のガッカリ感はわりと明確になるように思う。

かいつまんで言えば『シビル・ウォー』はふわっとしすぎである。『ゾンビ』はもしもゾンビ禍がアメリカ社会を襲ったら各地できっとこんなことが起こるだろうというシミュレーションをリアルかつ緊密に描いてサイコーにサイコーなのだが、翻って『シビル・ウォー』の方はどうかというとそのシミュレーションが断然弱い。だから、戦場カメラマン志望ヤングウーマンのエモーションを強調する目的であえてやっているものと思われる無音を多用した淡々演出のせいもあって、画面の中で起こる出来事が大して面白くも目新しくも感じられない。実際に内戦が起こったらこんな風になるんだなぁと思うことができないのだ。頭に残るのは「お前なんでそのメンタルで戦場カメラマンなろうとしたの?」みたいなものすごい感情の振れ幅を見せるヤングウーマンの演技だけ。アレックス・ガーランドの映画なんていつもそんなもんだと思ってるが、その中でも今回はとりわけ空虚な看板倒れの映画になってたんじゃないだろうか。

作られた時代が悪かったという気もしないでもないけどな。戦場報道映像はなんかズルいから比較対象としないとしても、戦時下の現代の日常ならドンバス戦争(今のウクライナ戦争の発端)を題材とした『リフレクション』とかのウクライナ映画が鬼気迫る筆致で描いているし、戦時下の市民への暴力ならヤスミラ・ジュバニッチの多国籍映画『アイダよ、何処へ?』がまったく恐ろしい強烈な形で提示していた。これら現代ヨーロッパの市民目線戦争映画と比べるとイギリス・アメリカ資本のこの『シビル・ウォー』はどうしても絵空事に見えてしまう。そのくせトーンだけは無駄に真面目そのものなので、絵空事のB級映画として楽しむこともできないのだ。

っていうか最近の他のアメリカ内戦映画と比べても負けてると思いますよ。現代アメリカで内戦が!? っていうのが『シビル・ウォー』の最大のセールスポイントだと思いますけど、それなにもアレックス・ガーランドの独創じゃなくて既に『ブッシュウィック 武装都市』っていう2017年の低予算アメリカ映画でやってるからね。俺『ブッシュウィック』大好きなので露骨に贔屓しますけど現代アメリカ内戦映画として『ブッシュウィック』は『シビル・ウォー』より全然リアリティあって面白かったよ。『ブッシュウィック』の方はもしも現代アメリカで内戦が勃発したらのシミュレーションを一つの街っていう狭い範囲ではありますけどちゃんとやってて、アメリカ社会の色んな面が短い上映時間の中で見えるようになってた。でも『シビル・ウォー』そういうところあんまなかったね。こんなに社会風刺的な題材なのに風刺のレベルに達してないんだよ。

終盤のワシントンD.C.攻略戦のシーンとかはさすがにお金がかかっているだけあってなにやら空虚だけれどもそれなりに白熱はする一応。でもそれにしたって『フォーエバー・パージ』の市街戦の方がお金はないけどいろいろ撮り方を工夫してて手に汗握る感じあったんじゃないすかね。もしかしたら手に汗握らない映画をあえて狙ったのかもしれない。ヤングウーマンの撮る戦場写真はなぜかこの時代に白黒写真として表現されるのだが、そのためにヤングウーマンのカメラが切り取る戦時下のアメリカ風景は過去のものに見える。対立する独立勢力とアメリカ正規軍はいずれも戦争の熱に酔って「勝つのは俺たちだ!」と意気込んでいるが、戦争での勝ち負けなど一時のもので、過ぎてしまえば単なる歴史の1ページでしかない。戦時下ではとんでもない栄光に見える勝利という出来事も、何年かすれば「ふーん、そういうこともあったのか」程度のものに成り下がるのだ。

そんなような歴史の眼差しをみんなが持っていれば戦争とか政治分断なんかバカバカしくなって誰もやろうとしないだろうから、歴史の眼差しを持って冷静になろうよ、と訴える映画だと思えば、あまり面白くはないが多少は良い映画っぽく見えてこないこともない。戦場の白黒写真にはまたベトナム戦争の報道写真をそこに重ねる意図もおそらくあったことだろう。そんなに民主だ共和だとリベラルだ保守だと政治分断ばかりやっているとアメリカはんベトナム戦争の時代に退行しちゃいまっせ~的な。でも面白くはない。でも面白くはないんだ! まぁ現代アメリカ内戦の勃発直後が描かれる『ブッシュウィック』をこの映画の前日譚ということに脳内ですれば面白さが増す可能性はあるので『シビル・ウォー』、観るなら『ブッシュウィック』を先に観よう!

※アレックス・ガーランド映画といえばこの人という存在になったソノヤ・ミズノは今回もしっかり出ててちょっとうれしい。

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