一行目からネタバレする『女は二度決断する』の感想

《推定睡眠時間:0分》

オチから言うとトルコ移民の夫と子どもを何者かによって無残にも爆殺されたダイアン・クルーガーが犯人と思しき二人の隠れ家的キャンピングカーに事件に使われたのと同種の釘入り(殺傷力を高めるため)爆弾を抱えて突入、自爆復讐を果たす。
“二度決断する”というのは自死の決断で、一度目は死の寸前に犯人逮捕の知らせが届いたことで辛くも免れることができたのだが、その後の裁判で犯人と目されるカップルに無罪判決が下されたことから二度目の決断を余儀なくされたというわけ。

内容的にはまったく皆目関係ないが気持ちアントニオーニの『砂丘』っぽい物凄い絵面の海辺のキャンピングカー爆破後、画面が暗転して「NSUは11年間で10人以上の移民を殺した」といったテロップが出る。
NSUとは。検索するとネオナチ・テロの脅威-ドイツニュースダイジェストという記事がたいへんわかりやすく解説してくれていた。

なんでもNSUというのは正式名称「国家社会主義地下組織」。2000年から2011年にかけて銀行強盗なんか繰り返しながらせっせとテロに勤しんでいた戦後最悪クラスのネオナチグループとのこと。
例によってゼロ知識で映画館に赴いたわけですが記事を読んでなぁるほどと合点多数だったので少し引用させてもらう。

連続殺人事件が明らかになったのは、(2011年)11月4日にアイゼナハで2人の男が銀行に押し入って金を盗んだ後、警官の包囲網に落ちたことから自殺し、乗っていたキャンピングカーに放火したため。ほぼ同時刻にツヴィッカウの隠れ家で爆発が起き、この家に住んでいたベアーテ・チェーペ容疑者が警察に自首した。
(…)
隠れ家からは、被害者の写真などを使った犯行声明のDVDが見付かったが、その内容から、2004年にケルンで釘を入れた爆弾が炸裂し、トルコ人ら22人が負傷した事件もNSUの犯行であることがわかった。

そういうわけでダイアン・クルーガーは釘入り爆弾を抱えてキャンピングカーに突っ込むのだった。映画の中で語られる悲劇の帰結として、というのも当然あるとしても、それ以上にケルン爆弾事件後のifとしてリアルの延長線上にあの爆破は置かれていたんだろうなっていうか、多くのドイツの観客の人たちはたぶんそのような疑似再現ドラマとして受け取ったんじゃないすかね。

これ超でかいとおもったよ。基本的に説明のない映画だから見る側がこういう文脈を押さえているかどうかっていうので全然印象違ってくるんじゃないかこれ。俺そんな感じでしたよ…。

説明が無いというのはダイアン・クルーガーの主観オンリーで物語が展開するからで、カメラは一貫して彼女の心情をフォローし続けるので客観的な視点とか具体的な出来事みたいなのが全くといっていいほど入ってこない。
どのぐらい主観的かと言えば三幕構成を取るこの映画の第二幕は法廷闘争なのだが、被告側のネオナチカップルが本当にネオナチカップルであるかどうか、そして本当に犯人なのかどうか、ていうかそもそも…お前ら誰?

みたいな裁判シーン的に重要すぎるポイントが悉く描かれない。第二幕で描かれるのは淡々と被告を弁護する悪人面の弁護人とその不誠実に激高するダイアン・クルーガー&デニス・モシット弁護士(それにしてもドイツの裁判システムを知らないので二人の法廷内ポジションがよくわからない)のヒロイックな姿で、検察の追及とか物的証拠が云々という方向にはもう全然シナリオが向かない。
そんなものは憎き犯人(と思われる)を前にしたダイアン・クルーガーの目には入らないわけだ。ネオナチの殺人鬼はネオナチの殺人鬼に決まってるし、その人となりなんぞ耳に入れるだけで苦痛だろう。

貴様らに興味などない。ダイアン・クルーガーの目線がネオナチ女の目線にチェンジしたかと思われたその刹那、キャンピングカー大爆破で映画は幕を閉じるんであった。
主観から他者の目に移行する可能性があっさり否定されてしまうのだから容赦のない映画だ。

主観映画ということでダイアン・クルーガーの不安定なメンタルにぐらぐら揺られて2時間あっという間。脇道に逸れることもないのでヒューマンサスペンスとしては面白いがこれはモラル的に難しいと思った。つまり良く言えばエモーショナルだけど、全編そんな調子だからただただ憎悪に対する憎悪を煽るようなたいへん危うい映画にも見えるわけ。

ネオナチカップルが犯人であるかどうかは少なくとも映画の中では具体的に描かれないから分からないのだけれども、どうせあいつらが殺ったんだからぶっ殺しちまえよっていう感情に誘導されてしまうわけです、サスペンスとして面白いしダイアン・クルーガーが非常に痛々しい演技を披露しているので。

でもこれは映画だけを表層的に見た場合の印象であって。NSU事件を踏まえた上で見るんだったら別に説明とかいらないだろうし、こういう悲劇もあったの忘れんじゃねぇぞみたいな教訓的メッセージを帯びてくるからわりと、憎悪に対する憎悪を煽ってるんじゃないか説の真逆。置き去りにされたテロ被害者の姿とかっていうのもずっと迫真性が出てくるわけですよ。

だから『レッドクリフ』とかの古代中国系エンタメ映画で本編前に複雑な人間関係をサッと紹介してくれる日本独自のナビ映像が付いたりするケースがたまにありますけど、俺この映画こそ軽くでいいからああいう感じでNSUの説明入れて欲しいと思ったなぁ。

本当にそのコンテクストの有無で全然物語の意味合いが変わってきちゃうんで。それ踏まえておかないとダイアン・クルーガーの顧問弁護士もあいつマジ感情的なだけで無能だなみたいな感じになっちゃうわけですよ、あいつの不注意で結構ダイアン・クルーガー追い込まれてますからね…それはコンテクストがどうとか関係ないか。

※後から多少書き直してる

【ママー!これ買ってー!】


ラスト・ボディガード(字幕版)[Amazonビデオ]

ダイアン・クルーガーと『レッド・スパロー』でプーチン(風)の役だったマティアス・スーナールツが共演しているらしいが未見。

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