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資本もキャストもスタッフもオールフィリピンのフィリピンで製作された実写版『ボルテスⅤ』である。『ボルテスⅤ』…もちろんロボットアニメ好きにはよく知られた作品ではあるだろうが、俺のような門外漢にはあまりにもニッチな作品である。なにせタイトルの読みは「ぼるてす・ふぁいぶ」だが『コン・バトラーV(こん・ばとらー・ぶい)』と混同して「ぼるてす・ぶい」と読んでいたほどだ。『コン・バトラーV』の方はたしか『スーパーロボット大戦』の何作目かで見たことがあるので「ブイ・ブイ・ブイ! ビクトリ~!」のテーマ曲も一応知っているが、その後継作品にあたるらしい『ボルテスⅤ』は名前しか知らない。それが2024年、フィリピンで突如として(とこちらには見える)実写映画化、更にはパンフレットによるとこれをプロローグとして30分×80話の実写版ドラマシリーズが放送され、それがまたたいへんな人気を博したために10話が追加で撮影され全90話、時間にして2700分というハイパービッグコンテンツとなったのだという…いったいフィリピンに何が起こったというのか!?
このへん俺はまったく知らなかったのだがこれまたパンフレットによれば実はフィリピンでは日本国内でオリジナルのアニメ版『ボルテスⅤ』の放送が開始された1977年の翌1978年に早くもこれが放送されていたのだという。当時のフィリピンのテレビ事情はよくわからないが『マジンガーZ』とか他の日本アニメも放送されていたというから子供向けコンテンツとして日本産ロボットアニメは人気があったのだろうか。
ともあれ、その中でも圧倒的な人気を誇っていたのが『ボルテスⅤ』だそうで、放送終了後にも何度も局を変えて繰り返し再放送されただけでなく、差別と革命という政治的な内容を含む点が当時のマルコス独裁政権に危険視されたか最終話間近で放送中止に追いやられ、その後復活するや更に再放送されまくり最高視聴率58%を記録、数々のボルテスグッズ(フィリピンのユニクロみたいなとこに行くとボルテスの服が売ってるらしい)が公式・非公式を問わず量産され、現在ではその知名度により選挙の際の街頭演説などで『ボルテスⅤ』の主題歌である堀江美都子の歌う『ボルテスⅤの歌』(テレビ放送時にも原曲のままだった)が流されたりもするという…『ボルテスⅤ』の政治利用! あまりにも日本在住者の発想にはなさすぎるよ!
フィリピンの人にとって『ボルテスⅤ』が日本在住者における『サザエさん』とか『ドラえもん』ぐらいかそれ以上な存在であることはわかった。詳しい理由には不明な点が多すぎるがとにかくフィリピンでは『ボルテスⅤ』人気がすごいらしく今回の実写映画版+全90話のテレビシリーズが生まれたということだ。なんたるイイ話と笑いながら涙が出てしまう。まさか『ボルテスⅤ』の関係者たちもこんなグローバル展開になるとは完全に思ってなかっただろう。
ポップカルチャーには時としてこんなミラクルが起こる。たとえば『アンヴィル 夢を諦めきれない男たち』というドキュメンタリー映画がある。これはアンヴィルというデビュー時はたいへん注目を集めたものの現在はうさんくさいプロモーターにドサ回りをさせられて金も支払われないみたいな日々を送っている売れない中年メタルバンドが日本のメタルフェスに呼ばれてデビュー当時のアンヴィルを覚えていた古参ファンの歓待を受けるというやや演出臭いが感動的な物語であった。『シュガーマン 奇跡に愛された男』というドキュメンタリー映画もあった。これもまたミュージシャンの話で、シクスト・ロドリゲスというアメリカの全然売れなくてアルバムを二枚出しただけでさっさと引退してしまった人の曲がいろいろあって本人も知らないうちに南アフリカへと渡り、当時の反アパルトヘイト闘争のアンセムとして爆発的なヒットを記録したという世にもミラクルな映画である(なお海賊盤のためロドリゲス本人には一銭も入らなかった)
こういう、本国では大して評価されてない作品が作った本人も知らないうちにわけわからん経路でよく知らん国に渡って完全想定外規模の愛され方をするケースってイイじゃないですか。こうね、文化というものの持つ潜在的なものすごい力というものを感じさせてくれます。国境とか人種とか言葉とかそんなもん結構ひょいっと超えちゃうんだね。そういう意味でこの『ボルテスⅤ レガシー』、やっぱり「なんで『ボルテスⅤ』がそんな人気なんだよ!?」って笑っちゃうんだけど、感動的だったよ。
まぁ内容としてはですね先にも書きましたようにこれは全90話のドラマのプロローグ劇場版ですからボルテスⅤの最初の戦いと次の戦いが描かれるだけで物語的には全然進まず90%消化不良なわけですがそんなこたぁどうだっていいよな! 映画が始まってすぐ地球が宇宙人に侵略され各地が破壊されまくる昭和アニメらしい超展開は状況説明ばかりでちっとも面白いシーンが出てこない最近の欧米アクションとかSF映画に慣れた身には新鮮かつ痛快だし、ジュリー・アン・サン・ジョゼという人が日本語のままカバーした『ボルテスⅤの歌』が流れる中で5機のボルテスマシンが合体するシーンは鬼燃え、ハリウッドがやりがちなようにリアル寄せの翻案など一切せず完膚なきまでのコスプレでアニメの世界をそのまんま実写で再現する本気のダサさにはヒデキ感激である。
なるほどたしかにハリウッド映画のようにメリハリがあるわけでもないし韓国映画のようなダイナミズムがあるわけでもない。だが、だからどうした! 音声認識で動くという設定によりボルテスⅤが技を出すときにはパイロットがいちいち技名を叫ぶ演出のアツさ、なにがあろうとトドメは必ず必殺天空剣のリアリティを無視したロボットアニメ的ケレン味、パイロットの一人が当時の特撮ものやロボットアニメにほぼ絶対出ていたカレーの好きそうな太っちょ! 欧米流の洗練されたアクション映画やSF映画ではこんなのそうそうお目にかかれないのだから、それが観られただけで俺はもう満足なのだ。満足だから途中で寝てしまったがそれで満足度が変わるものでもない、むしろ今度は吹き替え版でもっかい観に行こうって思ったほどだ。
洗練と引き換えに欧米の映画が失ってしまったアツさがここにはある。人々の分断などやすやすと乗り越える文化のパワーがここにはある。笑って燃えてちょっと泣いてそして同じようなシーンが続くから寝る。そんなに面白くはないが、これは実に得がたい体験のできる必見作であると断言したいッ!
※ちなみに今回上映されたバージョンはフィリピン本国で公開されたバージョンにCGのブラッシュアップやシーンの追加などを行った完全版と言えるものらしい。90話のドラマ版も近々日本で放送されるそうです。めでたい。
一時期「後半は、宇宙人側の被差別層による民主化革命を主人公達が支援する話になったから、マルコス独裁政権が嫌がって打ち切りにした。フィリピン民主化を間接的に助けたアニメだ。」という都市伝説がありました。(フィリピン人側がマルコス打倒に関しては過大評価とコメント)
監督は過去に『トランスバトラー』ってモックバスター映画を作った過去があるので、ちゃんとした公認映画作り始めたのは「庵野ウルトラマンからのシンウルトラマン」を連想しました。
さすがに民主化運動には寄与してないと思いますけど笑
しかしそんな都市伝説になるくらいフィリピンでなぜか観られているのだとすれば、イイ話っすねぇ
好きが高じてのパチモノ作りから本物作り(しかも超大作として)を任されたというのもイイ話です。イイ話しかないなこの映画には!
テレビドラマ版は「尺稼ぎ」を現地でも指摘されたらしいので、総集編映画の2作目三作目も作ってほしいです。(政治ドラマパートだけでバトルしない回が原作よりも結構あった云々)
パンフレット読んだらバトルだけじゃなくてドラマ性が高いところがフィリピンでウケた理由かもしれないとか書いてあったので、それでドラマを増量したのかもしれません。たしかに『マジンガーZ』も放送されてたのに『ボルテスⅤ』の方が人気が出たということは、バトルよりもスペースオペラ的なドラマとして面白がってもらえたのかなぁとか