《推定睡眠時間:15分》
食肉加工工場に務める男女の不思議不可思議ラブストーリーだがその食肉加工工場でなにかしら事件が発生している。発生しているらしいが上手い具合にそのスポットだけストンと寝ていたっぽいので何があったのか謎。でも本筋にはあまり関係しないというか比喩的なエピソードだったようなのでいやそれも結局見ていないからわからないのだが! ともかく、重要なのはまぁそこではないだろうという話なので気にしないでもいいと思うがいや逆にそうなると何が起こったのか気になってくるが…。
配慮なのかそれともラブストーリーとしての普遍性を強調しようとしたのかはわからないが公式のあらすじを読むと「互いに障害を持った…」とか「コミュニケーションの苦手な女性が…」とか微妙にボカしてある。
こういうことは明確にしておいた方がいいだろう派なので言うが、この食肉加工工場勤務の男の方は片腕が動かない、女の方は強度の自閉症スペクトラム(ASD)の人。
とくにASDはストーリーを理解する上でかなり重要な部分だったので、これもう少し宣伝として前に出してもよかったんでは…と思ったりもする。
お話はこのASDの女性品質検査官マーリア(アレクサンドラ・ボルベーイ)が産休か育休に入った職員の代理として食肉加工工場にやってくるところから始まる。
この人は見た目になんかこう近寄りがたい、顔立ちとか整ってるが常時無表情で寄るなオーラを発してる感があるし声をかけてもそこそこの確率で無視するので即座に浮く。
「この食堂の料理はろくでもないけど野菜料理は悪くないよ」「野菜料理は片腕で食べやすいんですね」「ニックネームで呼んでもいい?」「不愉快です。ニックネームは不愉快です」
例の片腕の中年中間管理職エンドレ(ゲーザ・モルチャーニ)とのファーストコンタクトこんな感じだったのでなんか嫌な汗が出てきてしまった。
しょうがないんです、しょうがないんですよ空気読むのが本当にできないんですよこの人は。でもIQ的なところではまったく問題がないしちゃんと大学とか出てるしちゃんと仕事もできてるし、幸か不幸がそれが肉体の接触を含むコミュニケーション不全を単なる無愛想とか高慢な態度と人に思わせてしまって、結果めちゃくちゃ浮いてしまっているのだ。
ちなみにこの直前には一緒に昼食を取ろうとする上司の手招きをガン無視したりしていた(つよいがつらい)
エンドレとの最悪ファーストコンタクトの後、何も飾りつけ的なものがない殺風景な自宅に帰ってきたマーリアは調味料入れをコマにした一人反省会を開催する。
またやっちゃったよ…あんな受け答えしたら嫌われるに決まってるじゃん…あそこから話広げられればよかったのになぁ…あの場面で不愉快ですはねぇだろぉ…。
冷血さんに見えて実はめっちゃ落ち込んでいたんであるというわけで『心と体と』とはまた何を言いたいのかよくわからんタイトルですがその一端ここで判明。ASDの人の思考と行動のズレを指してるんであった。
そういう人が恋愛をしようとすることがどれだけ大変かというわけで、なかなかそのあたりのズレ行動・極端行動のあるある感が笑えたりした…のだが。
背景に見えるピカチュウのぬいぐるみが可愛いずっと通っている児童心理カウンセラー(たぶんカウンセリング相手が別人に変わることが耐えられないので)に相談を持ちかけるマーリア。
どうしましたか。人を好きになりましたが体が触れられません。それで何をしましたか。恋愛ドラマを3シーズンとエロビデオを見てみました。それはあまり良い方法ではないね…。
恋をしたら音楽を聴いたら良いという極めていい加減なアドバイスを受けたマーリア。さっそくCD屋に行って適当に選んだ20枚ぐらいレジに持って行く。
すいません店員さん。はい、お買い上げですか? 違います視聴させてください。どれですか。全部です。
強度のASD人間は加減とか忖度というものを知らないので全部のCDを最初っから最後まで聞き続けてそのまま閉店時間を迎えてしまうのだった。
こんなの大笑いである。おおわ…あれ!? 満席に近いというのに俺の見た回は客席が水を打ったようになっていましたがどういうことですかこれは…逆に俺が浮く感じになるじゃないですか…。
なにもそれだけが原因ではないと思うが、自閉症スペクトラムを周知しない宣伝も多少関係したのではないかねこれは。
過度な配慮が当事者と周囲の人間の間に溝を作ってしまう的な状況を目の当たりにしたようで大変居心地が悪かったのでASD要素があるならASD要素があると事前にちゃんと言ってくれ…あとコメディ要素も。
いやほんとにそれ言わないと分からない人には分からないんですよラストのパンくずの重さみたいのが…ネタバレじゃないよねこれ!? 俺もこの人ほど深刻じゃないですけど比較的わかんねぇからねそういうのは言われないと…。
でそういう女の人に中年やもめのエンドレがなんか知らんが惹かれていくと。しかもなんか知らんが同じ夢を見てしまう。
どんな夢かというと鹿と雪です。鹿と雪。雪降る森林を牡鹿と牝鹿が駆けたり睦み合ったりする夢。なかなかシュール、でも素朴。
食肉加工工場が舞台なぐらいなんで現実世界では上手くいかないコミュニケーションとバンバン殺されて解体されていくお牛さんが殺伐ムードを演出するが、夢の世界は平和である。
それにしても、先週は『ラブレス』と『ミスミソウ』で、今週は『泳ぎすぎた夜』とこれで雪景色を見ているのですがなんで春先になって急に寒い映像が押し寄せてきてんすかね…雪の駆け込み需要とかあります?
あと鹿。これも『聖なる鹿殺し』なんて直球の鹿映画やったばかりで…いやあっちの方は鹿は画面に出てこなかったんですけど下地になってるギリシア神話のエピソードが共通しているそうで…なんか知らんが他社配給作とやたら接点があるよ『心と体と』。
夢の中では現実の垣根を越えて繋がれる的な物語だかららしいと言えばまぁ、らしいけれども。
閑話休題。本当に同じ夢を見ているのかというのは実はわからないところで、イメージ映像的にたびたび例の鹿と森が画面に入ってはくるが、べつにSF映画とかスピリチュアル映画とかじゃないのでそのイメージと現実の客観的リンクみたいなものは物語に描かれなかったりする。
ということは重要なのはそこじゃないわけだ。本当に同じ夢を見ているかどうか分からないけれども、同じ夢を見ていると信じて接近する男女の物語ってことになる。
ASDとか片腕とか鹿の夢とかいうとだいぶ一風変わった感もあったりするが、そのレベルに抽象化してしまえば一般的な恋愛映画ともうまったく変わるところがない。
ちょうど今読んでいるディックの壊作SF『銀河の壺なおし』にも男女関係の行く末をシミュレートしてお互いの脳に同じ未来イメージを送る相性判断メカというのが出てきていたが、まぁそれは全然関係ないから置いておくとして…そういう普通の恋愛を普通の範疇から少しだけ外れた人が普通ではないイメージを通してなんとか成就しようとする、そのズレが痛切でも滑稽でもあって面白いっつー映画でしたねなんか。
あと、主演ふたりの顔が段々と鹿に見えてくるところ。もう最後の方とか完璧に鹿。鹿にしか見えない。
【ママー!これ買ってー!】
鹿女がいるなら狐女もいるぞ! しかも九尾の狐だ! その傍らでは日本人歌手の幽霊がずっとダンサブルなムード歌謡だかなんだかわからないやつを歌い続けてます!
もうこれ大好きキュートでバカで。『心と体と』も『リザキツ』もハンガリー映画だがどうなっているんだハンガリー映画界。
こんばんは。あたしゃ、ビルのお掃除おばちゃんが、良かったな!
…そっか…騒ぎの原因についての言及は、映画中、ほんの少しだったのですね。気付きませんでした。400キロの牛に処方するものを人間が盗んだんですよ…詳しくは申しませぬが…
あー、そういえばなんか盗んだとか言ってましたね。
清掃の人は良いキャラでした。あそこ笑ったなぁ。