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新型コロナ禍に入って以降、実験的な密室会話劇を次々と人知れず世に送り出してきた堤幸彦だが、これはその集大成と言ってまぁいいんじゃないすかね。新作舞台の顔合わせという体で高級ホテル付属の円形劇場に集められた三人の若い女と進行役の中堅舞台女優。舞台というからには何ヶ月か知らんがたくさん稽古を重ねて役作りをしていって…と思ったら進行役によれば本番は三日後だという。台本を初めて渡された日にそんなことを言われたら普通は帰るがなんでもものすごい大金が事務所の方に出演料として入ってるとのことで、それぞれちょっとした事情を抱えた三人はその場に留まることにする。三日後の公演は一般には公開されず各界の重鎮たちが集まる特別な舞台。もしもそれを成功させることができれば今はくすぶっている自分もきっと…てなわけでこの密室で三人と一人の女優たちの人生を懸けた芝居稽古が始まるのであった。
超短期間での舞台稽古とその中で変化していく人間関係というプロットは堤幸彦のコロナ禍実験映画シリーズの一本『ゲネプロ★7』とだいたい同じ。主役不在(この舞台には演出家が存在しないのである)の密室でさまざまなバックグラウンドを持つ女たちが激しく対立しながらも次第にお互いを理解していくあたりは同シリーズの『truth ~姦しき弔いの果て~』と共通して、そちらに出演していた河野知美はこっちにもゲスト的に出演していたりする。更にはプレ・コロナ禍2019年の堤映画『十二人の死にたい子供たち』のアイデアまでリサイクル。まさにコロナ時代の堤映画の集大成という感じだが、それはなにもネタが似通っているからというだけでなく、作品の完成度的にも一連の映画の中では一番良かったからでもある。
堤幸彦コロナ禍実験映画シリーズは全部合わせて観てる人が関係者を除けば全国に78人ぐらいと思われるのでこう言っても伝わらない気がひしひしとしているが、まぁ『ゲネプロ★7』なんかはシチュエーションは面白かったんですけれども全体的に映像が安いし登場人物が多いのでさばききれてない観があって、一方『truth ~姦しき弔いの果て~』は登場人物がたった三人だからまとまりはいいのだが、ただシチュエーションに面白味がないのでかなり淡泊だし、ほとんど舞台劇のライブビューイングなので映画ならではの面白味に乏しかった。
『Page30』はこのへんのフィードバックをしっかりやった映画と見えて、登場人物はたった四人と少ないけれどもシチュエーションは面白いし展開にもメリハリがある。おそらく相当な低予算であることは想像できるが密室の舞台を稽古場でもある舞台(ややこしい)に設定しているからライティングや美術の面でチープさはあまり感じない。音楽が上原ひろみというのも大きくて、時にフリーキーなジャズ・ピアノが四人の女優の火花散る演技合戦をスリリングに演出するわけですな。
そして一番大事なのがやはり役者の良さ。いや別に今までの堤幸彦コロナ禍実験映画シリーズの役者さんたちが悪いわけではなくて、今回はシナリオと演出の両面でしっかりと人物像の掘り下げがされていたから、役者さんたちのお芝居も今まで以上に生きるのです。三人の女が唐田えりか、広山詞葉、MAAKIII(ガンダムみたいな名前だなと思ったがマークスリーではなくマーキーと読むらしい)、進行役が林田麻里、ビデオ出演が河野知美。迫真でしたねぇ。すごいなぁ、役者さんてこんなことできるんだなぁとか、普段舞台なんか観ない俺は思っちゃうね。覚えられないもん俺セリフとかそういうの。5年ぐらい勤めてる会社の人の名前だっていまだに忘れるもん。
まそんなことはさておき、この舞台稽古というのは変わっていて、配役は当日発表されるので全員が全員分の役をできるようになれと進行役は言う。進行役も加わって密室でひたすらお互いの役を入れ替えながら稽古を続ける四人。すると役だけでなく役の外のリアルまでもが混乱して、たった二日で舞台を完成させないといけないという強いプレッシャーもあり、四人それぞれの性格がだんだんと混ざったり立場がコロコロと逆転してしまったりするのだ。
こうした「芝居に浸蝕されるリアル」は近年の高橋洋の映画に頻出するモチーフなので、コロナ禍以降に『ザ・ミソジニー』などで高橋洋映画の新たな顔となった河野知美があたかも劇中舞台の登場人物に取り憑く邪霊のごとく舞台の真上に設置されたモニターに現れ、録画された呪いの言葉を吐いていく仕掛けは河野知美の圧の強いお馴染みの怪演によりホラー味があって面白い。劇中舞台の筋は断片化されて提示されるので一度見ただけではそのストーリーの把握が難しいが、おそらくどうやらいつも自分より一歩先へ行く姉? への嫉妬とそこから生じる劣等感に囚われて破滅する女の人の物語のようで、河野知美はこの姉だかなんだかの役。その意味でこれは劇中舞台の主人公にとっての支配者たる河野知美に呪われて同じ場所をぐるぐる回る羽目になった人々の絶望的なあがきの物語といえるし、変種の幽霊映画とも言える。
河野知美の仮面を剥がした下に見える幽霊の正体は競争社会。誰もが自分だけ成功するためになりふり構わない感じの現代だが、はたしてそれでよいのかという問題提起である。常々言っているのに全然信じてもらえないが堤幸彦はかなり社会派の映画監督、ということで入れ替わる役柄と攪拌されるリアルのその先に現れる光景はうーんなかなか硬派に感動的。泣くとまではいかないし演出にクサいところはあるが、ちょっとだけジーンとしちゃいましたよ。よかったね。よく練られたクオリティの高い密室劇だとおもいます。
※ちなみに劇中歌の作曲はドリカムの中村正人らしく、中村正人の妻がMAAKIIIらしい(プロデュースも中村正人という熱の入れっぷり)