《推定ながら見時間:10分》
エンドロール入れて70分ちょっと、本編は正味70分切ってるぐらいの分量なのでまぁいいやと思ってどうせ参考にならないあらすじも飛ばしてゼロ情報の状態で視聴に入ったわけです時間捨てるつもりで。
なので想定外のサスペンスフル体験になりましたね。なんせ話がどこへ転がるか全然わからない。オープニングは主人公のアビ・ジェイコブソンが何処かでサイコセラピーとか自己啓発的なオーディブックを聴いてるというものだがこれがまずわからないから。
「あなたは桟橋にいます。桟橋の先にはボートがあります。あなたは歩き出します…」怪しい。「これは愛から立ち去るためのレッスンです…」ますます怪しい。「あなたは前にもここに来たことがあります…」怪しいが不穏な予感に変わってくる。
なんだこれは『ドグラ・マグラ』でも始まるのか。『ロスト・ハイウェイ』か。『メメント』とか…。
ここで時間が巻き戻って独立記念日の朝になる。アメリカンにとっての独立記念日がどんなもんか知らないが、ジェイコブソン家では親戚友人集めてそれなりにビッグ規模なホームパーティをやるらしいのでアビさんもケーキ予約するとか風船買ってくるとか準備に駆り出される。
それ、何持ってるの? 天井に張るやつ。えー、めっちゃチープじゃん、業者に頼めばよかったのに。いいの。
突然の自由間接話法に(俺が)戸惑うが、ともかくそんな他愛の無い会話があったあと、アビさんは天井におめでとう的な横断幕みたいなやつを張ろうとする。
そのままじゃ届かないから木製の踏み台を持ってくるのだが、これが足が少し欠けていて安定しない。替えを探すのも面倒だからアビさんはえいやと踏み台に乗る。
ぐらぐらする。でもまぁ大丈夫そうな気もする。大丈夫そうな気もするが、しかしやはり、ぐらぐらするのは確かなのである…。
ちなみにこの場面まったくなにも展開の上で意味を成さないですから。じゃあ何だったんだよと見てるこっちが思わず転げ落ちそうになるが、でも被写界深度が浅くて色褪せた、いやにニューロティックな映像スタイルだから嫌な汗が出ましたよねここなんか見てて。
基本そういう映画でこれはまたネッフリ配給らしい、なんていうかこう一般流通乗りにくそうな感じの仄めかし心理サスペンス。狭い車内に山盛りの風船を無理矢理押し込んで押し込んで押し込んでポンッ! と破裂するとかそういう他愛ないが穏やかならざるメタファーの連続。
ランタイムも70分とかしかないから本当ワンアイディア単線プロットの、肉の付いてない太い骨一本だけみたいなマゾ仕様系で見ていて思わずぐるると唸る。客を犬扱いか。骨だけ投げられて客が喜ぶとでも思ってるのかお前ら。
喜ぶ。
「チャプター2。あなたはボートに乗りました。ボートには穴が開いていました。少しずつ少しずつ、ボートは浸水していきます…」
随所で挿入される怪しげテープ音声が意味するものがやがて判明。まだ幼い姪っ子とオマケで付いてくる弟デイヴ・フランコをパーティに呼ぶべく迎えに行ったアビさんだったが、どうも弟の様子がおかしいことに気付く。
有り体に言ってゾンビ。もう歩くのも難儀だし車に乗せても助手席でハエ寄ってきそうなぐらい腐ってる。またやったのか。違うんだよ、止めようとはしてるんだよ。施設行きなって、10日入って一旦抜いて…。でも10日も会社休めないよ。親父の看病とか言えばいいじゃん。バレるじゃんそんなの…。
またしても唐突な自由間接話法だが、つまりデイヴさんはヘロ中なのだった。仮初めのお祝いムードは去った。ボートに水が入ってきた…。
ていうわけでここからが本筋。こんな状態じゃ家族友人の前連れてけねぇからっつってとりあえず施設に連れていくが、健康保険会社が対応してないとかなんとかで中々受け入れてもらえない。
たらい回されているうちにヤク切れの禁断症状がでてくる。汗ダラダラ息絶え絶え。後部座席で無邪気にお人形遊びに興じる娘の前で死ぬよぉ死んじゃうよぉと姉に泣きすがるデイヴさんのせいで車内の空気最悪。
死んじゃうよもう死んじゃうんだ、クスリ買ってきてよお姉ちゃん。施設に行く。ガオー、食べちゃうぞー。頼むからクスリを…。50メートル先で左折してください。ダメだって、施設まで我慢して。ギャオーン! 買えよ! …。ルートが変更になりました。
このへん、車内の三人のまったく噛み合わない台詞+カーナビ音声の混沌ムードがじっとりとしたサスペンスを醸し出していてすげぇ良かったな。
でまたデイヴさん(今更になるがジェームズ・フランコの弟らしい)の依存体質芝居が素晴らしいんですよ弱々しくて惨めったらしくて狡くて、大人しいんだけど何をしてかすかわからない怖さも少し臭わせて。ちょっとホアキン・フェニックス入ってる感じの。
この人は泣きながら死ぬ死ぬ言ったら姉が自分の頼みが断れないって知ってるんですよね。知ってて言ってて、でも本当は子どもの前だしそういうことはしたくなくて、だけれどもヤク切れでとにかく辛いからなりふり構ってられなくてつい言っちゃうっていう。
ジャンキーってこうだよなぁって思いましたよいやイメージなんですけど。死ぬ死ぬ言ってるのにどこどこでクスリ買ってきてくれとか命令するときだけはひどく冷静な口調になるとかリアルな感じですよね、なんか。
整脈注射するのにトイレの溜水使っちゃうとかジャンキーの惨めディティールには相当力を入れたと見た。ていうかジャンキーと付き合うことがどれだけ大変か、ましてや身内ならっていう映画だから当然なのですが。
ニューロティックなムード濃厚も画作りの方向性はリアリズムで、水に沈んでいくアビさんの心象風景と現実の風景はキッチリ分離されているが、それが一瞬だけ交わるショットがあった。
シンプルな映画だからその絵面はたいへん印象的で、心地よい開放感があってええかったのですが、どうとでも解釈できるあの場面と、およびそこから雪崩れ込むラストは、俺は結構やるせなく見てしまったな。
一種のループものとも言えるしそうでもないとも言えるが、メンタルクリニックの待合室で流れてるようなリラクゼーション効果高めの綺麗なピアノ曲をバックにしたエンドロールを眺めていたらなんとなくそんな気がしたわけです。
よかったですよ切なくて、苦くて、やさしく堕ちていく感じが。「これは愛から立ち去るためのレッスンです。あなたは前にもここに来たことがあります…」
【ママー!これ買ってー!】
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『シックス・バルーン』はパーティ出席のためにクスリを探すワンナイト鬱ドラマなので、パーティ出席および童貞喪失のために酒を探すワンナイト躁コメディな『スーパーバッド 童貞ウォーズ 』を解毒的に。これはこれでやるせないんですけど。