今の日本の公立小学校こんならしい映画『小学校 それは小さな社会』感想文

《推定睡眠時間:0分》

俺が観た回がそうだったのか観た映画館がそうだったのかはわからないが去年の暮れに観に行ったときはお客がせいぜい10人とかそこらだったので最近複数の情報筋からドキュメンタリーだしどうせ空いてるだろと思って映画館行ったら満席でびっくりしたという報告を受けて俺がびっくりしてしまった。想像するに製作にNHKが入っているからたぶん年末のNHK番組で取り上げられたとかしてそれでお客さんが急増したんではなかろうか。ともかく、『小学校 それは小さな社会』、詳しい事情はわからないが今アツい感じのドキュメンタリー映画の1本になっているらしい。

内容はというとコロナ禍2022年とかの一年間、カメラが世田谷区の公立校に潜入、おもに一年生と六年生の数人とその担任教師にスポットライトを当てたもの。小学校のドキュメンタリーではフランスの名匠ニコラ・フィリベールの『ぼくの好きな先生』が傑作でぼくの好きな映画なわけだが、『ぼくの好きな先生』は超田舎の超少人数学校という特殊な舞台であることは差っ引いて考える必要があるものの、国が違えば小学校もこんな風に違うんだなぁと思わされることしきり。というのも『小学校 それは小さな社会』を観てなくても日本の小学校に通った人なら大抵わかるのではないかと思うが、日本の小学校は生徒に結構細々とした「仕事」をさせる。対して『ぼくの好きな先生』に登場するフランスの田舎学校はそうしたことはさせず、日本の公立校に比べれば実にゆるゆるした感じなんである。

英語題が『The Making Of A Japanese』ということもあってこのへん観る人の教育観によってどう感じるか結構変わってくるだろうなーてなところ。俺個人の感想としてはなるほどよくできてるなと思った。はたしてそれがどのような教育理論に基づくものかは門外漢だからわからないが、掃除とか給食当番とか生きもの係とか生徒にさまざまな「仕事」を与えることは、生徒に自分はやろうと思えばできるんだという感覚を与えて、結果的に学習意欲を向上させるメタ教育的な側面があるように思えるし、また社会性を育む効果もあるように思える。

フランス式、あるいはアメリカ式の内発性に基づく自由教育はたしかに理想としてはそっちの方が良いように俺も感じるのだが、こうした自由教育は生徒個人の内発性に依存するものであるために生徒の文化資本の違いが出やすく、言い換えれば豊かな家庭の子供はどんどん自分から学んでいけるが貧しい家庭の子供はまず学び方がわからず学びの成功体験に乏しいので自分から学んでいけず、結果として出自に紐付いた教育格差を生んでしまうと同時に、その挫折体験から反社会感情や孤独感が生じるという難点もおそらくあるんじゃないだろうか。

あまり生徒個人の内発性を重視しない、そのためにややもすれば画一的で非人間的に感じられる日本の小学校のこうしたメタ教育システムは、どちらかといえば抑圧的だとして従来批判されることが多かったように感じるが、この映画の場合は一年生と六年生の行動を対比的に描くこと(一年生は自分から何かをする能力に乏しいが、六年生は自分から学習に打ち込むことができるという感じ)でメタ教育をどちらかといえば肯定的に捉えているように見えるのがちょっと独特なところ。そう見えるのは俺がそのような教育観を持っているためかもしれないが、いずれにしても、日本の公立小学校のメタ教育をこの映画は一面的に批判するわけでも賞賛するわけでもなく、あくまでも多角的に評価しようとする点、なかなかクレバーである(そのため個人の内発性ではなく同質性に依拠する日本式の小学校教育は高い教育効果があるものの、イジメの温床ともなり得るとの教育学者による警句も差し挟まれている)

それにしてもこの映画に出てくるのは2022年ということで公立小学校も黙食(すでに死語)やリモート授業を実施するなどなかなか大変、このへん他の場面に比べれば物珍しさがあってドキュメンタリーとして面白いところだったかもしれない。小学校の給食といったらガヤガヤギャーギャーの記憶しかないからなぁ。あと先生がなんだかんだみんなかなり丁寧。カメラが入ってるためというのももちろんあるだろうしなにも全国の公立小学校すべてがこんな風でもないとは思うが、今の小学校の先生はこんなに丁寧に生徒と接してるんか。

そりゃ丁寧といっても怒る場面では怒るわけだが、ちゃんと自分をコントロールしてあくまでも教育の一環として芝居的に怒っているので、感情的に怒鳴り散らすとかはない。主観的な記憶でいえば俺が小学生の頃はこんなに先生ちゃんとしてなかったと思うぞ。てかこんなに熱心に教育されてなかったと思う。わりと放置。ほっときゃ育つだろ雑草みたいなもんで、みたいな感じじゃなかっただろうか。それはそれでのびのびできていたかもしれないので、どちらが生徒にとって好ましいことなのか、わりと難しいところである。

なにせ日本の公立校のドキュメンタリーであるから通ったのは数十年前とはいえ俺の目には新味と感じられるところは少なかったのだが、日本の小学校教育を今こうやって改めて俯瞰してみるといろいろ発見もあって面白い。もちろん小学校が舞台であるから子供の姿もサイコーに面白かった。一年生ゆうたろうくんが折り紙の授業の中で放つ「お前らが俺に押しつけるから俺の仕事が終わらねぇだろ!」の言葉にはツイッターで仕事の愚痴をこぼす大人がダブりすぎて爆笑させられ、同じく一年生あやめちゃんのいつも半泣きの表情には泣かないでよ~とこっちが泣きそうになり、なんやかんやあった後に超絶喜びながら叫ぶ「できた!」には涙腺決壊。いやぁ、子供って面白いものですねぇ、どうぶつみたいで。

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