《推定睡眠時間:3分》
昔のハリウッド映画などを観ると車を運転しながら会話なんかしているシーンで背景が合成丸出し、知っているかもしれないがこれはスクリーン・プロセスという手法を使っているためで、スタジオに車窓風景を映す大きなスクリーンを設置し、その前には撮影用の車を設置して役者を乗せることで、あたかも車を運転しているかのように見せる、これがスクリーン・プロセスというもの。
実はこれ現代の映画でも結構使われている手法らしいのだが、今の技術はかなり進歩しているので、たとえスクリーン・プロセスを用いてスタジオ内で車内シーンを撮影してもパッと見とてもそうとはわからない。普通はそうなのである。だから『オークション 盗まれたエゴン・シーレ』の車内シーンを見てエッと思った。エッ…車内は普通だけど車窓風景はなんかコマ送りみたいになってるじゃん…。これはおそらくカメラとスクリーンに投影された車窓風景のフレームレート(秒間のコマ数)の違いによって生じた撮影ミスではないかと思うのだが、1シーンだけではなくこの映画に出てくる車内シーンはすべてそうなっていたので、ちょっとこれはどういうことなのかと思う。
そりゃめちゃくちゃお金がかかっている映画には見えないがインディーズというわけではなくれっきとした商業映画だし、監督のパスカル・ボニゼールはジャック・リヴェット作品の多くで脚本を執筆したちょっとした大御所、ついでに言えば映画の国フランスで2023年に公開された最近の映画である。仮にこれが演出ではなく撮影ミスであるとすればだが、フレームレートの違いとかいう初歩的なミスなんか起きそうにないし、だいたい起こったとしても現場でも編集室でも試写室でも誰かしら気付かないわけがない。いやだってすごい目立ってコマ送りなんだもん車窓風景。
いったいどうしてこんなことになったのだろうか。もしかして撮影ミスには途中で気付いたけど監督が前衛派のリヴェットと映画作ってた人だから「逆に車内の車外の映像のズレがアート市場という虚実の世界を表しているようでいいじゃないか笑」みたいな感じであえてそのまま採用してしまったのだろうか。たしかに黒沢清のようにスクリーン・プロセス見え見えのいかにもウソっぽい画面をわざと作る監督もいるが…事実はどうあれ、あの車内と車外でコマのズレた車内シーンは映画に何のプラスにもなっていなかったと思う。それどころか安っぽさを増幅させるマイナス効果を発揮していたんじゃないだろうか。
エゴン・シーレの絵が出てくるオークションの映画と聞けばなんだか高級そうな印象を受けるのだが、実際に観てみれば内容はなんか池井戸潤のお仕事小説みたいな俗っぽいやつ。夜勤の工場労働者30歳が家でエゴン・シーレの失われたとされる絵っぽいものを発見。よくわからんがとりあえず買ってくれそうな会社に相談するかと主人公の働く競売会社で連絡したところ…みたいなお話なのだが、わりとすべての面でヌルいというか、日本のテレビドラマのちょっとシリアスめなやつと同じぐらいな細部の詰め方で、展開にしても登場人物にしてもベタでかつ雑。なにかこうもっとえげつない駆け引きとか葛藤とかが競売かつ失われた絵という題材ゆえゴチャゴチャとありそうな気がしたのだが、この映画そういうものがほとんどない。
ニューヨークのオフィスという設定の場面ではそこがニューヨークであることを客にわからせるためだけにニューヨークの風景を背景に入れるとか素人じみた構図が乱発されるのは監督としての経験の浅さから来るものかと一応納得できなくもないが、脚本が本業のはずのパスカル・ボニゼールがクレジットされているのに脚本まで下手なのはわりと意味がわからない。一例としては競売会社で働く主人公と父親のワケアリな関係性で、これがエゴン・シーレを巡る競売の物語にどう絡んでくるのかなと思っていたら、とくに絡んでこなかった! つまりこれはとりあえずキャラクターを立たせるためだけの設定なんである。テレビドラマならまだわかるが業界歴ウン十年のフランスの映画脚本家が現代の映画でそれをやるかね…? そこに例の車内シーンなんかが入ってくるものだからかなり安い映画に感じられてしまうんである。
そりゃまぁいくらフランスが映画大国といっても当然ピンキリで、安い映画があること自体はおかしくないのだが、普通はそういうのって日本に入って来ない。『劇場版 ドクターX』がいくら日本ではヒットしたとしてもフランスの映画館で上映されることが相当考えにくいのとおんなじである。ホラーとかアクションとかのジャンル映画なら安い映画でも日本に入ってくることは結構あるだろうが…これみたいなドラマ映画の安いやつが普通に入ってきて一般劇場公開というのはかなり珍しいケースなんじゃないだろうか? しかも東京での上映館は以前はハイソタウン松濤に立地していた渋谷でもっとも品位ある映画館ル・シネマである…なんで?
上映時間は今どきたったの91分だし勧善懲悪のハッピーエンドだし複雑な展開や設定もないので気軽に楽しめるテレビドラマ的な娯楽作としては悪くないとは思う。池井戸潤の『シャイロックの子供たち』みたいな感じかなぁ(でもこれと比べたら『シャイロックの子供たち』の方がもっとリアルでもっと深い映画になってたと思う)。だから別に悪い映画とは思わないですけど、とにかくいろいろと思ったより安くてエッてなっちゃったんである。あとエゴン・シーレの絵とかは大してフィーチャーされてなかったですしエゴン・シーレである必然性も別になかったです。