民主主義が来るぞ!銃を探せ!映画『お坊さまと鉄砲』感想文

《推定睡眠時間:0分》

ブータン映画と聞けばそんなのそもそもどこにある国なのかもよくわからないし幸福度と王様の顔ぐらいしか知らないから発展が遅れているに決まっててなんかそういう国の独特な風習とか綺麗な風景とか入ったワールドシネマ的なやつでしょというまったく失礼な想像をされる方も俺以外にはあくまでも俺以外にはいらっしゃるかもしれませんがこの映画『お坊さまと鉄砲』がそののどかな邦題(でも英語題は『THE MONK AND THE GUN』なのでジョン・ウーかよ!? ってなる)に似合わず確信犯にして鋭い風刺の映画であることはブータンが王政から民主制に移行する前に実施されることになった模擬選挙の実行委員の一人がアンティーク銃を買い付けるために入国したアメリカ人とこんな会話をすることからわかる。「なんとアメリカの方! ぜひとも民主主義について語りましょうよ! なんたってアメリカは民主主義の本場、リンカーンとJFKの国じゃないですか!」言うまでもなくリンカーンとJFKは銃で暗殺された合衆国大統領であった。

ブータン田舎の老僧が村で模擬選挙が実施されると聞きつけ「銃を二丁用意してくれ。物事をあるべき形に正すために必要だ」と弟子に命じるというミステリアスなストーリーの含意はそこから明らかになるだろう。アメリカのようになるな。リベラルと保守が修復不可能に見えるほど激しく対立する今のアメリカは民主主義の失敗例だ…。模擬選挙実施委員が選挙のやりかたのわからない村人たちを二つのグループに分けて「はいお互いに罵って! 見下して! それが民主主義の選挙ですよ!」と煽るのもアメリカの選挙に対する皮肉、進歩主義の夫が変化を望まない妻を顧みず選挙活動に入れ込んで夫婦仲を悪化させるのもまたアメリカの政治に対する皮肉である。これはブータンの映画というよりも、ブータンの平和的民主制移行に材を取り、そのフィルターを通してアメリカ批判を展開する映画なんである。

といってもアメリカ批判一辺倒では終わらないし民主制を100%腐しているわけでもない。民主制に移行したこの時期2008年、ブータンではテレビやインターネットも解禁されたようで、村の食堂に家にテレビのない貧乏村人たちが集まってテレビを見るというシーンがある。国産コンテンツはまだまだ弱いのでそのときテレビに流れているのは『007/慰めの報酬』。テレビを介して英米の銃と暴力もまたブータンに入ってきたというブラックユーモアだが、この食堂の店番をしている中学生くらいの女子がその後、壁のポスターをクレイグ・ボンドのものに貼り替える。なんでもないショットだがグッと来た。テレビもない田舎でつまらない毎日を送っているこの女子にとって『007/慰めの報酬』は初めての映画でクレイグ・ボンドは初めての映画スターだろう。その秘かな喜びと世界への開かれもまた、この映画で描かれるものの一つなのだ。

結局どんなものにも良い面もあれば悪い面もある。バカとハサミは使いようと言うがアメリカ文化と民主主義もまた使いようで、それを盲目的に信仰することではあまり良い結果に繋がらないんじゃないだろうか(それはもちろん王政や社会主義など他の政治体制・文化でも同じことだ)。なんと当たり前なと思うがこの当たり前を思考することができないのが残念ながら現在のアメリカ文化圏の一般的な人たちじゃないだろうか。そう考えればブータンというアメリカ文化圏外の国から現代アメリカをクレバーに批判するこの映画の意義は大きい。どこに着地するのかわからないふわふわしたストーリー、綿密に計算されたとぼけたユーモア、ちょっとの緊張感と祝祭的なラスト。田舎賛歌と思わせておいて田舎の貧しい現実も同時に映し出した『ブータン 山の教室』も良かったパオ・チョニン・ドルジの、またもや快作ですなこれは。

※それにしても銃を探す若い仏僧タンディン・ワンチュクの人を疑わないにも程がある善良さには笑わせられた。

Subscribe
Notify of
guest

5 Comments
Inline Feedbacks
View all comments
さるこ
さるこ
2025年1月23日 5:57 PM

こんにちは。
フリも風刺も効いていて、面白い映画でした。
結局みんな、ウィン、ウィン、ウィン…(幾つのウィン…)でしたのですよね笑。一番のワルは高僧様やん!
「リンカーンとJFK」の貴兄の補足はなるほど、と思いました。
アンティークの銃を案内するお兄ちゃんがTOKIOの国分くんにしか見えなくなってからそれに囚われ続けましたー。
民主主義とは何か、なんてガラにもなくかんがえてしまいましたよ。

さるこ
さるこ
Reply to  さわだ
2025年1月25日 4:26 PM

銃といえば、『神は銃弾』はご覧になられたかな?

さるこ
さるこ
Reply to  さわだ
2025年1月26日 10:54 AM

上映時間も長いですが、観たあと尾を引く時間も長い笑!私は続いて原作に突入してしまいました。
アメリカの闇と砂漠がお好きでしたら、是非!