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性奴隷! めっちゃ笑った。知らないけどこういうのアメリカ受けいいんだろうなっていう気はしますよね。受けってウケるっていう意味の受けで。笑う映画だったよないやこれは俺が斜に構えてるとかじゃないくて笑う映画なんだって『ドント・ブリーズ』路線かなぁと思ったけど。
ガールフレンドのご両親に挨拶に行ったらその家というのは『風と共に去りぬ』時代の南部プランテーションのような大邸宅で庭師は黒人メイドも黒人お祝いになると隠れKKKみたいな紳士淑女が大挙して押し寄せるという絶対あやしいどう考えても明らかに怪しいっていう状況で奮闘する気持ちイケメン風黒人の人が主人公だが主役はイケメン風黒人の人の犬の世話を頼まれた空港警備員のおっさん。
じんわり不気味ムードを存分に煽っといてぇの性奴隷! と、息とウンコの臭そうな空港警備員のリルレル・ハウリー! 笑うわ。
監督がコメディアンというからあの人が監督兼主役なのかと思った。主演を差し置いて全部自分の手柄にするの汚いわーでもセルフプロモとしたらめっちゃ上手いわーって見てましたがリルレル・ハウリーはまた別のコメディアンの人だそうです。えぇ。気になりすぎるんだが。入ってないのかNetflixとか、なんかスタンダップコメディのビデオみたいなのよくあるじゃんネッフリ…。
このキャラは面白いのでスピンオフとかありそうな気もするがそれはそれとして一応これはホラーなのでイケメン風黒人の人の田舎大恐怖のお話ということになる。それにしてもアメリカの映画、黒人の人が黒人! ていう感じで描かれるしそういう演技する。白人は白人! でアジア人はアジア人! だ。レズはレズ! ゲイはゲイ!
もうええかげんに辟易する。アメリカ映画の記号性。ホラーならホラーとかコメディならコメディとか社会派なら社会派とかジャンルやカテゴリーごとの揺るぎのない枠というのがあって、その中で枠の定めるストーリーの要請するところのシンボル的な配役というのは予め全部決まっていて、あとはシンボルの組み合わせのバリエーションと同じ役を違う俳優が演じることの微妙な差異を楽しむだけ。極度に洗練された内輪受け。差別の構造とも言う。
こうなると保毛尾田保毛男とどう違うという話になる。なんでアメリカ映画はあんなにポリコレポリコレうるせんだろうなと疑問に思っていたが、こんな構造を取る以上はポリコレを推進しないと自己正当化ができないんじゃないだろうか。
結局、女が強くてもゲイがパートナーと愛し合ってもアメリカ映画のスタンダードは揺るがない。アメリカ映画の政治的正義というのは保毛尾田保毛男の代わりに烈巣田烈巣美を、台詞は変えずに登壇させるぐらいのもので、こんなものは枠を維持するためだけの終わりのない言い訳に過ぎないんじゃないかと思ってしまう。
まったくこんなことを感じるのはアメリカ映画ぐらいなもの。人種や民族固有の物語や問題意識というものが映画の基調を成していたとしてもイギリス映画やフランス映画で黒人が出てきても黒人だ! という風に演出されることも意識されることも殆どない。アジア人だ! もレズビアンだ! も車椅子の人だ! も、実にアメリカ映画特有の記号的違和感なんである。
一体なんの話なのか。唐突な脱線に自分で戸惑うが手は頭ほどに物を知るのでこれは『ゲットアウト』のゲリラ的婉曲論評だったのだ! 自分で読み返して唸る。
主人公のイケメン枠黒人の人はクリス・ワシントン(ダニエル・カルーヤ)という人で、さっきからイケメンと書いているがイケメンっていうかショタ属性含有の弱さを孕んだ少年ルックス、この人がニューヨーカーのシャレオツなカメラマンであるというわけで最初っから気に入らない。人を蔑んだ陰気な笑い方が嫌な感じだし人に無断でカメラを向けて会釈の一つもない失礼な人である。
だが気に入らないのはこの人だけではなかった。カルーヤさんの恋人ローズ・アーミテージ(アリソン・ウィリアムズ)は眼光鋭いリベラル闘士風情であれだなあれがこんな感じだと思ったんだ『スノーデン』でスノーデンの恋人だった人。自分を疑うことが絶対にできない人。間違っているのは世界だという盲目的な信念がアンディンティティを支えているから考え方を変えられない人。殴ってから謝ればいいし殴るのは正義の実現の必要経費だと考える人だ。実に嫌な感じである。
この嫌な人が言う。「父は熱狂的な民主党支持者。オバマに3期目があったら絶対投票してる」。果たして気に食わないクリスさんが気に食わないローズさんの導きによって知遇を得ることとなったアーミテージ家において過剰なリベラルしぐさにヘソが茶を吹くパパ・アーミテージは言うのだった。「オバマの3期目があったら是非とも票を投じたかった」。
気に食わないが、このあたりで気に食わない人間どもを笑う人を食った映画だと理解し始める。あとはもうどうせみんな気に食わないから好きに殺し合えばいいじゃんとか思えてくるのでこの笑いは黒い。だが空港警備員のロッドさん(リルレル・ハウリー)だけは最後まで絶対酷い目に遭わないでほしいと願ったぐらいの良い人だったから黒笑一色ではない。
気取ったやつらは全員信用できないがロッドさんみたいなウンコの臭さを隠さない人は信用できる。ロッドさんがいなかったらいかにも辛辣で刺々しいドン引きコメディだったろうからやはり映画の主役はロッドさんだ。性奴隷!
この、どこまで本気か分からない飄々としたホラーならぬホラ語り(これは友達から聞いた本当の話なんだけど…の前口上が入りそう)はなんとなく漫談的なのでコメディアン監督の持ち味かもしれない。余談ながらこのストーリーは…このストーリーは…ラブクラフトのよく名の知れた短編を想起せずにはいられないが…それはネタバレ回避のため伏せておくがラブクラフトといえば黒人大嫌い作家というわけで現代では非常に際どいポジション。
ジョーダン・ピールというコメディアン監督の人の不気味醸成力はガチなのでラブクラフト原作のホラコメみたいのやってくれんかな。黒人監督の視点からの批評的ラブクラフト再構築、たいそう刺激的ではありませんかね。
【ママー!これ買ってー!】
たぶん『悪魔のいけにえ』の何番煎じと思われるが煎じ中ではベストテン余裕に思われる。『ヘルハウス』のジョン・ハフ貫禄の壊れっぷりにアメリカ深部に確実に存在する時空の滞留域を見、慄くばかり。