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タイトルを見るだけで河崎実の新作であることに微塵の疑いも生じない映画なわけだが以前映画館で観た河崎実映画の『たぬき社長』は渋谷ヒューマントラストシネマ日曜午後の回で俺含めて観客4人だったのでなんと今回キャパ50ぐらいのシネマ――ト新宿の小箱がほぼ満席という大入りっぷりに思わずのけぞってしまった。やはりサメ効果なのだろうか。それとも松島トモ子人気なのだろうか。間違いなくサメ効果だろう。たぬきで客が4人、サメで客50人ということはサメはたぬきの10倍以上の動員効果があるらしい。これから新しくたぬき映画を作りたい人は興行的な観点から題材を再考した方がいいかもしれない。
さて近年は特撮バカ映画の巨匠から地方営業系芸人多数起用の演芸バカ映画の巨匠へと変貌しつつある河崎実であるが今回もまたその路線の一本、イワイガワの岩井ジョニ男、人気ユーチューバー芸人のぐんぴぃ、加山雄三モノマネ芸人のゆうぞう、もはやプライドなどないポンキッキみたいな格好の岩井志麻子先生、知らんけどサメ映画が好きらしい声優の戸松遥、自店の宣伝をする歌舞伎町コンカフェのオーナー、そしてなぜかオファーが通った元UFC世界ヘビー級王者ジョシュ・バーネットなどが次々と予算の都合をまざまざと感じさせる謎の出来合いセットに現れ各々の芸を披露しながらサメや松島トモ子と茶番対決を繰り広げる。なんだか本格的に寄席みたいになってきた。
かつてライオンに襲われ更にヒョウにも襲われて死線を彷徨い生還後はミネラル麦茶のCMなどで活躍した松島トモ子とサメを戦わせたいという発想はわかるがそれにしてもなんだこりゃ突如異世界に転送された松島トモ子が制作上の都合で木下彩音に若返り『恐怖劇場アンバランス』にあやかってかアンバランスゾーンと呼ばれる出来合いセットから出来合いセットへとサイコロで『ウルトラQ』のオープニングみたいにワープとかして意味わからん世界観だなと思ったらサメボードゲームのサメポリーを題材にした映画とのこと。なるほどそれでサイコロ移動するのか。いろんなマスに見立てた出来合いのセット空間で木下彩音もとい松島トモ子がサメと戦うのがブルース・リーの『死亡遊戯』みたいだから(みたいじゃねーよ)死亡ならぬ『サメ遊戯』。その志の低さに反して観客に豊富なオタク知識を要求するハイコンテクストな映画である。
というわけだから今回はストーリーがいつもの河崎実映画よりも薄いから純粋にオタクパロディの数々とか芸人のネタを楽しむ感じだな。とくに書くほどの感想はまったくないが面白かった。スタントダブルを隠すことなく使ったスタント松島トモ子と着ぐるみサメの戦いは意外と振り付けが本格的だし、木下彩音もとい松島トモ子やゆうぞうが昭和ヒットソングを歌おうとすると「著作権の関係で流せません」とテロップが出るギャグには素朴に笑う、ぐんぴぃが他の演者と一切絡むことなくタクシー会社の立体駐車場でひたすら台詞もなくサメと追いかけっこするだけという急遽撮られた感のすごいシーンの空虚も実に味わい深かった。味わい深いといえば松島トモ子(ホンモノ)とヒョウのコスプレをした岩井志麻子先生が戦うシーンはこの映画のハイライトだろう。なにやってんのあんたら。
狂言回し的な役目を務めるのはたぶん出演芸人の中では一番演技のできる岩井ジョニ男なのだが、前に岩井ジョニ男を見たのは関根勤の初監督映画『騒音』でだから10年くらい前か(場所は奇しくも同じシネマート新宿の小箱であった)、いつの間にか立派な中年となって昭和オッサンネタが円熟味を増していたことに感慨深いものがあったりもした。こんな映画で感慨深くなりたくないのだが、しかし考えてみれば、かつて一世を風靡した松島トモ子さんを世間はすっかり忘れてしまっているじゃないか…だったら俺が再び松島トモ子さんにスポットライトを当ててやんよ! という義侠心からの企画なのだとしたら、ヨネスケを主役に据えた『突撃! 隣のUFO』に続く河崎実のベテラン芸能人リスペクト・シリーズというわけで、ちょっとイイ話ではあるのかもしれない。リスペクトした結果がこんな映画でいいのか? という野暮は言わないでいただきたい。いいだろ! みんな楽しそうにしてるんだから!