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基本的に学園もので少女の恋愛と成長をテーマとした漫画を原作とするティーン女子層向けの邦画をざっくりキラキラ映画と前に誰かが呼んでいたので俺もそう呼び続けているうちに10年ぐらい経ってしまいもはやキラキラ映画と言い続けるのが昔の人のようで恥ずかしくなってきたがそれはともかくそんなキラキラ映画の新作がここのところ毎週公開されるという異常事態になっているわけだが客入りはともかく質的には今がキラキラ映画の第三黄金期であることを証明するのがこの映画『山田くんとLv999の恋をする』だ!
主人公の女子大生・山下美月は彼氏に振られた愚痴を彼氏付き合いでやってたネトゲの同ギルドの無愛想なやつにこぼしていたのだが後日ネトゲのイベントでこいつの中の人と偶然遭遇、その正体は人気プロゲーマーの高校生・作間龍斗であった! といってもプロゲーマーだからどうこうみたいなことは別になく単に友達として仲良くなり、ついでにギルドの連中ともオフ会とかして仲良くなる。ギルドの連中を交えていろいろ遊んだりしているうちに山下美月と作間龍斗の距離はどんどん近づいていくように見えた…でのあったが!
まぁストーリー的にはいつものキラキラ映画だよねの一言で済ましてしまいたくもなるのだが原作漫画が掲載されてるのが小学館の少女漫画誌とかじゃなくてスマホ向けの漫画配信サービスだからというのもおそらく大きく、よくあるキラキラ映画とはちょっと違うところがある。まず第一に主人公が女子大生。一般的なキラキラ映画は女子高生が主人公なのでこの映画は年齢が少し高め。だからなんだとか言うんじゃない、これは些細なようでわりあい作品の根幹に関わるところであり、キラキラ映画において主眼が置かれているのは主人公の内面的な成長なのだがとこのブログで過去13回ぐらい書いているが、高校生というのは子供にとって内面の大きな成長を経験する時期。多くのキラキラ映画において主人公の恋は初恋であり交際経験0が基本設定であるから恋愛が内面的成長の機能を持つのだが、『山田くんとLv999の恋をする』は主人公が大学生だし、なにせ主人公の失恋から映画が始まるので主人公にとって山田くんとの恋愛は成長の機会とはならないのだ。
よくあるキラキラ映画との違い第二は物語が主人公の内面の成長のドラマに収束していくのではなく、逆に遠心的に広がって山田くんを軸とした群像劇へと発展していくところ。これは小林啓一の『殺さない彼と死なない彼女』などで試みられたこともあるが、『殺さない彼と死なない彼女』というのはキラキラ映画と呼ぶべきか呼ばないべきかの境界線上に位置する異色作であり、一般的なキラキラ映画ではこうした展開には基本的にならない。
じゃあもうキラキラ映画じゃないんじゃないのこれ? まぁ待ちなさい、そう思うのもわかるが待ちなさい! 『山田くんとLv999の恋をする』の面白いところはそんなわけでキラキラ映画の定型からはかなり外れているのだが、とはいえキラキラ映画っぽさをしっかりと感じさせてくれるところなのだ。キラキラ映画では主人公の内面の成長がテーマになると書いたが実はその点はこの映画も同じである。ただしそれが促進されるのは主人公と山田くんの恋愛を通してではなく、山田くんを含むギルドの面々との交流の中で――そのギルドには空気階段・鈴木もぐらのおじさんとか歳のわりには言動が幼いロリィタさん中学生女子もいる――のことで、主人公の山下美月は疑似家族としてのギルドの中で、とくに例のロリィタ中学生との関わりの中で母親の役回りを演じることによってなのである。
近年のキラキラ映画ではか弱い主人公が好きピ男子に引っ張られて内面の成長を果たすだけでなく、その関係の中で憧れの人に見えた好きピ男子にも実は弱いところがあり、この好きピ男子もまた主人公との関わりを通して内面的に成長するという相互ケア的な関係が描かれるパターンも多い。ギルド疑似家族の中で母親的な役回りを演じる主人公を見て歳下の山田くんは彼女に憧れを感じていくというこの『山田くんとLv999の恋をする』は、好きが別の好きを呼んで人間関係が遠心的に拡大していく群像劇的な展開も含めて、相互ケア型キラキラ映画の更に一歩先まで進んだ最新型のキラキラ映画と言えるだろう。
あくまでもキラキラ映画であるというのは主人公の部屋がぬいぐるみとかヒラヒラがたくさんあってカワイイ(ただし掃除ができない人なので常に汚い)とか学園祭が出てくる(お祭り的な行事はキラキラ映画の基本要素)とかそういうのもあるが、山下美月と作間龍斗をちゃんとこうイイ感じに撮ってるのでその恋愛模様にキュンキュンするためである。といってもこれもまた一般的なキラキラ映画とはトーンが異なり、山下美月は若干エラの張った顔つきが強さや独立心を感じさせて、情けないところがありつつも頼れるお姉さん感が出ててかなり良いわけであるが、内面の成長がテーマとなるために多くのキラキラ映画では線が細くふわっとした童顔の人が主人公となるのが基本である。横顔がたまに及川奈央に似ている山下美月のアダルティな魅力はキラキラ映画として異例のことなのだ。
作間龍斗の方もまたイケメンには違いないだろうが近年のキラキラ映画のイケメントレンドからは外れるイケメンである。金髪だったり化粧をしてたり制服に華美な装飾を施していたりと見た目にこだわるタイプのイケメンが多く、顔の作りはどちらかといえば柔和な人が多い印象があるが、この映画の作間龍斗くんときたら身だしなみにまったく無頓着なばかりかトレードマークは仏頂面と三白眼である。三白眼! この漫画みたいな三白眼、具体的には『ハイスクール奇面組』に出てくる主人公のライバルキャラ・春曲鈍を思わせる、かの健さんもかくやの三白眼はこれまたアダルティなセクシィである。子供にはきっとこの良さはわかるまい! その仏頂面三白眼でいつも冷静な作間龍斗くんがまぁどことは言いませんが破顔して「バレたか」と口から出ちゃうシーンにはギャップでキュゥゥゥゥン!!!!! …やはりこれはキラキラ映画ではないようでいてキラキラ映画である!
この映画の監督・安川有果は10年くらい前に『Dressing Up』という女子中学生かなんかが怪物に変身してテレビのお笑い番組に出てたオッサン漫才コンビが外に出てきてジョギングするとそう書いてもなんのことやらわからないだろうがともかくそんなような真顔でふざけるシュールな中編ホラー(デヴィッド・リンチが好きだからそういうのをやりたかったとのこと)を撮っていてそれが面白かったのだが、その妙なセンスは空気階段をコンビで起用しキモいオッサンたちを個室に詰め込んで笑わせるこの映画にも活かされているようで、『Dressing Up』ではテレビの中のお笑い番組が現実世界に飛び出してきていたが、こちらではネトゲの世界が現実世界に飛び出すが如くゲーム的なエフェクトが随所に施される。こうしたポップな表現はキラキラ映画の貴公子であった月川翔が得意として『センセイ君主』で極めたが、月川先生がキラキラ映画を卒業してからは追随者もなくあまり見られなかったので、キラキラ映画ファンの俺としてはついに月川先生の衣鉢を継ぐキラキラ監督が! の思いである。
まぁくどくどといろいろ書いてきたがつまりはキラキラ映画の核心は押さえつつもジャンルの定型からの様々なズラしを試みた野心的で楽しい新世代キラキラ映画の傑作、ということで不満とかはほとんどないが、あえて言えば山田くんのプロゲーマー設定がまったく活かされていない点はもうちょっと、と思わないでもない。別にそこらへんのカジュアル勢の女子大生とプロゲーマーが同じギルドにいるのがおかしいとかそういう野暮が言いたいのではなく(ありえない出会いという夢を観客に見せるのがキラキラ映画だろうが!)なんかあのゲーム大会のエピソードをどうにか盛り込むとかそういう…でもゲーム周りのディテールはしっかりしてるので、ゲーム題材の映画として見ても邦画では『光のお父さん』と比肩する稀な映画かなぁとも思いますが。