《推定睡眠時間:2分》
あまりにタイムリーで困る訴訟沙汰系映画。原作出たの2011年、映画は2014年に撮影されたらしいが、これヒトラー役の人が実際に街に出て市井の声を拾い上げてくというゲリラドッキリの手法を取っており、わはは新しいお笑い芸人かいなと大はしゃぎする人々の姿もあれば移民マジうぜぇと愚痴をこぼす人々の姿もある。なんとなくあんま深刻に考えて撮影してない気がするが…2016年6月時点で観ちゃうと笑えないよ! なんか色々連想するよ! つかこれの上映待ってる間にスマホいじってたらイギリスのEU離脱決定のニュースが飛び込んできたんだよ! なんだよその負の共時性! やめろよ!
…なにやら現実と虚構が揺らいでしまうが、フィクションパートとゲリラドッキリパートを織り交ぜてある上に入れ子構造になってたりもすんのでますます現実が危ない。っていうかお茶の間の人気者になったヒトラーがやがて政界進出かもしれない的なお話なのでもう現実と虚構の壁が完全崩壊です。崩壊するのはベルリンの壁だけで良かったんじゃないかな!
ほんでまぁこれはまったく怖いもの知らずというか全方位を敵に回す映画で、メルケルのニュース映像にあの女は豚だなんだとボロクソ言う総統のセリフを被せ、「そいつはドイツの敵だ!」と総統にフーリガンの喧嘩を煽らせ、極右政党NPDだかの街宣にやってきたいかにもアホそうな支持者のインタビューにお馴染みの『ゾンビ』(1978)テーマ曲「The Gonk」を合わせてこいつらノータリンのゾンビっすよと言わんばかり、ああヒトラーならこの目で見たことあるわと言うババァの息子に対して「貴様は強制連行だ!」とか総統に言わせんのだった。
あれだよねドイツ人はユーモアが無いとか言うけど違うよね。どこまでがユーモアとして許されるかが分からないんだよねたぶん。ドイツを誤解してました。
そんな感じでゲリラドッキリが実に笑えなくて面白いんですが、こう、そのハラハラ感と比べましてドラマパートの方はいかにもゆるい。いやホントにゆるい。主人公はフリーのテレビディレクターでこの人が何故か帰ってきてしまったヒトラーを発見、局に契約切られちゃったんで起死回生を狙ってヒトラー旅番組を自主制作で撮り始めるってなわけですが、あの、こんな感じですね。局にやってきたディレクター。受付のゴスっ娘が職場に下腹部の膨れたネズミ連れてきてるの見て「それ妊娠してんの?」って聞く。するとゴスっ娘答える。「違います。睾丸です」
…どうですかねこれ! こんぐらいのゆるギャグがずっと続くんですよドラマパート! なんなんすかゲリラドッキリのガチっぷりとの落差!
あの、困るねこれは本当に困るね。笑えるんだか笑えないんだか、もう実に居心地悪いね。『ヒトラー 最期の12日間』(2004)のベッタベタなパロディなんかはのほほんと笑えましたが…怖いですねドイツ人のユーモア感覚! あとドイツのゴスッ娘は可愛いですね!
しかし笑えないというのは結構知識が足らないせいもあり、ドイツなんぞ全然知らんのでそもそも分からないネタ多数。総統が何か話すたびに聞いてるドイツ人大爆笑なシーン、元ネタが分からないんで何が面白いんだか分からない。たぶんちゃんとした教養がある人とか濃いドイツオタなら大爆笑なんでしょうが。
つか国内向けに撮ってる映画なんでしょねこれは。ほらドキュメンタリーなのに嘘臭いっていうこれとは逆のパターンですけどこないだの『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』、あれマイケル・ムーアが田舎の貧乏アメリカ人を啓蒙するために撮ったらしいですが、そういう感じの。『世界侵略のススメ』はベルリンのシーンで終わってたなそういや。ここにも共時性が。
でも啓蒙映画か…啓蒙映画とすれば嫌味ったらしくて全然啓蒙になってない気もすんな…。愚民どもはみんなヒトラー好き、そんなの当たり前だろあんだけキャラ立ってて面白いんだから。愚民どもは移民ウゼェと訴える、そんなの当たり前だろ言葉も習慣も違うし経済的にも精神的にも余裕ないんだから。それをこう、愚かさとして描いてしまったら当の愚民どもの反感を買うだけだろと…いや、これは結構ブレグジットとかドナルド・トランプ人気とかと繋がってくる問題だと思うぞ。
あれです貧乏で無学で出たくても田舎から出られないよな人に理性的になれと言ってもしょうがなく、バカにバカ直せと言ったところでバカがバカ直すわけねぇだろむしろ意固地になって絶対に自分のバカさを認めないようになるだろみたいな。
不吉な共時性はあれど俺はそんなガチに受け取ってもしょうがない映画だとは思ったんですが、なんすかね、今あちこちで話題の持たざる人と持ってる人の断絶っぷりはひしひしと感じるよな映画ではありましたねその作りから。
つかこんな複雑な構造にしたらバカが楽しく観れないだろ! 爆発とオッパイと銃撃戦いっぱいのアニメにでもしとけっつーの!
(文・さわだきんたま)
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