《推定睡眠時間:30分》
主人公の久間田琳加はイケメンの顔だけが大好きなマジ面食い女子高生、今日も今日とてイケメン顔をネットで探して一人できゃーきゃーしながらいいねしまくっていたのだが、ひょんなことからその一人である同じ高校の先輩・宮世琉弥のSNSを活用したプロモーションのようなことをやらされる羽目になる。好きなのはあくまでもイケメンの顔だけ。と思っていた主人公であったが、先輩と関わるうちにあれこの人って顔だけじゃなくて内面もなんかちょっと可愛いところがあって好きかもしれないうんこれ好きだわ好きあれ恋じゃねこれ恋じゃね? と想いを募らせていくのであった。
面食いといえば従来は男の(悪しき)眼差しとして語られることが多かったような気がするが旧ジャニタレの熱狂的なファンなどを見れば女の人も男を結構顔で見ていることは自明である、ということで男は顔がすべて系女子を主人公とした点は男女平等な現代らしくそれなりに新鮮味もあって面白かったのだが、顔だけ好きといっても顔以外が嫌いというわけでもなくこの人はなんか純粋で優しいオタク属性の人である。現実にいそうなキャラ造型なのかもしれないがこれでは強いドラマが生まれない。原作漫画は花とゆめの連載作らしいので掲載誌の読者年齢層的にあまり性格の悪い主人公にするわけにもいかなかったんだろうか。もったいない、男は顔がすべてでそれ以外はカスと思っている人がイケメンと交流するうちにだんだんと人間は顔だけじゃないな内面も大事だなと知っていく展開にしたほうが絶対に面白かったと思うのだが。
でもそのへんは比較的どうでもいいところで問題はもっとほかにあったように思う。『顔だけじゃ好きになりません』というなら顔はめちゃくちゃ良くあってほしいが、あくまでも俺基準で言えばこの宮世琉弥くん、うーん…そりゃイケメンだとは思うし俺の顔と比べたら文字通りお前どの面下げて言っとんねんと面食い女子にぶん殴られること必至なイイ顔はしているのだが、絶世の眉目秀麗男子かといえばそこまでではないのである。こキラキラ映画は売り出し中の新人美男美女のプロモーションの側面もあるので役に合ってるか合ってないかなど二の次なのだが、そこはもうちょっとなんというか説得力のある顔を用意してほしかったとか思ってしまう(ちなみにここで俺は岩田剛典くんを想定している)
更にダメなのがなんでもかんでも台詞に任せる作劇。とにかくこの映画ときたら喋る喋るひたすら喋る、主人公ほか登場人物がひっきりなしに喋り続けて、それは他のキラキラ映画もわりとそういうところがあるのだが、それを撮るカメラやそこに載る音楽に哲学とか美意識が見られず単調な画がずっと続くので、なんだかずっとダラダラ喋ってばかりの映画だなぁの印象を受けてしまうのだ。同じ校舎の実景ショットが何度も使われたりするあたり予算のあんまりない映画だったんだろうな。だから凝った画作りなんかできずとりあえず台詞を言ってるところをちゃんと撮ることを最優先にしたという感じ。ロケ地とかもなんかずいぶん貧相な…とか言ったらロケ地のみなさんに失礼だろうが、いや俺が言ってるのはメインロケ地じゃなくて放課後外を歩いてるときのロケ場所とかそういうのが画としてキマってなかったということなのです。
まぁこういう映画に結果としてなってしまったのは一言、予算が無かった、これに尽きるんではないかと思う。でも大抵のキラキラ映画は予算がないなりにがんばって面白くしようとしてるんだからこれももうちょっとだけがんばって欲しかった。イケメン大好きのオタク女子高生が主人公のキラキラ映画なら『私がモテてどうすんだ』がはっちゃけ度が高くて面白かったが、それと比べるとちょっと残念な出来の『顔だけじゃ好きになりません』であった。ただしサブイケメンである主人公の同級生・中島颯太はあり得ないほど前髪を長く垂らしていてお前それ前が常時見えないし髪がしょっちゅう目に入って痛いだろとか思ってちょっと面白かった(素顔はイケメンなのにもったいない役!)