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これはまたなんという偶然か、それとも狙ったか、冷戦下の軍拡競争・宇宙開発競争で遅れを取るまいと大アマゾンから掠め取ってきた半漁人の呼吸メカニズムを有人宇宙飛行に応用しようとする(が、真面目に受け取られなかったのかあまり研究が進んでいる気配は無い)政府系研究機関の一部門で主人公イライザ(サリー・ホーキンス)と共に清掃の職に就いていたのは『ドリーム』のオクタヴィア・スペンサーだ。
まぼろしの副題『私たちのアポロ計画』が映画ファンの猛抗議に晒され海の藻屑となった『ドリーム』はアポロといいつつアメリカの有人宇宙飛行の礎を築いたマーキュリー計画を裏側で支えたウーマンズを描いた実録風フィクション(その理由は原作を読めばわかるとしか言えない)であるから時期的には『シェイプ・オブ・ウォーター』とほぼほぼ重なってしまう。
『シェイプ』では一介の清掃員だったが『ドリーム』でオクタヴィア・スペンサーが演じたドロシー・ヴォーンは、というよりも原作に描かれるドロシー・ヴォーンはNASAの前身NACA時代より活躍したスペシャルな女性計算手だった。
映画はマーキュリー計画に直接携わったことからアメリカの働くウーマン史における輝ける星となったキャサリン・ジョンソンを中心に構成されていたが、そのキャサリン・ジョンソンを輩出したNACAの黒人女性計算手オフィス”ウエスト・コンピューティング”第一期生にして室長にまで登りつめたのがドロシー・ヴォーンなんである。
さて映画版『ドリーム』はそのへんをバッサリザックリ容赦なくオミットしてしまっていたのだったが、代わりにドロシー・ヴォーンを演じるオクタヴィア・スペンサーに実は原作には無いというか、一応元になったエピソードも無くはないが相当誇張した殆どファンタジー的な創作に近いエピソードが与えられた。
どんなに熟練でも所詮は人間なので計算力に限界のある計算手に代わって新たに導入されたはいいが、うんともすんとも言わずに男職員お手上げ状態だったIBMコンピューターと「会話」をして、彼を作動させるんである。
この水面下の奇妙な呼応には首筋がピリピリくる。『シャイプ』のイライザも『ドリーム』のドロシーも、宇宙開発の道具にされた話し言葉を解さない人知を超えた存在と、男たちの知らない言葉でコミュニケートするわけだ。
半漁人に恋するイライザに理解を示す唯一の同僚がオクタヴィア・スペンサーだったのはある意味当然で、同じ時代背景を共有しながらも目指すところのまったく違う(片や宇宙で片や深海だろ…)二つの映画は、その妥協不可能な表層の差異を超えた深層のイメージでどこか繋がってるんである。
しかししかしそういう細部にぐっと思考をクロースアップして見てしまったということは、俺にはあんまり響かなかったってことだろう、情緒的には。
なんか世代的なものかな。怪獣とか怪物愛がないからかな。愛情たっぷりによくよくよぉく作り込まれた丁寧な映画だなぁと感心するばかりで一向にハートが感激に持って行かれない。
俺にとっては『ドリーム』とそのへんも印象が似ていたりする。どっちも柄にもなく身じろぎ一つせずに見てしまったぐらいには集中したし面白かったけど(※『ドリーム』の方は少し寝てます)、最初から最後まで乱れることなく一定の面白いを維持してたなぁって感じでこう、喩えとして唐突すぎると思うがTOTO聴いてるみたいな感じっていうか。あぁ良い曲だった、みたいな。いや俺はTOTO好きなんですけど…。
まぁ完璧に出来上がったファンタジーはファンタジーじゃないんじゃないかっていう説が俺にはあって。フェンタジーの裂け目から現実が見える瞬間にむしろファンタジー性が宿るんじゃないかと思っているので。だから『オズの魔法使』とかは現実の中に無理矢理ファンタジー空間を作ってる感があるからわぁファンタジー! ってなる。
『シェイプ』に出てくる人たちっていうのはみんな「こうあるべきだ」の社会的な枠の中で必ずしもそこに合致しない自分を自覚していて異端者の苦しみ悲しみを抱えてるんですけど、枠に苦しむ状態を端正に作られた物語世界の枠の中で描いてしまうと、ちょっと自家撞着っぽい感じもあるじゃないですか。
メロウで耽美的なファンタジーなんだけどそういうところがファンタジー性を感じられなくて妙に視点を引いて見る感じになった所以かなぁと思うし、だから異形の愛のうつくしさとか崇高さみたいのは俺にはちょっと感じ取れなかった。
上質なお伽噺としてのうつくしさはあったのだとおもうけれど。かたちの整った映画はうつくしいと言ってしまえば身も蓋もない。
悪役のマイケル・シャノン、おもしろ要素満載の濃いぃキャラで大変良し。マチズモの重圧で壊れかけた人の一面の狂気を帯びた馬鹿馬鹿しさ炸裂なトイレの下り、あれ最高だった。「小便の後で手を洗うか、小便の前に手を洗うか。それが男を決める!」(なにが決まるというのだ…)
【ママー!これ買ってー!】
ウルトラC級のファンタジックエンドに笑いながらちょっと心を動かされてしまうユルグ・ブットゲライトの異形の愛テーマ。
ブットゲライトもデルトロ同様に怪獣・怪物映画マニアなのでそういう人はやっぱりやりたがるんだろう異形の愛テーマ。
↓その他のヤツ