ロメロとジュノと『新感染 ファイナル・エクスプレス』(感想)

《推定睡眠時間:0分》

とにかく列車に乗っていないと死んでしまうからなにがなんでも列車にしがみつこうとする人たちの韓国映画にはポン・ジュノの『スノーピアサー』を連想せずにはいられないしトンネルをアクションのスパイスにするアイディアとかまんまじゃん感あるわけですが献身とか利他主義とかなんかそういうテーマらしいですよっていうの考えるとアンサーフィルムの可能性、あるな。

つまり、ポン・ジュノの世の中の見方は冷ややかなので。エスプリとダンディズムの氷に覆われた冷たい冷たい『スノーピアサー』をユーモアとヒューマニズムでもって溶かそうと企てたんではないか『新感染』。その証拠に、『新感染』には燃えさかる炎上列車が出てくる! バカか。

だがそれを踏まえれば『新感染』の脱力邦題になったのも凝り固まったみんなの心を解きほぐすためのユーモアと解せるだろう。ちょっとしたユーモアが映画マニアの殺意を呼んだりするんだから人間は大変よねと横町の飲み屋の片隅で一杯やりながらシニカルに独りごつポン・ジュノに人情のドロップキックを食らわせるような映画であった。新☆感☆染!

いやぁそれにしても面白かったよね! これもう21世紀ゾンビ映画でベスト級に面白かったよ! そんなな、そんな金とか掛かってる風じゃないんです! なんせ列車内ゾンビパニックだからな! たかが知れてるでしょ出てくるゾンビの数とか! R指定だって付かねぇんだから残酷描写だって大したことねぇよ! でも数じゃねぇし金でもねぇし血でもねぇよ! いや数も金も血も大事だけど! まだ閉鎖環境ゾンビ映画でこんだけ作れるぞと! オーソドックスなストーリーとかキャラクターでこんだけ面白くできるぞと! その気概が数と金と血を凌駕したよ! すげぇな『新感染』! 『新感染』すげぇ! わざわざ連呼するなその邦題を。

お話はですねなんか家族関係うまくいってないファンドマネージャーがいて。この人が娘連れて別れた妻のいる釜山行こうとすんです。そんで高速鉄道乗ったんですが、明らかにゾンビなりかけっぽいの客に紛れ込んじゃった。
このゾンビ『28日後…』系の即感染即ダッシュの爆速ゾンビ。ただでさえ狭い列車内でそんなん来たら絶対詰むに決まっているがー、乗客たちは武器もないのに結構健闘するのであった。乗客たちっていうかプロレスラーみたいな人がほぼ一人で殺りまくる感じでしたが(素手で)

すげぇ良いなと思ったのはゾンビ禍の予兆だよね。予兆めっちゃこわいすよ。なんか、目の前を消防車がダーッと通り過ぎて、あれ雪でも降ってんのかなと思ったら灰降ってんですよね。え、と思って消防車行った方見たらタワマン燃えてるじゃん。まぁ別にタワマン燃えることもあるだろうけどなんかやべぇよ、なんかやべぇよ!
そういう緊張の盛り上げ方すごい。高速鉄道の車窓からちょっとだけゾンビっぽい何かが見えたけど列車走ってるからすぐ視界の外に消えちゃった、のエレガントな怖さ。低予算こわい映画がいかに低予算を感じさせないで怖がらせるかってことのスーパーお手本だとおもったよ。

いきなり脇の方から感想を書いている。何故かといえばだ、これはもう王道も王道の超王道ロメロ主義ゾンビ映画なので、こんな変なストーリーなんだとか、こんな狂ったキャラクターが出てくるんだとか、書けない。言ってみれば偉大なる普通でいや普通ではないのだけれども普通ではないのだけれどもどこが普通ではないと思ったかという話はたいへん長くなるから!

それは後に回すがそうなると物を言うのはレトリック。普通の映画を超面白い普通じゃない映画みたいに感想書くテクニックはまったくないから率直に言ってこの映画に関して俺に書けることは早くもないぐらいだ。そうだなせいぜいこれぐらいだろう。面白い! すごく面白いかったよ! 泣いた!

書けば書くだけ惨めになる感想ってあるのか。まぁ、いいじゃんレビューのプロみたいな人がいっぱいこの映画ほめてるから…。

ゾンビ映画も多様性が要求される現代だからゾンビ先進国からはゾンビ映画らしいゾンビ映画が消えてしまった。ゾンビが恋愛してんじゃねぇよゾンビがペットになってんじゃねぇよゾンビとビル・マーレイ間違えてんじゃねぇよ、ゾンビのドラマなんだからゾンビをやれよ!
ゾンビリベラルに反感を抱くゾンビ保守も多いのではないかと思われるがそんな中で今どきゴリゴリのロメロ主義を掲げるポピュリスティックなゾンビ映画がゾンビ発展途上国に突如として現れたのだからこれはもうある意味でゾンビ映画界のドゥテルテ大統領のようなものではないかイメージ的には真逆だがと思うがいやそれはいいのだが!

ロメロが『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』のもう一つの続編として『サバイバル・オブ・ザ・デッド』の姉妹編を撮ったとしたらたぶんこういう感じになったんじゃないのって感じで感慨あるな。過去仮定がかなしいが、ロメロゾンビのコアがちゃんと継承されてる気がしたよ。
『新感染』は限定空間ゾンビ映画だから扉と封じ込めを軸にアクションを展開するが、扉と扉で隔てられた領域の物質性が物語そのものとなっていたのがロメロゾンビの出発点『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』だった。『ゾンビ』も『死霊のえじき』も『ランド・オブ・ザ・デッド』もそのへん同じ。扉、領土、封鎖、突破、の物語。

道具立てはどれ見てもあんまあんま代わり映えしないがその意味するものは変わっていった。たとえばだ、いがみ合ってばかりだったが『ナイト~』の密室人間模様はゾンビ地獄からの脱出に紐付けられていたわけで、脱出の方法を巡って殺し合いになるつーある意味で牧歌的な状況ではあった(人死んでますが)。
あの家、とりあえずあの小さな農家は登場する全員の仮おうちとして暗黙的に認められていて、地下に住んでる人もいれば二階に住んでる人もいるが、『死霊のえじき』みたいに気にくわないから出て行けとか言う人はいなかったのだ。扉は人間とゾンビの間にあって、扉の内側はみんなの領土であった。

『ゾンビ』ではしかし混乱が全米に拡大してしまってもはやそれどころではない。人の密集する都市部ではどこまでが人間の領土でどこまでがゾンビ界かわからない。扉はあらゆるところにあって、あらゆる扉の先にはゾンビがいるかもしれないから、領土とか封鎖なんてあまり信用できなくなってしまった。
プエルトリカンのアパートでは人が普通に住んでるその隣の部屋の扉を開けたらゾンビがいてびっくり。テレビ局では避難所の情報を流すが生きた避難所なのか死んだ避難所なのか流す方もわかってない。領土を取り戻さないといけない。安心安全な領土を求めてSWAT隊員とテレビ局員は旅立って、『ナイト~』の防衛戦争は侵略戦争にスライドしていく。腐敗したフロンティア・スピリットは『サバイバル・オブ・ザ・デッド』の原型だ。

『ナイト~』と『ゾンビ』はにっくきゾンビどもから奪い取った領土を必死で守る話だから扉は基本的には封鎖してく方針。続く『死霊のえじき』のおもしろいところはたぶん『ナイト~』と『ゾンビ』でアクションの見せ場となっていた扉を巡るゾンビVS人間(人間VS人間)の攻防がほぼ無くなってしまって、扉の封鎖とか誰も興味なさげなところだ。

あの基地の人たちは誰も領土を守る気も拡大する気もないし新天地を探しに行く気もない。とりあえずヘリは飛ばしているが単なるルーチン。科学者はゾンビ研究に勤しんでいて、ヘリのパイロットと無線技士はのんびりのどかに現実逃避、すごい軍人(語彙の貧困)はめちゃくちゃな剣幕で超いろんな人を怒鳴りつけまくるが建設的なことはたった一言も言ったりしないし何も行動しようとしない。
なんかたのしそうではあるが、どいつもこいつもまるで死を待っているかのよーだ。だから扉は、ここではゾンビを招き入れるためだけに存在する。ゾンビ映画の死に様オールタイムベスト永久一位のローズ大尉の末路を見たまえ!

なんでこんなに登場人物のやる気がなくなったんだろう。予算が全然貰えなかったから当初の壮大な構想を断念したという経緯は聞かなかったことにして『死霊のえじき』の諦観を考えるときに、ロメロゾンビの入れ子構造というものが補助線になるのではないかとおもわれる。
ロメロゾンビというのは続編とかマイナーチェンジとかではなくて全部『ナイト~』をアップデートした上位バージョンなのだ説。テレビの避難所情報と州兵のイメージで『ナイト~』と接続された『ゾンビ』は『ナイト~』の世界をもっと巨視的に見てみたものと言えるし、悪夢にうなされる女の人のイメージで『ゾンビ』と接続される『死霊のえじき』は『ゾンビ』では描かれなかった悪夢の映像から映画が始まる。

こうして見てみると科学者の手つきでゾンビ世界の在り方を探ってきたところで、今度はそのように世界を見る我々とは何者かとでも言うように、ロメロはゾンビ唯物論とゾンビ社会学を包含するゾンビ存在論に向かったわけである。こうなってくるともう領土とか扉とかあんま意味を成さない。

『死霊のえじき』をアップデートしたのが『ランド・オブ・ザ・デッド』だとすれば、あの地下基地の人たちの無気力もよくわかろうというものだ。ゾンビに意志が芽生えちゃって、人間に奪われた領土を奪い返しに来ちゃって、もう人間とかゾンビとか境ない感じ。存在の境が無くなってしまったのだから領土だって無効だ。本当はずっと無効だった。
それを目の当たりにした主人公は装甲車に乗って危険地帯を突き進む。領土なき世界でせいぜい人間の領土と言えるのは移動車両の中ぐらいだ。あるいは移動性が人間性だ。扉はもうどこにもない。

『ダイアリー~』『サバイバル~』まで行くとまた長くなるのでそれは割愛するがともかくこうしてロメロゾンビは『新感染』と繋がるようにおもったよね。
領土争いと扉を巡る攻防を爆走中の列車の中でやるわけだから、『新感染』。こんな酷い世の中じゃあ生きてるんだか死んでるんだかわからないってんで人間性の回復を求めてみんな釜山行きの列車に乗ったわけだし。
結果、人間であろうとするあまり人間性を失ってしまう、『スノーピアサー』の終着駅に別路線から辿り着くのだった。が。

ジョージ・A・ロメロのゾンビワールドは厳格な互酬性と双対性の世界だ。扉を封鎖すれば必ず破られるし、破られたら必ず封鎖される、されなければならない。ゾンビに噛まれたらゾンビになるし、ゾンビになったら必ず噛む、噛まなければならない。
奪った領土はいつか必ず奪い返される運命で、例外はせいぜいのところ夢の中ぐらいにしかないが、ぐっすり安眠してる人をロメロのゾンビ映画の中で見たことがないからそれさえ怪しいところだ。『死霊のえじき』のオープニングとエンディングが正確に対になっていたことも思い出される。

さっきから『新感染』をロメロ主義ロメロ主義言っているのは禁欲的なまでにそのルールに忠実な映画作りになっているように見えたからだったが、たぶんロメロと違うがロメロも生きていれば辿り着いたに違いない『新感染』のおもしろさは、ロメロやポン・ジュノみたいな知性がその知性ゆえに踏み越えることのできなかった限界を何食わぬ顔で乗り越えてしまうところにあるんじゃないだろうか。

つまり、ゾンビに襲われている人がいたら理由もなく助けたりとか結構、そこらへんの貧乏で汚くて学のない庶民はやったりすんである。なぜならあんまり考えていないから。良いとか悪いとか考える間もなく行動するから理由もなく差別とかするが理由もなく人を助けたりとかもする、理由も無く人を罰してその代わりに理由も無く罰を受けたりする、理由もなく人に親切にされたら理由もなく人に親切にする、アルカイックな互酬性の構造に身を委ねて生きる一群の人々を、ロメロやジュノの近代精神はどうしても受け入れられなかったのだ。

俺はそれがロメロゾンビのおそろしさだったんだとおもう。互酬性ルールの中で自分で自分を所有できないこわさ。自分は自分の身体を操縦していて、自分は自分の領土を所有していて、自分は自分のコミュニケーションや交換の回路を封鎖したり開放したりできると思っていたが、実は構造の中で特定の位置と状態を割り当てられているだけだとしたら。こわくない? 特にインテリとか勝ち組って言われる人は。なにかを多く所有している人は。

おそろしさだった、というのは『ナイト~』ではおそろしかった互酬性の世界はシリーズを重ねる毎に怖くなくなっていったから。たぶん、ロメロどっかで覚悟したんじゃないの、人間社会そういうもんなんだからしょうがないじゃんみたいな。やはり昔気質のインテリだから覚悟はしても抵抗感はあったかもしれないが、その抵抗感を捨てたのが『新感染』だったつーことでちゃんと『新感染』の話に戻した俺は偉い。

そこに真っ暗なトンネルがあって、どこに続いているかよく分からないが、もしかしたらその先には救いとか真実とかが待っているかもしれない。ジュノの男たちはトンネルに入るのが怖かった。トンネルの暗闇に入ったら、自分も姿の見えない殺人鬼と同化してしまうような気がした。殺人鬼の気持ちが分かったら、今までずっと立っていた正義の足場が崩れてしまう気がした。

ジュノの『殺人の追憶』が踏みとどまった暗闇トンネルに『新感染』は入っていく。そんな危なそうなところに入ったらゾンビに食われて自分もゾンビになっちゃうかもしれないが、『ナイト~』で殺し殺されるだけだったゾンビが『ランド~』でついに人権(?)を獲得したのとは逆に、『新感染』では人間がゾンビの属性を受け入れようとするんである。これがモラルじゃなくてなんなのか。

崇高な堕落の光景が呼び起こすのはハーラン・エリスンの『世界の中心で愛を叫んだけもの』だが、これもまたおもしろいもので似たような光景を最近どこかで見たと思ったら黒沢清の『散歩する侵略者』だった。ちょっと前まで終末風景の前で立ち竦んでいた高貴なるクロキヨ的キャラクターたちが、ここでは当たり前のようにその先に進んでいって堕落してしまう。
『散歩する侵略者』で人から概念を奪う宇宙人たちは所有の概念を奪ったりしていたが、クロキヨはクロキヨで『回路』つー終末ゾンビ映画があるわけだから、ここにもあったロメロの影。などなど考えていたら涙腺が緩んできたからなんだかすごい『新感染』、なんだろうなここで終わってここから始まるモダンゾンビ映画のターミナル駅のような映画とおもいましたよ。

ゾンビ映画は時代を映す鏡というが。時代映してこういう映画になるんならブチ切れサラリーマンやローズ大尉のような人たちがあちらでもこちらでもヒステリックに喚きまくっている現代つーのもそんなに悪いものでもないすねぇ。

【ママー!これ買ってー!】


28週後… [Blu-ray]

『新感染』の高速列車にしがみつくゾンビの群れは絶大なインパクトだったが列車に乗り遅れるな! といえば『トレインスポッティング』。続編『T2』もこのあいだやっていましたが(『ターミネーター2』もリバイバル上映していたが…)実は地獄行きだったトレスポ列車にさまよえるユアン・マクレガーを引きずりこんだ地元のクソパイセン、ロバート・カーライルが今度は自分がゾンビ地獄に引きずり込まれる『28週後…』はある意味で逆『新感染』と言える映画なので併せ鑑賞推奨。本当に意地が悪くてむしろ爽快デトックス。

↓その他のヤツ

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ダイアリー・オブ・ザ・デッド [Blu-ray]
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