掘り出し物ノワール映画『シンパシー・フォー・ザ・デビル』感想文

《推定睡眠時間:1分》

ニコラス・ケイジが出てるということ以外ろくに知らないで観に行ったら舞台がラスベガスだったのでニコラス・ケイジとラスベガス! と高揚。誰が言ったか「ハリウッドで一番ラスベガスが似合う男」ニコラス・ケイジ。代表作『リービング・ラスベガス』はもちろんラスベガスの売れないマジシャンを演じた『NEXT』、ラスベガスの汚職警官を演じた『ダーティー・コップ』、ラスベガスが出てきたかどうかは覚えていないがラスベガスっぽい服装はしていたしラスベガスっぽい展開だった『ワイルド・アット・ハート』など、言われてみればたしかにニコラス・ケイジ出演作におけるラスベガス率は謎に高い。やはり本人もラスベガスに思い入れがあるのかこの映画では出演だけではなく製作も兼任、ラスベガス柄のジャケットに赤く染めたソフトモヒカンというラスベガスな出で立ちで登場と気合いが入っているのであった。

しかし映画の内容の方はラスベガス的ギラギラ感とはほとんど無縁である。難産の妻の待つラスベガスの病院へ向かう主人公ジョエル・キナマンであったがその途中で銃を持ったニコラス・ケイジに車に乗り込まれてしまう。クスリでもキメてんのか不可解な言動のニコラス・ケイジに動揺しつつも銃持ってるから逆らえないし、とりあえず命令通りニコラス・ケイジとドライブすることになるキナマン。はたして妻のお産には間に合うのだろうか、そしてこのヤバいニコラス・ケイジは何が目的の何者なのであろうか…という内容の、一言で言えばB級ノワールである。

厳密に言えばこのニコラス・ケイジはヒッチハイカーではないのだがアメリカにはヤバいヒッチハイカーを車に乗せちゃって大変というノワールが古くからある。アイダ・ルピノの『ヒッチ・ハイカー』、エドガー・G・ウルマーの『恐怖のまわり道』あたりを嚆矢として、ルトガー・ハウアーが正体不明の怪人ヒッチハイカーを演じた『ヒッチャー』、その脚本家エリック・レッドによるもう一つのドライブ・ノワールの秀作『ジャッカー』、こちらはヒッチハイクではなくタクシーなのだが殺し屋トム・クルーズを乗せちゃったばっかりに壮絶な巻き込まれ不運に見舞われる『コラテラル』などへと続く。今映画館でやってる『ドライブ・イン・マンハッタン』はたまたま乗ったタクシーで運転手と話したらその運転手がめっちゃ良いやつだったというヒューマンドラマらしいが、やべぇやつを車に乗せた、やべぇやつの車に乗ったというお話の方がアメリカでは圧倒的に需要があるらしい。やっぱ車社会でかつ銃社会だからかな。

ともかくそんなわけでこれもまたやべぇやつとドライブする映画の最新版、おそらくこの手の映画がアメリカでよく作られるのはだいたいのシーンを車の中で撮ればいいからセットとか作るお金がかからず低予算で済むためで、この映画も借金完済後のニコラス・ケイジ出演作にもかかわらず車の中のほかはラスベガス郊外のうらぶれた深夜のダイナーぐらいしか出てこないという目に見えてわかる低予算ぷり。そのため映画の面白さのだいたいを占めるのはラスベガスに放たれて水を得た魚状態のニコラス・ケイジの怪演である。神経質なのかなんなのかよくわからないがこだわりが異常に強くキレると人殺しにためらいのまったくないラスベガスの狂人。すぐ大声を出すし急に要領を得ない話をし始めるし一見エキセントリックなのだがよく話を聞けばなにやら一貫したこの人なりの理屈のようなものはある、ただその理屈が常人には読めないので結局ヤバイ人にしか見えないという恐さが絶妙だ。

あれほどネチっこくはないものの『ブルータル・ジャスティス』などのS・クレイグ・ザラー監督作を思わせる乾いたバイオレンス描写もまた印象的で、ニコラス・ケイジが無表情で死体を損壊する無情やふざけていたかと思えば急に人をぶっ殺し始めたりの転調には監督ユヴァル・アドラーの才気が感じられる。90分の映画とはいえ上映時間の大半が車の中での会話劇となるとさすがに間が持たないような気もするが、そのへんニコラス・ケイジの怪演と突然始まり一度始まると容赦の無いバイオレンスの緊張感でギリ持たせているという映画なんである。ドローンサウンド的な劇判は渋く挿入歌もセンスが良くて心地よいので、派手な映画を求める人には向かないにしても、こういうのB級ノワールが好きな人にはグッとくるんじゃないでしょうか(俺など)

ところで、この映画の舞台がラスベガスなのはたぶんきっとハイウェイから見えるラスベガスのギラギラ夜景がノワールっぽくてカッコいいというだけの理由じゃない。砂漠に浮かぶ蜃気楼の如しラスベガスはある意味でもうひとつのディズニーランド、誰もがそこに入れば現実とは違う自分を演じることのできる虚構の都だ。なぜそれがこの映画、この物語に必要とされたのかは実際に観てもらうしかないわけだが、理由に気付けば実はなかなか巧いことをやっている映画だったとわかってニヤリとできるんじゃないだろうか。ラスベガス、ニコラス・ケイジ、車と銃とそしてダイナー。まったく期待せずなんとなく観たら掘り出し物を見つけた気分になって嬉しくなる、これはそんな良きノワール小品。

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匿名さん
匿名さん
2025年3月6日 1:47 PM

「マヤの秘密」と同じ監督で、奇しくもどちらもジョエル・キナマンが可哀想な目にあいつつ、実は…というキャラクターなので、監督がすごいジョエル・キナマンが好きなのかな、とか思ってしまいました。
ニコラス・ケイジの演技を楽しみに来たら、可哀想なジョエル・キナマンも付いてきてお得な映画だ!