絵を描くってたのしいな映画『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』感想文

《推定睡眠時間:30分》

本編前の予告編で今年の映画クレヨンしんちゃんがやっててそれ見てたらしんちゃんがゾウさんゾウさんと言いながら股の間から腕を出してた。こんなことを言うのも今更に過ぎる話なのかもしれないがやはりこういうのを見る度に悲しい気分になる。しんちゃんのゾウさんゾウさんといえば、最新世代のヤングたちは知らないかもしれないが、かつてはしんちゃんが丸出しのこどもチンチンをゾウさんの鼻に見立てて振るという品性ゼロのネタであった。しかしコンプライアンスや児童ポルノに厳しい昨今、幼稚園児とはいえチンチンをモロ出しにすることは誰かに問題視されてしまい、いつしかゾウさんネタはクレヨンしんちゃんから消えた…そして久々に復活したかと思えばチンは出さずに股の間から腕を出すネタへと歴史修正されていたのである。

今後はこれがしんちゃんのゾウさんゾウさんネタとして定着するのだろうか。そうとすればいよいよ本格的に映画クレヨンしんちゃんは俺の知らないアニメになっていく。それを世間のキッズたちが楽しんでいるのであれば、これはもうしんちゃんにはチンチンを出して欲しい老兵など完全に頭のおかしい異常者であるから黙って去るしかないのかもしれない。いきなりチンチンの話などしていったいなんのつもりかとみなさん呆れておられるかもしれませんが要はそれが今年の映画ドラえもんに俺が感じたことなのであった。

まーとにかくこの『絵世界物語』、評判が大変によく、昨年の『地球交響楽』も評判は上々だったが体感的にはそれを超える大好評、映画ドラえもんの中で一番とまで語る人もインターネットには一人や二人ではない。いったいなぜそこまで好評なのか。おそらく絵がテーマというだけあってアニメーションが面白く美しいというのが一つ。実は映画ドラえもんはとくに『創世日記』『夢幻三剣士』などF先生晩年の作品でひそかに見事な背景美術を見せていたりもしたのだが(あまり言われないが旧映画ドラえもんの大半を手掛けた芝山努監督は日本アニメ界の巨匠なのだ)、今回はそれをどーんと誰の目にもわかるように提示した。イギリス風景画風の自然描写を基調にさまざまな西洋絵画や日本画の技法を取り入れているので目が飽きず、終盤のドラゴンとの戦いもジャンプ系アニメに引けを取らない迫力あるタッチとくれば、純粋に楽しいじゃあないか。

完全なる憶測でしかない好評の理由のふたつめは密度の高いシナリオである。昨年の『地球交響楽』も俺の感覚からすれば詰め込みすぎのきらいがあったが今年は更に展開に隙間がない。次から次へと何かが起こり新しいひみつどうぐが飛び出しゲストキャラも続々登場して中盤以降はジェットコースター展開、ゲストキャラとのび太たちが出会うだけの場面(工事現場のところ)でも無駄なアクション&サスペンスが用意されているぐらいで、機関銃のような台詞の応酬(大して面白いものではなくほとんどは説明台詞なのだが)も相まって目が回ってしまいそうである。こうした情報過多の情緒と行間のない映画の方が、おそらくSNSに常接されて常に新しい情報を目から耳から浴びている今の人には受け入れられやすいんだろう。

もしこれが映画ドラえもんじゃないオリジナル作品だったら俺もわりと素直に面白いやんけと思えたと思う。しかしこれは映画ドラえもんである。じゃあなにが気に食わんのやといえば、演出はまぁいいとしてやはりシナリオなのだ。それというのも映画ドラえもんはF先生存命の頃は『パラレル西遊記』を除いてF先生が原作大長編と脚本(これは便宜的なクレジットなのかそれとも実際にF先生が台本を書いていたのかちょっと不明なのだが)を書いていたので、その頃の映画ドラえもんに強い思い入れのある俺からすれば、映画ドラえもんはなによりもF先生の該博な知識に裏打ちされた見事なストーリーテリングと深い思索を観る「SFアニメ」なんである。

絵の中に入り込めるひみつどうぐに端を発する『絵世界物語』は同じような効果を持つ「絵本入り込み靴」がキーアイテムになるF先生存命時の映画ドラえもん『ドラビアンナイト』とパラレルな関係にある。そのためこの二作を比べてみれば、F先生の映画ドラえもんにあって『絵世界物語』というか今の映画ドラえもんにないものが見えてくる。仔細に分析すればそのリストは長大な論文になってしまうわけだが、大きなところでいえばセンス・オブ・ワンダーであるとか、あるいは「夢」ということになるんじゃないだろうか。

『ドラビアンナイト』は作品の核に「絵本の中に入れたら楽しいな」という子供の夢がある。だから「絵本入り込み靴」で様々な絵本の世界に入る場面から物語が回り始める。翻って『絵世界物語』にこれがあったかと言えば、実はこれも同じように様々な絵の中に入る(入っていた)場面から始まるのだが、そのシーンは設定の説明としてあるだけで、『ドラビアンナイト』のように絵の中に入るという夢の楽しさは少しも無い。また別のシーンを見てみよう。『ドラビアンナイト』には「シンドバッドのぼうけん」の絵本に入っていたはずがいつの間にか現実の過去のアラビアンナイトの世界に入ってしまうという描写があり、物語の中盤には逆に現実の過去の世界からアラビアンナイトの物語世界に入っていくという場面がある。これも同様の場面が『絵世界物語』にあるのだが、『ドラビアンナイト』において現実と虚構の境はどこにあるのかという哲学的でも史学的でもある問いかけも秘めていたこのセンス・オブ・ワンダーは、『絵世界物語』のそれにはない。絵の世界から現実の過去の世界へと入り込む場面は、ここでも単なる設定でしかないのである。

おそらくこうした違いはやや抽象的に言えばシナリオの骨に関係するのではないかと思う。F先生の映画ドラえもんにはシナリオに骨があった。「もしもこうなったら…」という大きな空想から物語を膨らませ、そこから現実の社会問題や哲学的な問いかけ、あるいは人間の成長や戦争の悲劇といった普遍的なテーマへと発展させていく。その歯車となるのがお馴染みのキャラクターたちであった。F先生のドラえもんでは各キャラクターの性格分けが明確で、そこから外れた行動は誰もしない。ある状況に対して「ジャイアンならこうするな、のび太ならこうするな」という不変のお約束があるからこそ、F先生の映画ドラえもんにはちょっとしたやりとりに落語や漫才のような可笑しみがあったし、そのお約束から外れた行動を取るときには強いドラマが生まれた。「もしもこうなったら…」の空想がF先生のシナリオの背骨なら、「ジャイアンならこうするな、のび太ならこうするな」はあばら骨といったところで、この縦横の骨が無駄なく組み合わさって一つの有機体となり、あの魔法のようなストーリーテリングとなっていたんである。

そうした骨の何か一つでも『絵世界物語』にあっただろうか? と思う。キャラクターの性格分けはあるところでは極端に強調されたかと思えばあるところではひどく曖昧であるし、絵の中に入るという発想を維持したまま物語が発展することはなく、いつしかドラゴンとのバトルだとか絵の中に入る行為とは何の関係も無い表面的な楽しさにスライドしてしまう。それに、子供向けアニメだからといえばそれまでかもしれないが、このアートリアという13世紀の幻の公国らしい舞台がファンタジーなのかSFなのかハッキリさせていただきたい。設定上は消滅して歴史に残されなかったということらしいが、古代ならともかく13世紀のそれなりに栄えた公国が歴史から完全に忘却されるとは考えにくい。だからファンタジーかと思ったのにラストはSFオチなんである。いや、別にジャンル論の話をしたいわけじゃない。そういうところがいい加減すぎませんか、歴史オタクのF先生だったらそんな雑な設定はしなかったでしょうと、そういうことが言いたいのである…!

もっとも、映画ドラえもんが緻密なシナリオのジュブナイルSFから面白けりゃなんでもいいじゃん的なゆるいファンタジーへと舵を切ったのは最近の話ではなく、F先生死後の旧ドラ後期には既にその路線の決定打といえる『太陽王伝説』『ふしぎ風使い』などが作られていた。これはいずれもひみつどうぐ無しで魔法が使えたり魔物が出てきたりするファンタジーの国が舞台なのだが、そのご都合主義は不満に思われるどころか逆に多くの観客に好意的に受け入れられたようで、今でも映画ドラえもん人気投票などをやるとこの二作は結構上位にランクインしたりする。もう二十年も前から映画ドラえもんは緻密なシナリオに唸らされるジュブナイルSFの傑作ではなく、なんかいろんな派手なものとかカワイイものが出てきて最後は泣ける楽しい暇つぶしファンタジーだったんである。まぁ大抵の観客たちにとっては。

こうしたF先生死後の旧ドラ後期作品に連なる『絵世界物語』はなにやら賑やかなので楽しめる映画ではあると思うのだが、まぁしかしね、そりゃ世代差とかもあるとは言ってもこういう映画が傑作傑作と安易に言われてるとだな、おめーら映画ドラえもんを舐めすぎだろってなもんで、文句の一つも言いたくなるんである。でもそうなるんだったら俺はもう映画ドラえもんの新作からは離れるべきかもしれないな。いつの時代も子供たちのためにあるのが映画ドラえもんであろうから、俺みたいなオタクのオッサンのためじゃなくて。切ない、切ないねぇ…。

※名画パロディのタイトルバックは『宇宙小戦争』のハリウッドSF映画パロディのタイトルバックのオマージュだが、これさえも表面的なモノマネでしかなく、『宇宙小戦争』のタイトルバックにあった洒落っ気は見られない。

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