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別に悪い女の人の話じゃないので悪女というか黒女、あっちからもこっちからも脅され踊らされズタボロに壊されて捨てられた悲女キム・オクビンが復讐に赴く際に着込むのは黒いレザースーツだったから黒女ですけどそれすげぇ石井隆の映画版『黒の天使(vol.1&2)』っぽくないですか。
ていうか俺の中では完璧シナプス結合しましたね。キム・オクビンが復讐の末に見せる笑顔とそれから泣き声とも笑い声ともつかない、ブラックアウトした画面に響き渡る悲痛な声ですよ。この声に『黒の天使』の葉月里緒奈の絶叫と『黒の天使vol.2』の天海祐希の慟哭がリフレインした。
子どもの頃に親を殺された女児が女殺し屋として育てられ…的なストーリーが両者共通しているとかそういうことじゃないんだよな。そんなのベタ中のベタで別に同じような映画いっぱいあるんだし。
たぶんメロドラマにゆったり時間を割いた構成と…あと悲劇の女殺し屋に対する眼差しが似ていたんじゃないか。哀れみとも違うし蔑むわけでもないが共感でもないし、ただその場に一緒にいてジッと無力に見つめているような眼差しの距離感が。
作り手が意識したかしてないかは知らないし、そもそもチョン・ビョンギルっていう監督の人は石井隆とか知らないと思うけど、逆にその意図せざる偶然の類似が悲女たちの運命の紐帯を感じさせるところで…いや、なんか感慨深いな。
アクションが超すげぇやべぇ映画ではありますけど俺そういうとこにグッときましたね。死ぬほどいや殺されるほど超強いスーパー殺し屋のキム・オクビンですけどスーパーヒロインではないんだよね。社会のはみ出し者とかそういうのでもないんですよ。
すごい普通の女の人が超絶殺し屋に無理矢理堕とされたっていう話で、本人もそれをある程度受け入れているし、受け入れているけど納得してるわけじゃないし、納得してないとしても目の前の現実は変わらないから言われるがままに殺し続ける。
感情を乗せにくいキャラクターだと思ったよ。だってあんまり置かれた状況に刃向かってくれないから。すごいアクションも結局、物語の中では受動的にもたらされるだけで、能動的に状況を変革するためには行われない。
要するにカタルシスがない。アクションのカタルシスはあるけど物語のカタルシスはない。結構なこと。感情は乗せられないけど俺はこの映画に感覚はガシガシ乗せてしまったよ。それが良かったんだ『悪女』。
わかりやすい共感とカタルシスに逃げる映画が苦手で。石井隆が好きなのもそういう安易さに絶対に逃げないからなので。
といいつつやっぱりアクション超やべぇっていう感想がいの一番に出てくる映画ではあった。だってしょうがないよね、超やべぇすからね。映画始まったらいきなりPOV。場所はなんかヤクザビルみたいなところ。部屋から男が出てくる。刹那、POVカメラ越しに伸びた手が男を殺る。
そっから超やべぇよ手を変え品を変え場所を変え相手を変え…とこう、普通のアクション映画だったら一アクションシーンに一つみたいなアクションアイディアがもう冒頭で10個ぐらい出てくるからね、武器のチョイスから武器の使い方から縦横無尽のカメラワークから…めちゃくちゃだよこんなの。
各種媒体で喧伝されてるバイクチェイスチャンバラ、超絶技巧ですごいんだけど冒頭で唖然とさせられちゃったから逆にそんなにすごく見えないっていうね。
それすごくないすか。いや、映画の構成として下手なんじゃねぇかっていう話もあるけどさ…構成の美しさなんて関係ねぇからとにかく最初に超絶アクション見せて客のアゴ外しちまおうっていう魂胆の豪胆。
散々すげぇすげぇ言われた『ハードコア』だってもうちょっと全体の構成を意識したアクション配分になってたわけだから、これはとんでもねぇ映画見に来ちゃったなと思いましたよ…。
でその後は悲女が悲女たる所以を過去と現在を交錯させながら見せていく。これがオクビンの心象風景のような歪みを帯びていておもしろい。殺しのスキルを見込まれて国家情報院の暗殺部隊として拾われたオクビンだったが、地に足の着いた現実とアイデンティティを失ったオクビンの見る世界はぼんやりと焦点が合わないで揺らいでる。
だから国家情報院VS巨大犯罪組織に発展していく物語に迫真性もなければスリルもサスペンスもない。そんなものは壊れたオクビンにはどうでもいいことで、ただただ奇妙な倦怠と空々しさが画面に漂うばかり。
俺がそこで連想したのは押井守の『東京無国籍少女』と『人狼』だったから、人を選ぶだろうなこういうの。ドラマ部分がつまんないっていう声をチラホラ見るがそれはもうその通りで全然おもしろくないとおもう。
俺は『東京無国籍少女』も『人狼』も『黒の天使』も『ハードコア』も全部好きだからつまらないドラマも含めて捨てる部分がない。雑食人間はつよい。ていうか、むしろ、ドラマがつまんないから映画としては好き。
乾いた、つまらない、凡庸な、やりきれない物語の中に音も立てずに浮かび上がる情感を客に拾わせるドラマツルギーのセルフサービスが、映画の中で救われない生を歩むオクビンに、映画の外から一抹の救いを与えているようで、得も言われぬ光というものを感じる映画体験になったようにおもう。
その点から言えば俺にはあんまり魅力的に見えなかったキム・オクビンの普通さもこの映画には必要だったんだろうな。そこらへんにいる普通の女の人の映画だから。
【ママー!これ買ってー!】
清野菜名のアクション感性の良さと所作の美しさにびっくりするがびっくりするまで一時間以上あるからそれまで寝ててもいい疲れたお客にやさしいリラクゼーションアクション映画。
いや、俺はそのつまらない一時間を超えた先の清野アクションだからこその衝撃だと思いますけどね! まぁ寝るは寝ますけどさ…。
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