落語的SF映画『知らないカノジョ』感想文

《推定睡眠時間:0分》

さっき今週の国内映画興行収入ランキングを見たら塚原あゆ子監督、坂元裕二脚本の『1ST KISS ファーストキス』が一度は3位ぐらいまで落ちてたのに目立った新作ビッグタイトルがなかったのか公開たぶん3週目とかにして首位に返り咲いており、まったく日本の観客はこういうの好きですな~とか思ってしまった。こういうのとは夫婦を主人公にした恋愛SFである。『1ST KISS ファーストキス』は離婚直前に夫に事故死された妻がなんか急に夫への愛が戻ってきちゃって夫が死なないように何度も過去に戻ってやり直すという時間SF。そしてこの『知らないカノジョ』は2019年のフランス映画『ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから』をキラキラ映画の名匠・三木孝浩がリメイクした、こちらもやはりうまくいってない夫婦のパラレルワールドSFなのだ。

ラノベ出版を夢見る主人公のラノベバカ(中島健人)はこんなやつが大成するわけないわなと思いきや学内で出会ったこっちは大成しそうな歌手志望(milet)と付き合いはじめたら創作活動に力が入って一躍売れっ子作家となってしまう。さっさと結婚して広い家買って順風満帆、とラノベバカの方は思っていたが妻は音楽活動がうまくいかず人生の進路を見失いつつあった。片や大成功、片やプロの土台にすら上がられていない。次第に夫婦はすれ違うようになって売れっ子化したことで傲岸不遜な嫌な奴に成り果てたラノベバカは妻に冷たく当たるようになる死ね。とそんなある日、スーパームーンだかなんだか知らないがデカくて赤い月が夜空に上った。そしてラノベバカが目覚めると、そこはラノベバカが妻と出会わなかった世界であった…。

同じ時期に同じような映画が2本も公開されて2本も大ヒットというのはちょっと面白い話である。展開は当然違うのだが実はこの2本どちらも妻に冷たくしていた夫がいろいろあって反省して良夫になるという構造は同じ。なんだか中国故事のようなベタい教訓感なのだが、こういう映画が連続大ヒットということはよほど日本中の妻の人たちは夫に不満があるのだろうか。それでいてさっさと夫と別れて新たな人生をみたいな展開にはならないあたりが日本っぽい感じである。まぁ惚気なのかもしれんやね。夫婦で観に行って妻のほうが「私がいなくなったらどうする~ケイスケ(仮名)があんまり冷たくすると出てっちゃうかもよ~」で夫のほうが「え、そんな、やめてよ…ケイコ(仮名)がいなくなったらイヤだ…そうか、そんなに俺冷たかったか…ごめんね」「うっそだよ~。でもありがと、そう言ってくれて」「だって、ケイコは僕の大事な人だから」…うるせぇ!

そんな茶番はともかくとして、ハリウッド的なスペースオペラとかは作れない日本だが予算のかからない時間SFや小規模なパラレルワールドSFなら結構昔から佳作が多い。近年でも『ORANGE オレンジ』『僕は明日、昨日のきみとデートする』など意外にもというかキラキラ映画で恋愛時間SFの面白いやつがコンスタントに作られているし、キラキラ映画出身の本作監督・三木孝浩も日本では不動の人気を誇るハインラインの時間SF定番作を映画化した『夏への扉 キミのいる未来へ』を監督して、無謀と思われたがわりと手堅くまとめ上げていた。

ということでこの『知らないカノジョ』も実に手堅い。miletの歌曲を流しながら主人公二人の出会いから結婚、夫の大成功と妻の挫折を流れるように見せていくタイトルバックからしてまったく快調、その後も無駄を挟まずアップテンポで次々とまぁまぁ意外な展開を重ねていくのが気持ちいいのだが、そこまで本格的なSFという感じではなく『ファーストキス』同様にSF事象に巻き込まれた主人公の行動を面白おかしく見せる、ユーモアに重きが置かれている点が職人仕事を感じさせるところである(このへんオリジナル版との相違点かもしれない)

そのユーモアの屋台骨となっているのがラノベバカの親友を演じた桐谷健太。桐谷健太といえば北野武監督作『アウトレイジ ビヨンド』に出演し北野武原作の純愛小説(!)『アナログ』の映画版でも浜野謙太と共に主人公の親友を演じていた、ある意味現代のたけし軍団のような役者である。『アナログ』の方はたけし原作というだけで映画版にたけしは関わっていないはずなのだが主演・二宮和也に「お前は落語をやれよ。芝浜をやれよ」とたけし風のアドリブをかまして笑わせていたし、『知らカノ』でも「いや~ホントすいませんねぇ。私からも怒っときますから。バカヤロウ」とおどけてラノベバカを小突くシーンはたけしのパロディのようである。なんなんだこいつは。こいつはとか言うな。とにかく、なぜかたけし感を帯びた桐谷健太が巧く、クドい芝居で笑わせながらも時折この人はこの人で人生いろいろあったんだなぁとしみじみさせる硬軟の使い分けも見事であった。

そして忘れてはいけないのがmiletの存在感。実はこれを観るまで存在すら知らなかった人だが、本業は歌手とあって歌唱シーンにはとても説得力があったし、普段はうだつの上がらない感じの人(にしてはアイドルフェイスすぎるが)がステージに立って歌い出すと一気に迫力が出るというそのギャップが、別に歌がテーマの映画というわけではないのだが、やはりイイ、こういうのはグッと来る。ちなみに劇中のアリーナライブとかのシーンは実際のmiletのライブ映像を流用しているらしい。なるほど! それならエキストラ大量に集めてライブシーン撮る必要ないもんな! そのへんもまたキラキラ映画の低予算現場で鍛え上げられた三木孝浩の、限られた予算で最大の効果を上げる職人的演出術かもしれない。

別に大した話ではなくサラッと終わってすぐに忘れるタイプのB級といっていいような恋愛SFだが、2時間とにかく楽しく見せるというその志は立派。miletの歌は良いし八嶋智人や野間口徹といったバイプレーヤーのワンポイント起用もうまく効いて、わりとこれは娯楽映画としてケチをつけるところがない優良作じゃあないだろか。なんというか、落語のような映画だね。

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