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いろいろと言いたいこともあるのだが最終的にアルジャジーラの日本版が必要という結論に至った。アメリカのCNN、イギリスのBBC、フランスのAFPなど欧米の王手ニュースメディアは日本語版のサイトやSNSアカウントがあるので日本語話者でもその報道に触れる機会が多いのだが、アラブ諸国ではサウジアラビアのARAB NEWSの日本語版サイトがあるものの発信力は強くなく、アラブ諸国最大のニュースメディアであるアルジャジーラの日本語サイトなどは2025年3月現在存在しない。
で、そうなるとどうしても日本の人のアラブ諸国を見る目というのは偏見の多いものになってしまう。たぶんそれはアラブ諸国にしたって同じで、カタールに住んでる人に日本ってどんな国だと思いますかと聞いてもうーんサムライ? とかそんな感じになるんじゃなかろか。こうした情報交流の乏しさに宗教が混ざると比較的よろしくない結果になる。ことに日本はアメリカに敗戦してアメリカの文化や思考に多くを負って国家再建を果たしたアメリカの属国…いやいや、同盟国なので、キリスト教に対しては概して好意的であるから、そのキリスト教とどうしても教義上対立してしまうイスラムと、それを文化の礎とするアラブ諸国を、欧米とその主要同盟国よりも劣った国々であり文化であると考えてしまうわけである。
こうした情報の不均衡の中で『TATAMI』のような映画を観るのであれば細心の注意が必要であるように個人的には思う。なぜならこれは主要登場人物や一部スタッフなどは海外亡命したイランの人なのだが、資本的にはイランほかアラブ諸国は無関係の、イランの現体制を批判するアメリカ映画(舞台がジョージアなのでちょっとジョージア資本も入ってる)であって、アラブ諸国の中でもアメリカはイスラエルを国家承認していないイランと敵対関係にあることはさすがにある程度周知のことと思うが、この映画は「イスラエル国家という存在を認めないために柔道の国際大会で自国の女性選手をイスラエル選手と対戦させないイラン政府、およびその背後にある最高指導者ハメネイ師の強権発動を糾弾する」というストーリーだからである。
言うまでもなくアメリカはイスラエルの最大の同盟国であり、軍事的な後ろ盾でもある。そしてイランとイスラエルは軍事衝突を繰り返しており、イスラエルがイランの核濃縮濃縮施設をサイバー攻撃によって爆破したこともある(イラン外相、イスラエルへの報復を宣言 核施設が「テロの標的に」-BBC)。ちなみにイスラエルは核保有国である(イスラエルのイラン攻撃計画に関する米機密文書が流出か バイデン氏が「深く懸念」-CNN)。
個人的な見解を言えば(いやだって俺の個人感想ブログだしさ…)ガザ侵攻を含めたイスラエルのパレスチナに対する長年の苛烈な暴力と人権侵害は看過できるものではなく、またパレスチナ住民の承認なく欧米諸国によって一方的になされたイスラエル建国の経緯を見ても、イスラエルを国家承認せずあくまでも「パレスチナの占領者」とする立場を取るのは、まぁ政治的にはもう少しスマートに振る舞うこともできるんじゃないかとは一応思うものの、道義的にはやはり正しいのではないかと思う。だから俺はこの映画を観ながら「まぁ選手としてはやっぱ戦うななんて命令無視して大会で勝ちたいよねぇ~いやでもそれもわかるけどう~んパレスチナの苦しい立場にある人たちに背を向けて自分だけ大会で勝つというのも…これイスラエル側の問題でもあるけどそっちの非は一切問われないし…」とか思ってしまった(日本の配給会社がつけた「政府に服従するか、自由と尊厳のために戦うか」なんて惹句はは呆れる)
しかしおそらくこうした見方は日本ではかなり少数派だと思われる。その理由が先に書いたニュースの不均衡なので、アルジャジーラさんにはがんばって日本でのニュース配信を強化してもらいたい次第。アルジャジーラ英語版とかはあるけどまぁみんな見ないでしょ英語のニュースサイトなんて。まぁそんな感じだな。もしもイランやパレスチナやイスラエルについてアラブ側からのニュースがしっかりと日本にも流通していれば、これを単なるスポーツいい話として受け取る人は少なかったんじゃないすかね。
だってこれすげーんだよなんか着想源になったニュースでは男子選手がイランの意志決定部と揉めたという話らしいのにこの映画じゃあ女子選手に変えられててそれなんでかって2022年にヒジャブ着用義務(※ヒジャブ着用はイランやアフガニスタンでは法律化されてるがコーランの中には明確な規定はない)を巡る大規模反政府デモがあったからでしょ。だから終盤ではイラン国家を捨てた主人公がずっと漬けてたヒジャブを脱ぎ捨てるという描写がある。こんなの俺からすればほとんどアメリカのプロパガンダ映画ですよ、イランの印象を悪くするための。イランてこんなに野蛮な国ですね~許せませんね~とくに女性のみなさんにとってイランは敵だしイスラム教ですよ~そんなの捨ててアメリカとかイギリスとかに来ませんか~? みたいな! そりゃイランは活動家とかポンポン死刑にする野蛮な国には違いがないのだが!
でも、そういうふうには日本の人は観ない、というよりもそのための情報がないので、観られないわけです。そういう情報環境はとてもよくない。まぁこの映画自体はプロパガンダ性はともかくロバート・ワイズの『罠』みたいなスポーツ・ノワールにポリティカル・サスペンスを絡めた映画として、主人公の女性柔道選手がこの設定ならすぐに負けたりとかはするわけないから序盤の試合に緊張感がないとかそういう難点はあるとしても、少ない台詞やモノクロのシャープな画面も『仁義』とかメルヴィルのノワール映画を思わせて格好良く、結構おもしろかったと思う。ただ、それをフェアに観るための目を日本の多くの人は持っていないので、どうにも後味の悪い感じになるわけです。
※ということでアルジャジーラ日本版サイトを立ち上げてもらうためのネット署名を始めたので趣旨に賛同していただけるかたはポチッとしていただけるとありがたいです→中東のニュースメディア、アルジャジーラに日本語版サイトを開設してもらいたい-change.org
>面白いけどフェアじゃない映画
まさしくその通りに感じたので、さわださんの感想すごく読みたかったです!同じように感じていて嬉しい!