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家族を殺されたとくに殺人スキルなどは持たない男が気合いと怨念で殺した連中をぶっ殺しに行くという昨日観たばかりのジョン・ウー監督最新作『サイレントナイト』とだいたい同じ話だったのでちょっとおもしろくなってしまったのだが、それというのも話はだいたい同じでもこの『アマチュア』と『サイレントナイト』、結構映画の方向性が反対方向に向いていた。
早い話『サイレントナイト』は台詞もほぼないくらいなので基本的に説明をせず省略と飛躍の美学に貫かれた映像詩人の映画であったのに対して、『アマチュア』の方はといえば一から十まですべて説明していく合理主義のウェルメイド映画。ほんとうはどちらも同じような話なわけだから突拍子の無いところがあるのだが、『サイレントナイト』は説明を省くからトンデモ映画っぽく見えても、『アマチュア』の方はこれこれこういう理由でこうなったんですねとやるもんだから、ふぅんそういうものなのかとなんとなく騙されてリアルな映画に見えてしまう。このへんどちらの手法にも利点と難点があるので良いとか悪いとかじゃあなく、なるほど映画というのは語り口ひとつでこんなに変わるのかと興味深いところである。
でこちらの復讐鬼さんはCIA職員。復讐といえばCIA職員であるが『96時間』などと違ってCIA職員といっても暗号解読担当の内勤であり、暗殺スキルとかスパイスキルなどは一切ない。その主人公に届いたのは昵懇にしている匿名の情報提供者からの文字通り爆弾情報。なんと世間的にはテロリストによる自爆攻撃とされていた中東の爆発事件が実際は米軍の無人機による誤爆事故であり、CIAはこれを隠蔽するためにテロリストの自爆攻撃をデッチ上げたというのだ。
これは大変だ! と一日ぐらい思ったものの偉い人に世の中そういうもんだよと言われてあっさり引き下がる事なかれ主義の主人公。しかしその翌日、CIAもちょっとした付き合いのある危ない連中がテロというよか強盗事件みたいなを起こして巻き添えを食らった主人公の妻が死んでしまう。悲嘆する主人公。しかしやがておどおどした瞳に鈍い復讐の色を宿すと、例の隠蔽事案を手に再び偉い人のオフィスを訪問。そして彼はこう告げるのであった。妻を殺したクズどもをこの手でぶっ殺したいから俺をエリート暗殺者として訓練しろ! さもなくばお前らの隠蔽工作をメディアにバラすぞ! え、内部告発を私利私欲のために使うの…?
無人爆撃機による誤爆事故(過激派とかと間違って民間人を殺してしまう)は中東の作戦領域における無人爆撃機の実戦投入が急激に進んだオバマ政権下で大きな問題となったことだったのでドローン誤爆の隠蔽というのはそこから着想を得ていると思うのだが、そうとすればこれは結構アメリカの軍事行動の正当性、ひいてはアメリカの掲げる正義の根幹を揺るがす重大な問題である。はずなのだが、これが単なる主人公の取り引き材料としかならないあたりがやはりハリウッド映画、表面的には社会派ぶったりしていても本質的には他国の人の犠牲がどうとか少しも考えていないんだろう。そのへんはヨーロッパ復讐ツアーに出かけた主人公が行く先々で必ずなにかしら一般人を巻き込む無駄に回りくどい方法でターゲットをぶっ殺していくあたりにも窺える。
ていうか「俺をエリート暗殺者として訓練しろ!」の要求はなんなんだよ。それ必要? なんか知らないけど暗殺に必要な情報は身内からこっそりもらって暗殺訓練の方は自分で空手教室とかに通って勝手に頑張れば良くない…? こんな妙な要求をCIAの偉い人にしてしまったせいで主人公は妻殺害犯を追いつつ自らもCIAの極秘暗殺部隊に追われるというオモシロ展開になるわけだが、一から十まで省略せずに丁寧に話を進めていく作劇なのでなんか硬派かつリアル路線のスパイ系映画っぽく見えつつ、こう考えてみると実に奇妙な映画である。主人公最初は単なる暗号解読課の一般社員だったのにいつの間にかスーパーハカーになってるし、しかも結局ほとんど暗殺訓練しないし(修了前に脱走)
とはいえ、ハリウッドのいつものアレ的な映画と思えばそんなところはどうでもいいか。いつものアレ的に楽しめる映画ではあったからヨシ。あでも上映時間が123分とこの手のネタにしては若干長めなのもありメリハリが弱いところはあったかもしれない。この映画の面白さの大部分はスト-リー展開なわけで、銃の苦手な見た目ヘナチョコの主人公復讐鬼がCIAも巻き込んで敵を追いながら自分もCIAに追われながらの設定の中で次はどうなる次はどうなるとそれで観客を引っ張る連続ドラマの面白さだから、個々のシーンがどうとか演出がどうとかあんまりそういう感じじゃあない。たぶんこれは映画館で2時間続けて観るよりも、配信サイトで一日30分ずつに分けて観た方が面白い映画なんじゃないだろうか。そのへん、同じ「いつものアレ」でも監督に「この画が撮りたい!」という強いビジョンのあった『ブリックレイヤー』のような映画とは、なんだかんだちょっとだけ違うんである。
なおポスターには主演ラミ・マレックと共にローレンス・フィッシュバーンがでっかく写って二枚看板みたいになってるが実質的な助演はCIAの偉い人のホルト・マッキャラニー、フィッシュバーンはマレックに暗殺の極意を口頭のみで伝えるCIAスパイ訓練所の教官役で、実は物語中途でスルッと退場してしまうのでこれはポスターにちょっと偽りありだ。もう少しマレックとフィッシュバーンの関係を掘り下げるシナリオにしておけば物語に深みやメリハリが出たと思うのだが…と言ったところでフィッシュバーン推しはポスターを作った人が勝手にやってることなので映画の問題とも言い切れないが。