こってり濃厚映画『バーン・クルア 凶愛の家』感想文

《推定睡眠時間:0分》

観終わってロビーに出たら壁にこの映画の紹介記事の切り抜きが貼ってあってちょっと読んだら「家系ホラーの巨匠ソーポン・サクダピシットによる…」みたいなことが書いてあり(この監督はタイで家を舞台にしたホラーを量産しているらしい)なんじゃい家系てと思ったのだが考えてみれば確かに家系ホラーというのがこの映画を形容するにぴったりだったかもしれない。むかしイタリアン・ホラーの巨匠マリオ・バーヴァの『ザ・ショック』というこれまた家を舞台にした家系ホラーに「あなたは耐えられるか!ショック100連発!」みたいな煽りすぎ惹句が付けられたと思うが、この『バーン・クルア』も実際はそこまでではないはずだが印象としてはショック100連発、仲良し三人家族が悲しや経済上の理由で立派な持ち家の邸宅は人に貸して自分たちはまぁまぁな感じのマンションに引っ越すのだが、そうしたらもうなにがなんだかわからない勢いでこの家族のお母さんである主人公を黒魔術だの幽霊だの謎人形だのの怪現象が襲いまくり! 目を覚ませばギャー! 扉を開ければギャー! 布団を持ち上げてもギャー! 空にはカラスがカー! とにかくひたすら怪現象が続きバーンとかドーンとかのショッキング効果音もバブリーに弾けまくるのでこれは家系ラーメンのこってり感、胃もたれしてしまうほどのショック100連発であった。

しかし、この映画の本領はおそらくそこから。ショック100連発な序盤数十分はなにがなんだかわからないのだが、中盤からはこの家族にいったい何が起こっているのかを解き明かすミステリーのパートになり、『木更津キャッツアイ』じゃあないが主人公のあんなこんな恐怖体験の裏で実はこんなことが! という展開を見せる。念のため言っておくがその「実はこんなことは!」は『エイプリルフール』みたいに殺人かと思ったら全部イタズラでしたあははははという虚無ではないのでご安心ください。むしろその「実はこんなことは!」がまたこってりにこってりを重ねた濃厚情念ドラマになっており、あぁ家系たしかに家系、実に家系な濃い味わいとなっていた。

ふつうのホラー映画だと怖いシーンばかりやってるとストーリーが展開できないからドラマパートと怖いシーンが交互に来るわけだが『バーン・クルア』は怖いシーンはほぼ全部序盤の怒濤のショック100連発に詰め込んでドラマはほぼ全部後回し、しかもその構成を取ることでミステリー的な面白さとパズル的アハ体験を作り出しているのだから構成の巧さにうむむと唸る。でもストーリー上の謎を全部丁寧に説明してしまう律儀な伏線回収のために序盤のなにがなんだかわけわからんがヤバイこと起こってるぞ感が中盤以降雲散霧消してしまうのはもったいないといえばもったいなかったかもしれない。

ホラー映画って適度によくわからないところがあった方がモヤモヤが残って怖いみたいのあるじゃないですか。そういうモヤモヤはこの映画にはなくて、なんかスッキリしちゃう、だから序盤に感じられた怖さは最終的になくなっちゃう。これは良し悪しだな。そういうホラーの方が後味良くて好きだって人もいるだろうし、『ハッピー・デス・デイ』みたいな謎を一切残さないホラーもそれはそれで面白いと俺も思うし。『ハッピー・デス・デイ』はホラーというよりコメディかもしれませんが。

怖さは最終的になくなってしまうものの、その代わり結末はちょっと泣けるイイ話というあたり、なるほどこれが家系ホラーの巨匠の手腕。方向性としては『仄暗い水の底から』に近い感じだが、まぁなんつーんすかねこういう暗い情念の物語というのはアジアン・ホラーのやはり特色、情念のおぞましさが情念のうつくしさへと昇華されるカタルシスは欧米ホラーにはあんまりない感じです。そのへんの転調がこの家系ホラーの巨匠ソーポン・サクダピシットは巧いな。家。愛と憎悪が同居して安らぎの中に怖さがある奇妙な場所。その奇妙さを大胆な構成とこってり演出で十二分に展開しきった『バーン・クルア』、面白い映画だったなこれは。

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