室井、人生の現場に立つ映画『室井慎次 生き続ける者』感想文

《推定睡眠時間:15分》

「俺が事件を追っているんじゃない…事件が俺を追ってくるんだ」前作の予告編でたしかに聞いたような気がするが本編ではどこで言っていたかわからなかった室井慎次の台詞であるが、前編『敗れざる者』を観て後編は観ないでいっかと思いながら金曜夜の仕事帰りに観られる封切り映画を探していたところ、終電の都合でこの『室井慎次 生き続ける者』しか観られるものがない。金曜夜はやはり新作映画を観たいものだが、新作映画を観ようとすれば『生き続ける者』しか選択肢がないというこの状況…「俺が室井慎次を追っているんじゃない…室井慎次が俺を追ってくるんだ」とでも言うべきであろう。

それにしても前作を観て後編はいっかとなっていたのはぶっちゃけ事件がショボかったからなのであった。再び予告編を持ち出すと筧利夫演じる秋田県警の偉い人が意味深に「室井さん…とんでもない死体を発見してくれましたね」と言うのだが、前作で室井ハウスの近くに埋められていた死体というのは振り込め詐欺グループのメンバー。このメンバーは室井慎次と因縁ある人物だったのだがいやそうだとしても振り込め詐欺グループのメンバーて。事件の規模ショボない? 室井慎次もかつてちょっとだけ関わった『羊たちの沈黙』のレクター博士を丸パクした獄中シリアルキラー(小泉今日子)の存在が平穏な隠遁生活に影を落としたりもしたが、それでも後編に大した事件はかなり期待できそうにない前作だったのである。

だが実際に観たら逆方向に驚いてしまった。「これから事件が大きくなるぞー!」と思わせる室井ハウス車庫焼失事件で幕を閉じた前作だが…それ以上の事件が起こらないのである! 例の死体遺棄事件は犯人側のよくわからん行動のせいで相当あっさり解決してしまいその犯人は意外な人物では完全にまったくなく室井ハウス火災事件の真相もおそろしいどうでもよさでシリアルキラーが脱走して室井家の全員の胃にぬいぐるみを詰め込んで殺すこともない! 前作が疑惑編ならふつうその続編は究明編だろうと想像するだろうがと思うが、前作の疑惑編に対して今作はいわば和解編であり、描かれるのは事件とかではなく室井慎次および室井家の「人生って大変だなぁ…でも適当に折り合い付けてやってくしかないなぁ」みたいなしみじみ人間ドラマなのであった。エンディング曲なんか松山千春である。

こうなると舞台が秋田山奥の積雪地帯というのもあって『踊る大捜査線』というよりも『北の国から』に見えて仕方が無いのだが、なんでこんなことになってしまったのかということはわからないわけではない。警視庁のキャリア組だった室井慎次はこれまで様々な大事件の指揮を執り多くの悪もんを掴まえてきた。したがって疑うことは室井慎次の基本行動である。だが疑うだけでは人生は立ちゆかない。ときには疑うことをやめて信じることも必要なのではあるまいか。逮捕=断罪ではなく、赦すこともまた必要なのではあるまいか。これまでの警察キャリア人生でなおざりにしてきたそうした行為に、人生の後半に差し掛かった室井慎次がチャレンジしてみるのがこの『生き続ける者』という映画だったのである。

言うならば人生の現場に入る物語、とでも言おうか。キャリア組であるからして室井慎次は現場での地道な捜査や様々な人間との煩瑣なやりとりをすることはなかった。キャリアVS現場の構図が『踊る大捜査線』シリーズの軸となっていたわけだが、今回の室井慎次は現場に入る。現場に入れば掃除とか洗濯とか子供の万引きの尻拭いとかめんどうくさい細々とした作業をしなければならないし、近所の粗野でめんどうくさい人たちともなんとかケンカをせずに平和にやっていかなければならない、清濁併せのんで時には自分の信念に反することさえしなければならなず、それでも信念を失ってはいけないという矛盾を抱えているのが人生の現場である。室井慎次はそんな現場の最前線で戦ってきた青島俊作という男に時に反目しつつも憧憬のようなものさえ覚えていた。その室井慎次が青島の遠い背中を追うかのように、今回は人生の現場の先頭に立つのである。

いや、意図はわかるが…でも素直に面白くないじゃん事件小さいと。『北の国から』的人間ドラマとして2時間弱飽きずに観られたけれども多少なりとも刑事ドラマっぽさを期待すると肩透かしがハンパない。元々1クールのドラマとして作られたものが何らかの事情で前後編4時間に再編集されたかのようなギクシャクしたところが展開には見られるし、あんな児相があるわけないだろとかそういうのもある。前後編トータル4時間もかけてやる話かよという根本的なツッコミを封じればそうつまらない映画でもないとは思うが、といって面白い映画というほどでもない、なんかだからつまり結局は『踊る大捜査線』シリーズのファン向けのファンムービーだなこれは。

ラストにはあの人が登場して(言わないでも誰だかわかるね)シリーズ継続を宣言。ということはこの室井慎次2部作は来たるべき新シリーズの序章であり、同時に室井慎次のシリーズ離脱を告げる、生前葬のような映画だったんだろう。その人に近しい人しか行かないのがお葬式なので、『踊る大捜査線』シリーズにまったく思い入れのない(一応ドラマ版と映画版一作目ぐらいは観てた)俺にとっては、ある意味新鮮な体験であった。新シリーズはたぶん見ません。

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3 Comments
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匿名さん
匿名さん
2024年11月16日 11:44 PM

90年代のドラマの最新作なんて踊るファン向けの映画に決まっているだろう。
テレビから見続けたからこその映画。
新参者が一発目に見る映画では決してない。

パン毒
パン毒
2024年11月18日 4:06 PM

ファンムービーとはいえ最後のアレはどうなんすかね?(エンドロール後のサプライズではなく本編のオチです)
劇場版4より唐突で突き放した終わり方だと思うんですけど‥