君もトランプになれる映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』感想文

《推定睡眠時間:0分》

サブタイトルの『ドナルド・トランプの創り方』は邦題オリジナルだがこれはなかなか言い得て妙、いっそのこと原題も『How to Make a Donald Trump』とかにすれば良かったんじゃないかと思うほどである。というのもドナルド・トランプは別段スペシャルな人間ではないということを示すのがこの映画だから。条件さえ整えて何個体か実験台にしてみれば一個体ぐらいはドナルド・トランプに成長するのだ。なんだかIPS細胞みたいですね。なお残りの個体は破産するか逮捕されるか恨みを買ってボコられるなどして全滅します。

さて舞台は現代から遡りまして1974年、ニクソン退任のその年(実際にそうかは知らないがこの映画の中ではそういうことになっていた)、とくに趣味とか目的とかなく親父の金だけ持て余して空虚な日々を送っていたヤング・トランプはニューヨークの金持ちクラブに親父のツテかなんかで入れてもらいます。そこで出会ったのがかつてマッカーシーの右腕として赤狩りで大活躍した弁護士ロイ・コーン。とくに趣味とか目的とかないがなんとなく有名になりたいという下北沢の喫茶店でバイトしてるバンドマンみたいなトランプがコーンをドラえもん代わりにしようとしたところ、コーン面白がっていろいろ悪知恵を仕込んでやる。困った時にはドラえコ~ンなんとかしてよ~と叫べばなんでも解決。かくしてトランプは無駄に図に乗って立派なロクデナシへと成長していくのであった。そうならないよう各話でちゃんとドラえもんのひみつ道具を悪用するのび太にしっぺ返しを食らわせるF先生は誠に人格者であった。

基本的な作りはオリバー・ストーンが監督したジョージ・W・ブッシュの伝記映画『ブッシュ』とだいたい同じ。父ブッシュ(元大統領)の存在にいつもどこか怯えて何者にもなれない弱い自分に劣等感を感じていた内気なヤング・ブッシュであったが大学で悪名高き友愛会(サークルの学生ノリを三倍キツくしたやつ)に入ってマッチョ仕草を学び、そんな経験ないのに選挙のイメージ戦略でテキサスのタフなカウボーイみたいなのを演じてたらなんだかだんだんそんな気持ちになってきちゃった。こうしてあれよあれよというまに合衆国大統領の座にまで上り詰めた凡人ブッシュは共和党のタカ派右翼としてイラク戦争などを起こすことになるわけだが、なんだかんだいって政治家のコスプレを剥ぎ取れば内気で劣等感を抱えたそこらへんのアメリカ人でしかないので、内心では「なんか野球とかだけして静かに暮らしたいなぁ…」とか思ったりしているのだった。

ゴリゴリの左派として知られる(ゴリゴリすぎて陰謀論に傾倒しがち)ストーンの監督作なのにブッシュに同情すら寄せているように見える『ブッシュ』はちょっと意外な映画だったのだが、もしかすると『アプレンティス』を観た人も同じような意外の観を覚えるかもしれない。なにせトランプといえば狂人とまで呼ばれることもある、おそらく合衆国史上もっとも激烈なヘイトを集めている大統領である。それをこんな単なる金持ちのボンボンとして描いちゃって拍子抜け…と思われるかもしれないが、しかしこのアプローチの方がスキャンダラスなエピソード満載の暴露本とかみたいなやつよりもトランプの実態に迫れているかもしれない。

一般的にトランプがどんな政治家と思われているかはわからないが、映画の終盤に登場するトランプの雇った伝記記者が「オリジナルなエピソードが少なすぎてこれじゃ書けないっすよ」とこぼすように、トランプに独自の思想とか世界観は無いと見るのはおそらく妥当である。映画が始まる1974年はアメリカと共和党が新自由主義に舵を取りはじめた時期。様々な規制緩和や国有事業の民営化などを行うことでいわゆる「小さな政府」を作り、財政規律の維持と市場の活性化を目指すのが新自由主義で、まぁ詳しくはデヴィッド・ハーヴェイの『新自由主義 その歴史的展開と現在』などを読んでいただきたいが、要するにみんなが困っても政府はなんもしないよ~んみんな自力でがんばってお金持ちになってね~んという体制である。

その後トマ・ピケティの本でも話題になったがこうした市場原理主義のもとでは所得格差は大きくなり、貧乏人の貧乏度合いは変わらないが金持ちは今までよりももっと金持ちになるという現象が起こる。その行き着く先が新内戦も囁かれるほどの今のアメリカの惨状だが、まぁそれはいいとして、この新自由主義がアメリカを浸食し始めたその時期がちょうどトランプがなんちゃらホテルとかなんちゃらタワーとかを次々と建てて不動産王(とかいうおそらくメディアのつけた中身のない異名)の階段を上り始めた時期なのであった。

アメリカで新自由主義が本格化するのは1981年からのレーガン(共和党)政権下においてのことだが、トランプといえばのスローガン「めいくあめりかぐれーとあげいん」も元々はレーガンのキャッチフレーズであり、そのことはトランプがレーガン以降の共和党の新自由主義路線を踏襲しているに過ぎないことを端的に示している。新自由主義と福音派(キリスト教プロテスタント右派)等々さまざまな傍流右派がお互いの利害の一致により保守連合として結びついたのもレーガン時代のこと。日本でも自民党と公明党という一見して全然相成れなさそうな政党が連立政権を組んでいるが、同じようなことがこの頃のアメリカというか共和党内で起こり、それが今でも続いているわけである。

だからトランプの公約を見ればたとえば金持ち減税などは新自由主義者の求める基本的な政策であり(新自由主義の理論では金持ちを優遇した方が経済回るということにされている)、他方で中絶の反対や性的マイノリティに対する援助の削減などは福音派ほか宗教右派の求める政策というわけで、これは息子ブッシュ(共和党)もほとんど同じことをやっていた。息子ブッシュとトランプの違いといったらキャラ立ちの強さぐらいでしかない。トランプは目立つ。言い換えれば、単に目立ってるだけで政治家としての中身はぜんぜんないんである。

『アプレンティス』は丁寧に見ればそのようなトランプ批評が読み取れる映画である。ただこれは観る側(俺)がある程度自分で補完してるところもあり、政治家トランプを生み出した社会的な背景(ニューヨークの財政危機とか。その後ニューヨーク市は新自由主義に基づく緊縮財政路線を取ることになる)の掘り下げは深くない。主に描かれるのはロイ・コーンとの愛憎半ばする師弟関係であり、そういう話だとわかりやすくて面白いといえばそうかもしれないが、ちょっと安易。1970年代のシーンはフィルム画質で粒子が立ち1980年代のシーンになるとビデオ画質になるというその時代その時代をメディアの違いで表現するという映像遊びは面白いし、当時のヒットチャート垂れ流しみたいなBGMもアゲアゲで楽しいのだが、まぁでもこれも安易だな。とにかく大統領選挙までに完成させて公開せな! 的な納期ありき映画という感じで、安普請とまでは言わなくとも、低予算映画的な誤魔化しの手法が目立つ映画ではある。

もっとも、その安っぽさ薄っぺらさはドナルド・トランプという安っぽく薄っぺらい人物を描くには適切と言えないでもない。見た目はなんかチャカチャカして面白いけど中を覗いてみるとなんもない(お腹空いたとかテレビ観たいなとかそれぐらいはあるだろうが)。それがトランプだしトランプを描いたこの映画じゃないだろうか。役者ではトランプ役セバスチャン・スタンはヤング・トランプから今のあの感じのトランプの顔まで演じ分けて見事だったが、ロイ・コーンを演じたジェレミー・ストロングのつるっとした気持ち悪さが出色。

※コーンがトランプに叩き込む勝利のための三原則が面白い。1、攻撃・攻撃・攻撃。2、絶対に自分の非を認めるな。3、常に勝利宣言をしていろ。わぁ、なんだかツイッターの人たちみたい!

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にかいどう
にかいどう
2025年1月27日 5:44 AM

実のお父さんや、新しいお父さん(コーン)も中年期まではイケイケなのに、老いたり病気をしたりすると突然普通の人間みたいな感情が生まれるのも面白かったです。