映画と関係ないけど、一部の壊れたディック・マニアの間ではフリップ・K・ディックの最高傑作だ!とも(半ばジョーク交じりに)囁かれる『ザップ・ガン』(1967)がハヤカワSF文庫から新しく出た。
どんなもんやと思ったが、コレがすげー面白かったんで書く。
『ザップ・ガン』はケッ作だッ!
東西冷戦がまだ続いていて、双方が軍拡競争にしのぎを削っている近未来。
西側陣営の大人気兵器ファッションデザイナー・ラーズは、ドラッグの力でトランス状態になり、そこから得た着想を基に次々と奇怪な兵器を生み出していた。
だが実は、その兵器は殺傷能力のないマガイモノ。
西側陣営と東側陣営は秘密裏に協定を結び、破滅を回避するタメに双方の兵器を無力化していたのだ。
そんな中、エイリアンが地球に襲来。マガイモノ兵器では歯が立たず、人類は窮地に立たされる。
こうしてラーズは東側陣営の兵器ファッションデザイナーと共に究極兵器「ザップガン」を開発しようとするが…。
なんかあらすじだけ書くとドタバタ系のバカアニメみたいですが、実際読んでものっけから真面目に書くつもりが全く感じられなくてスバラシイ。
いきなり大衆に大人気の兵器ファッションデザイナーがラリった状態でアイディア得て、みたいなコト書かれてもワケ分かりませんが、んなコトお構いナシに矢継ぎ早にチープでキッチュなアイディアを投入。テンションだけで一気に乗り切る!
それでも最初の方なんかまだ真面目に書いてたと思うが、後半になると展開はどんどん加速、設定もアイディアも重要と思われた登場人物も片っ端から使い捨てられるか忘れられ、読んでるこっちも主人公同様どうしていいか分かんなくなる。
真面目とバカ、躁と鬱の落差もマジ凄まじく、あっけらかんとバカな場面やったと思ったら、次のページで登場人物が自殺しようとしてたりするから目が離せない。
この年ディックは長編をナント六冊も上梓。スピードやりながら書き飛ばしてたらしいが、この本とか読むと「だろうな!」ですよ。
とにかくまとまり無いコトこの上ないが、そんなの読みたい人はディックとか読まないからどうでもいいだろう。
プラモデル!知育玩具!シミュレーション・ゲーム!兵器!パルプ・コミック!ドラッグ!統合失調症!東西冷戦!エイリアン!タイム・スリップ!アンドロイド!
相変わらずなんのコトやら分からんが、そーゆーのが全部メチャクチャにぶち込まれた破壊的一作が『ザップ・ガン』なんである!
いやー、面白かったナ!
ちなみに、訳者(大森望)あとがきによるとディック本人は「この小説は酷いね!後半はまだマシだけど、前半なんて見てらんないよ!」とか言ってるらしいが、いや後半なんて完全に壊れてんジャン!前半なんてむしろ真面目に書いてんジャン!
いや後半の壊れっぷりとスピード感はサイコーなんだけど、普通のテンションでそう言い切るディックはやっぱ只者じゃないな。
『高い城の男』、TVミニシリーズで製作決定!と、最近のディックあれこれ
その現実崩壊感覚に時代が追いついたのか、ディックSFはディックが亡くなった後ぐらいから盛んに映画化されるようになった。
『ブレードランナー』(1982)、『トータル・リコール』(1990)、『マイノリティ・リポート』(2002)…とまぁ色々あり、んで今度も『ブレードランナー』のリドリー・スコット製作総指揮(って要は名前貸しでしょうが)で『高い城の男』がテレビシリーズとして製作されることになった。
パイロット版は既に製作されていて、米アマゾンのインスタント・ビデオで無料で観れる。
『高い城の男』はディックSFの中でもとりわけ真面目の高い、ほとんど純文学みたいな小説。
第二次大戦で枢軸国が勝利し、ナチスドイツと日本に分割統治されたアメリカを舞台に、様々な人々の悲喜こもごもの日々を描く。
バラバラだった人々の人生が次第に交錯していって、んでいつもの現実崩壊とアイデンティティの危機が訪れる。
入り組んだ人間模様と幻惑的なガジェットの数々、更に作中で「もし第二次大戦でアメリカが勝っていたら」なんて小説が流行ってるっていう入れ子構造がマジ素晴らしく、限りなく普通小説に接近してるのに限りなくディックな世界が広がる。
いつもの小市民感覚も冴えまくり、金持ちの日本人相手に商売する古美術商の小市民心理を克明に描いた冒頭からして、なんかもうグっとくる。
そんな小市民たちのほんのささやかな勇気が次第に大きなカタチを成していく展開は泣けるし、最後に待ち受ける大仕掛けもすげーカッコよく決まってる。
とにかく面白いし読みやすいんで、SFと云わず群像劇が好きな人、日常系小説が好きな人も是非読んちょーだい。
日本人出てくるしね(それもすげーイイ人)。
昨年末、ディック原作『爬行動物』の映画化企画が進行してるって発表があった。
ディック原作なんて映画化企画が持ち上がっては消えていくのが常なんで(ハリウッドじゃなんでもそうだけど)どうなるか知らんけど、まぁ二年に一回くらいはディック原作が映画化される。
ディック最初期のファンタジー短編『妖精の王』(1953)をジョン・ラセター製作でディズニーが映画化する『King of the Elves』は2014年公開と言われていたものの、プロジェクトが一旦凍結。
適当にネット漁ると2019年公開予定とあったけど、あんま信じられそうにない。とりあえずオクラにはならないで欲しい。
晩年の長編『アルベマス』(1985)を映画化した『Radio Free Albemuth』(2010)は昨年アメリカで一般公開。
2010年に完成、色んな映画祭に出されるも公開がここまで伸びたって事実かナニか物語ってる気がする。
国内で上映はないでしょーが、せめてビデオスルーはどうかお願いしたいところ。
傑作短編『変種第二号』をディック・マニアのダン・オバノン脚本で映画化した『スクリーマーズ』(1995)のリメイクみたいのもいつの間にか作られてたらしい。
『Screamers: The Hunting』(2009)ってのがソレ。
まぁ、チープ感はディック的かもしんない(適当)。
全然知らんかった韓国映画『ナチュラル・シティ』(2003)はノンクレジットだけど『ブレードランナー』の原作でもある『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1968)が原作とIMDbにあった。
観た人の感想を読むと、『アンドロ羊』というか『ブレードランナー』とか『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995)の影響が濃厚なサイバーパンクSFだとか。
そうなるともうディック関係ないな。
一応日本でもDVD出てるんで、興味がある人は是非。
その他自主制作なんかの短編なら色々と出てるらしいけど、こーゆーのはあんま日本で見れそうにない。
でもyoutubeにいくつか挙がってたんで載せとこう。
↓はトレーラー。資金不足で完成してないのかと思ったら、もう完成してるらしい。
↓コチラは『ブレードランナー』を一分にまとめたファンムービー。ご近所感があっていいですね。
こんなのでも横浜の短編専門映画館ブリリア・ショートショート・シアターなんかでかかるかもしんないので、ディック好きな人は目を光らせておこう。
ワザワザ観に行く価値があるかどうかは知らんけど。
ディック原作といえば、一時期テリー・ギリアム監督が『暗闇のスキャナー』の映画化に強い意欲を示してた。
結局ハナシは流れ、そのあとリチャード・リンクレイター監督が『スキャナー・ダークリー』(2006)として映画化したけど、ギリアムが映画化してたらどうなってたろ。
現役の映画監督でギリアムほどディックのチープで混乱した世界を映画に落とし込めそうな人っていないと思うんだけどなー。
ともあれ、『ブレードランナー』主演のハリソン・フォードが脚本に太鼓判を押した(だからなんだと言われても困る)という『ブレードランナー』続編企画もあり、今後もディック原作の映画化から目が離せない。
まぁ大半は原作なんて影も形もないけど。
国内でのディック本の刊行も進んでいて、版権を大量に獲得したらしいハヤカワSF文庫は新たに編集したディック短編集、更に長編では『高い城の男』『ユービック』『ヴァリス』とディックの真面目系SFを中心にリリース(ほとんど新訳復刊)。
次回配本は“ヴァリス三部作”の最後とも言われる普通小説『ティモシー・アーチャーの転生』(1982)だ。
まぁ普通っても神秘体験とかテーマらしいが。
また創元SF文庫は数年前から『空間亀裂』(1966)、『未来医師』(1960)みたいなディックの「単にカネ目的」系SFを続々リリース。
今版権どうなってんのか知らんけど、この調子でそういう雑な(でも面白い)ディックSFをどんどん出して欲しい。
ってか出してくれ、どんなゴミ小説でも全部買うから。
2013年には平凡社からディックの処女作の普通小説『市に虎声あらん』(1950)も出た。
まぁ売れないでしょーが、出版界の苦境が叫ばれる中、その英断は感動もんです。マジありがとう!(買ってないけど)
…ってな具合に、近年ザワザワしてるディック界隈。
社会不安が広がる今こそディックなんである。
っていうか昔からディックなんである。
全てのダメな人と平々凡々な小市民と変なSFが読みたい人の傍らに、常にディックはいたんである。
とにかく、ディックなんである。
【ママー!これ買ってー!】
とにかく楽しい大ズッコケ巨編。
読み応えがありました。
ありがとうございます(^_^)