のん可愛い映画『私にふさわしいホテル』感想文

《推定睡眠時間:0分》

奇才と呼ばれたのも今や昔、あれやこれやを経てすっかり現代日本映画界屈指の正統サスペンス映画の名手となった堤幸彦だが、コロナ禍には再び原点であるインディペンデント映画に回帰、変な舞台劇風映画をいろいろと撮っていたと堤幸彦の新作が出るたびに書いているが、そうか、あれは役者を撮る、役者に芝居をつける、そういう映画の基本の重要性を再認識するプロジェクトでもあったのだな堤幸彦にとってはと思ったりした『私にふさわしいホテル』はとにかく主演ののんが可愛い、のんが可愛い、のんが可愛い。

のんが演じるのはエゴ剥き出しで自分本位な売れない新人作家、自分が売れないのは才能や努力が足りないせいなんかじゃあなく文壇の大御所(滝藤賢一)が新人賞受賞作をボロカスに貶したからやろがいと難癖をつけて、売れるためにこの大御所にさまざまな妨害行為を仕掛けるわけだが、そんなプロットなどほとんどどうでもいいようなもの、見所といったらとにかくのんの芝居に尽きる。あんなシチュエーションこんなシチュエーションで元気ハツラツに表情も挙動も衣装も七変化ののん。そんなもんあんたギャグが多少スベってたってニコニコしちゃうじゃないの。

スターを観るための映画というのは最近の(ドラマの劇場版以外の)邦画ではめっきり減ったものだが、これはそんな中では貴重なスター映画。のんをどう魅力的に撮るか、のんの魅力をどう引き出すか、そこから逆算してシーンが作られているように見えるので、プロットは弱く盛り上がりどころもない。ついでに言えばユーモアのセンスは全体的に「楽しい空気」を楽しむ舞台劇的・喜劇的なものなので、昨今のコメディ映画のそれと違って爆発的に笑えるものでは全然ない。だがしかし、それがなんだという話なのである。だってこれはスター映画であり、元気でチャーミングなのんを観るための映画なんだから。観客の目をのんで奪わせることができたら見事に成功だ。他の要素はすべて副次的なものでしかなく、すべてはのんを魅力的に見せるために存在するんである。

こんな作劇は1950年代ぐらいまでのハリウッド映画では一般的だった。この映画では新人作家のんと大御所作家の滝藤賢一というライバルともバディともつかない二人がさまざまなシチュエーションで微笑ましい火花を散らし時には共闘して切磋琢磨するので、恋愛要素はないもののジャンル的にはスクリューボール・コメディとかになるだろうか。スクリューボール・コメディというのは基本は常識外れのはっちゃけた女優に男優が振り回されててんやわんやみたいなやつ。『パーム・ビーチ・ストーリー』とかね。

でそういうジャンルはハリウッドが斜陽期に入ってスター主義やスタジオシステムが衰退していくと自然消滅してしまった。ハリウッドが体制を立て直す1980年代後半ぐらいからはまたスターを前面に打ち出した映画が作られるようになったけれども、それはかつてのハリウッドのスター主義映画とはやはり異なるように思う。なんというか、もう少し多角的にというか、スターにしても一人じゃなくて複数スター共演だったり、単独スターの『ランボー 怒りの脱出』みたいな映画でも、スター以外にも爆発とか爆発とか爆発とか映像的な見所を多く仕込んで、より多くの観客を取り込む作劇を取るようになったんである。そしてそれは他の国でもまぁまぁ同じ感じである。

だからのんというスターたった一人の魅力に頼ったこの映画はとっても古臭い映画と言えるかもしれないのだが、見せ場を散らしてリスクヘッジしないという意味で非効率的なこうした作りに、俺は結構好感を持ってしまう。なんか潔いじゃないか。それに映画というものを信頼している感じがある。これがスクリューボール・コメディの範疇に入るとすればだが、変な捻りや演出上の飛び道具に頼ることなくジャンルをしっかり作り込むというのも、最近の映画監督にはかえってできないことだ。三谷幸喜なんかは1950年代ぐらいまでのハリウッド映画に憧れがあるので『THE 有頂天ホテル』みたいな映画でそれっぽいことをやろうとしているが、結局できてないもんな、自分のセンスが前に出過ぎて。

はたして堤幸彦がどこまでそのことに自覚的だったかはわからないけれども、そうした基本に帰れの映画作りは、のん演じる外面ばかりの新人作家が様々な奇矯な名前とペルソナを渡り歩いて最終的には自分の本名と本心に辿り着くというストーリー展開とも呼応する。そうと思えばこれは単純素朴と見えてなかなか立派な映画だったんではあるまいか…などと真面目腐る必要もまぁないか。のんが可愛い、のんと滝藤賢一の『トリック』コンビを思わせる掛け合いは楽しい(堤幸彦作品こういうの多いよな)、ちょっとしたシーンで光石研や今野浩喜が顔を出すサプライズは嬉しい、エンディング曲の奇妙礼太郎『夢暴ダンス』もイイ感じってわけで、肩肘張らずに気楽に観られる安心印の娯楽作だとおもいます。気楽すぎて刺激体験を求める人にはちょっと物足りないかもしれないけどなははは!

※ちなみにホテルはあんまり関係ない。

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